ウイニー王国のワガママ姫

みすみ蓮華

ワガママ同盟 6

 シーンと静寂が訪れる。


 誰がどう突っ込めばいいのかわからない。
 そもそも突っ込んでいいのか判らないという空気。
 提案したのは私だけど、こう無言が続くと流石に恥ずかしくなってくる。


「あの……?」
 とどうしていいかわからないていで、お兄様が剣を下ろし首を傾げる。


 その隙をついて、侯爵がお兄様に向かって剣を振り下ろす。
 お兄様は訳もわからず、慌ててその剣を、持っていた剣で受け止める。


 キイーンと甲高い音が周囲に響きわたる。
 侯爵はバッとマントを翻し後ろに飛び跳ねると、
 ビシッとお兄様に切っ先を突きつけ怒号を放つ。


「ここにいる娘の命が惜しければ、力づくで奪って見せろ!私よりも弱い男に娘はやれん!」
「「!!」」


 コルネリアとお兄様は息を飲んだ。この茶番の意図をやっとの事で理解したのだ。
 ぐっと歯に力を入れ、剣を握り直す。一度目を瞑り精神を落ち着かせると、


 次の瞬間、お兄様の黒い目に、敵を射抜く様な鋭い炎が宿った。
 殺気を放ちながら、ジリジリと横に動いて間合いを取る。
 対する侯爵は微動だにせず、お兄様の出方を伺っている。


 渓谷からびゅうっと一陣の風が吹いたのが合図だった。
 追い風に乗りながらお兄様が侯爵に向かって剣を繰り出す。


 キンキンキンと、素速い剣技を下から上へ繰り出す。
 侯爵は全て受け流すと、更に下からすくい上げようとする。


「くっ!」
 お兄様はすぐ様、崩れた体勢を直し、後ろに一歩下がる。
 そこを狙って、今度は侯爵が上から剣を振り上げる。
 避ける、受ける、攻撃に出る。
 お互い一歩も引かずに、素早い剣技が繰り広げられる。


 周りにいた兵も、私も、その勝負の行く末をただジッと見守っていた。
 ただでさえ暑い季節、鎧を着ているお兄様からは大量の汗が流れ出ている。
 お兄様の黒髪からも雫が垂れるくらいだった。
 侯爵も軽装とはいえ額から、仮面の下から汗が滴り落ち、微かに肩で息をしていた。


 何度か打ち合って、お兄様は湿った地面に足を滑らせる。
 その瞬間、ガキッと柄をが弾かれる音がした。
 お兄様の剣は中を舞い、ドスっと重い音を立てて地面に突き刺さった。
 はぁはぁと肩で息をして、
 侯爵を睨み付けているその目の奥の炎は、少しだけ陰りを見せていた。


 侯爵はそれでも殺気を解かずに剣を振り上げる。
「貴様っ!その程度の覚悟でここまできたのか!!」
「!!ッ」
 ギリギリで剣を避けると、突き刺さった剣をまた握り直す。


「お父様!もうやめて!!」
 とたまらずコルネリアが声を上げた。
「お前は黙っていろ!」
 と後ろから掛かった声に侯爵が怒鳴りつける。


 私は何も言わず、グッと唇を噛み締め、ただひたすらこの決闘の成り行きを見守る。
 ショートソードを握っている右手に力が入る。


「どうした!このままではそこに居る娘もお前も死ぬぞ?!それでいいのか!」
 侯爵の剣技が激しさをます。
 お兄様はただただ防戦になるばかりだった。


「お父様!私はアベル様の足手まといになるくらいなら、死を選びます!!」
 私は思わず後ろにいたコルネリアに目を見開いた。
 潤んだ茶色の瞳には迷いのない決意の色が見て取れた。


「なっ!」
 侯爵の一瞬の動揺。それが決定的だった。
 その隙をついて、お兄様は侯爵の剣を弾き飛ばした。




 ビッと侯爵の喉元に、剣の切っ先が突きつけられる。
 それはそう長い時間では無かった筈なのに、時間がまるで止まったかの様だった。


「ーー参った。いや、本当に参ったな。まさか、我が娘に足元を取られるとは……これ以上何も言うことはない。2人の仲を、認めよう」
「リヴェル辺境伯…」
「お父様…」


 おおお〜と、どこからともなく歓声が上がり、パラパラと拍手が聞こえてきた。
 いつの間にか、渓谷後方の兵士もリヴェル兵も、
 集まっていて私達を取り囲んでいたのだ。


 しかし、私の耳には周囲の音なんて聞こえていなかった。
 頭の中は真っ白と言っていい。




 ーーまだ、まだ終わってないっ!
「姫!?」
 私の異変に気がついたクロエが、驚いた声を上げる。


 私は隙をついて駆け寄ると、侯爵の後ろからバッと跳躍し、
 仮面を外した侯爵と握手をしようとしていたお兄様めがけて、ショートソードを振り下ろした。


「!?」


 ダンッと地面に着地する。
 お兄様は驚いた様子で後ろに飛び退いていた。


 周りで歓声を上げていた兵士達も唖然としている。
「…レティ?」


 お兄様が屈もうとした瞬間を狙って、私は下から剣を振り上げる。


「うわっ!レ、レティ!レティアーナ!危ない!何をするんだ!」


 キンキンと軽い剣が合わさる音がする。全てお兄様は受け止めてしまう。
 私はそれでも無我夢中で持ち得る剣技を繰り出した。


「っぅ!」
 喉の奥が熱く感じる。


「落ち着きなさい!こんなっ、無茶苦茶な……」
「っっるさいっ!攻撃してこいっ!」
 声が上手く出せない。


 言いたいことは沢山あるのに、何を伝えればいいのかが解らない。
 右に左に飛び回り、なんとか後ろを獲った瞬間ーー


「レティアーナ!いい加減にしなさいっ!」


 振り返ったお兄様が、私の剣をいとも簡単に弾き飛ばした。

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