ウイニー王国のワガママ姫

みすみ蓮華

1章 プロローグ

 物語はいつの世でも、
 昔々ではじまるのが、
 暗黙のルールでございますれば、
 それに習いまして、この物語も、
 昔々ではじめさせて頂きます。




 ーー昔々。ある所に、
 ウイニー王国というそこそこ有名な国が御座いました。


 ハイニア大陸の北西側に位置し、海にもほど近く、
 様々な人や物が行き来し、それはそれは華やかで賑やかな王国でした。
 城下街の家々にある、鮮やかな花の咲いた植木鉢が、訪れた旅人の疲れを忘れられさせ、
 港へ行けば、ブリューグと呼ばれるカジキに似た魚が旅人の腹を満たし、
 何と言っても、特産品のトップルと呼ばれるこの国独特の酒は、
 遠く離れた異国の地でも知られており、


「トップル飲まねば、ウイニーから出国出来ない」
 とまで言われる程で御座いました。


 それはさておき、
 港から中央通りの道をまっすぐ進んで、
 突き当たりの坂をくねくねくねと上って行き、
 更に城下街の中心街を抜け、
 いよいよ王城の門が見えるか見えないか、
 というような場所に、
 ビセット公爵閣下の御屋敷が御座いました。


 ビセット公爵閣下は外交官で知られており、
 黒髪黒目の黒口髭に、
 長身でダンディー。と言うのがピッタリな整った顔の紳士で、
 その見た目とは裏腹に、温厚閣下と呼ばれる程、穏やかな人でありました。


 ビセット公爵閣下は大恋愛の末、現国王陛下の妹姫様を奥方に迎え、
 その後2人の間には、長男アベル様長女レティアーナ様を授かりましたが、
 元々食も細く体の弱かった奥方様は、産後の肥立ちが悪く、レティアーナ様を産んだ数日後に、
 この世を去られてしまいました。




 ーー奥方様の葬儀を終えたその日、
 公爵閣下は、小さなベビーベッドの柵に、一人うな垂れておりました。
 ベッドの中では、生まれたばかりの可愛い娘がスヤスヤと眠っており、
 ふとその顔を除けば、
 妻に似た目鼻立ち、うっすらと生えた淡い金髪が目に映り、
 止まりかけていた涙がじわりと湧いてくる。
 そんなことを繰り返しておりました。


 そのすぐ後ろでは、
 憔悴しきったお父上の背中を、6歳になるアベル様が、扉の前でじっと見つめておりました。


 アベル様がおそるおそる近づくと、
 それに気づいた公爵閣下がアベル様を抱き上げ、
 暫くの間、眠る妹君を2人で眺めておりましたが、


「この子は母上のお顔を知らないんだね」


 かわいそうとぽつりとおっしゃったので、公爵閣下はハッとして、
 自分よりも何よりも、寂しい思いをするのはこの子達ではないか。と気がついたので御座います。


「そうだな…この子は母の顔を知らないから、寂しい思いをさせないようにしないといけないな」
 眠る娘の頭を撫でながら、公爵閣下は仰言おっしゃられました。


「アベルも協力してくれるかい?」


 公爵閣下がお尋ねになられると、
 健気にも口をへの字にして、自信たっぷりにこくりと頷き、アベル様はおっしゃいました。


「僕は男の子でお兄ちゃんだから」






 ーーと、ここまでは、
 判官贔屓のお涙頂戴、なんて素敵な家族愛!
 何とも感動的なお話になるので御座いますが、


 ここから先が不味かった。




 可愛い娘に不憫な思いをさせまいと、
 蝶よ花よと甘やかし、
 可愛い妹が寂しがらないようにと、
 猫可愛がりに可愛がり、
 周りに居た召使いでさえも、
 奥方様が居ないのだから…と、
 腫れ物に触るが如しの扱いをし、


 気づいた頃には、こんな非常識な娘は見たことがない!と言われかねない、


 …いや、実際に影でかなり言われてしまう様な、
 ワガママなお嬢様に成長しておりました。


 レティアーナ様のワガママは、
 貴族に限らず、城下街でも有名で、
「目にしたものは、とにかく自分のものにする。例えそれが薄汚い布切れであっても」
 とまで、噂される程で御座いました。


 5才。お父上の部下である、リンドブル伯爵の家に行けば、庭に居た狩猟犬を見て、
「あの檻の中にいるワンちゃんが欲しいわ」
 と強請り、


 6才。兄と城下街を散策すれば、
「澄んだ緑色の目がとても綺麗だから」
 と小汚い孤児を召使いに欲しがり、


 13才。公爵閣下に連れられて行った、
 侯爵主催の晩餐会では、
 デメリンド侯爵夫人の真珠のネックレスを見て、
「ご夫人よりも似合う方が居る筈ですわ」
 とにっこり微笑みながら強請ねだる様になり……


 流石の父兄様方も、
 呆れて物が言えない状態になっておりましたが、


 公爵閣下の愛娘で、尚且つ現国王陛下の妹君の愛娘とあらば、
 誰も文句を言えないので御座いました。


 そんなお嬢様も早いもので、もう16才年の頃。
 社交界へのデビューも果たし、
 いよいよ婚活真っ最中で御座いますれば、
 さてはてやはりと申しましょうか…


 一筋縄ではいかない恋物語の始まりで御座います。

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