デール帝国の不機嫌な王子
初めての共同作業 1
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一人、まだ信じられない面持ちのデーゲンを引きずりながら、一行は思い腰を上げ、元番人の後について行く。
暗闇の中、はぐれない様に慎重に歩を進め、互いに声を掛け合いながら誰一人欠けない様にと気を配る。
肉体よりも精神を蝕んでくる様な闇の中を進むのは、訓練をしていた時よりもかなりキツイものだった。
必然的に休憩をする回数は増えて行ったが、疲れが取れる事は無く、信じたくない事実を早く否定したいと気持ちを焦らせるデーゲンの苛立ちは、歩を進める毎に膨れ上がって行くのが誰の目にも明らかだった。
だがメルは、そんな事には気がつかない程ボンヤリと元番人の背中を見つめ、追いかけた。
何も考えたくなかったが、思い出すのはグルグネストで起きた出来事ばかりだった。
聞かされたゼイルの思い出話に、夢で見た出来事、そしてそれを腹を抱えて笑っていたゼイルを思い出せば、あの方は始めから知っていたんだろうと気落ちした。
ゼイルからすれば、自分はさぞ滑稽な道化だったに違いないと、目尻を染めて俯く。
すると後ろから、ポンっと背中を叩かれて、メルはすぐ横で感じた人の気配に顔を上げた。
見ればほんの少し、居心地が悪そうに苦笑を浮かべてトルドヴィンが頬を掻いていた。
「あー……その、なんて言うか、悪かったね?」
「えっ、何がですか?」
唐突に気まずそうに謝られ、メルはキョトンとトルドヴィンを見つめる。
何か喧嘩でもしただろうかと思い返してみたが、特に何も思い浮かばずメルは首を捻る。
トルドヴィンはわけが判らない様子のメルをみながらガシガシと後頭部を掻き毟り、ゴホンと小さく咳払いをすると、意を決した様に改めてまた謝罪して来た。
「ほら、応接間で君があの子に告白しようとしていただろう?なんか、悪い事しちゃったなって改めて思ってさ」
「……気にしないで下さい。むしろ止めて下さって助かりました。こんな結果になるならアディには負担にしかならなかった筈ですから……」
「メル……」
ボンヤリとしたまま、ただ淡々とメルは答える。
「それに、今は、ベルンハルトさんを助けるのが先です。余計な事、考えたくないです」
「なぁ、メル、お前本当にそれでいいのか?家訓を破ろうと思える程好きになった相手なんだろう?私はそこまでハルの事を思ってやれなかったが、お前は違うんだろ?アディの気持ちも大事だが、お前自身の気持ちをもっと大事にしていいんじゃないか?」
トルドヴィンの更に後ろからギリファンが顔を出し、弟に声を掛ける。
するとメルは苛立たしげにほんの少し声を荒げた。
「そんな事、したって無駄じゃないですか!!アディは絶対ベルンハルトさんの事好きですし、ベルンハルトさんはいい人ですし、初代皇帝とそのお妃は有名すぎるくらい大恋愛だったって話くらい、姉さん達だって知ってるでしょう?!敵わないって判り切ってるのに、これ以上どうしろっていうんですか!!」
絶対に泣くもんか!と涙を堪えながらメルが訴えれば、先導をしていた元番人が、ピタリと立ち止まり「おや?」と、首を捻った。
「この世に無駄なんて物はありませんよ?選ぶのはお前ですが、それと同時にあの子達もまだ選んでいない。奇跡は起きないとは限らない。特にお前はあの二人に愛されているからね」
「意味が判りません。初代皇帝が未来永劫の伴侶にと真名に願いを込めて、お妃様が受け入れた結果が今だって、元番人様が仰ったんじゃないですか」
メルがむっと眉を顰めると、元番人はふふふと笑って目を細める。
「そうだね。でもそれ以上の意味はないよ。言葉の解釈は人それぞれだ。言葉通りに受け取るか、言葉の裏をかくかはお前次第だよ」
「言葉の裏……?」
言われて何となく、元番人の言葉を何度か反芻してみる。
自分は何か見逃している事があるんだろうか?それとも何か勘違いをしているんだろうか?と首を捻っていると、隣で聞いていたトルドヴィンが「あぁ、そういう事か……」と納得した様に頷いて、ニコリとメルに笑顔を向けた。
「義兄さん?何がですか?」
「つまり、今ある結果。であって、未来の予定では無いって事だよ。因みにその対となる真名に込められた願いとは何だったんですか?」
「それは流石に秘密かな?でもひとつ教えてあげるなら、初代皇帝の願いは、彼女を伴侶にすると直接的な表現をする願いではなかったですよ」
「元番人は、含みのある言い方しかしないんだな。まぁ、ライムもあやふやな言い方が多いが……だが、メル、お前にもまだチャンスがあるって事じゃないか?落ち込むのは早いみたいだな」
ニッと笑顔を見せた姉を見上げ、メルはパチパチと瞬きをする。
(まだ、アディがボクに振り向いてくれる可能性がある?)
俄かに湧いて来た希望に、メルは頬を上気させる。
いくらかやる気が浮上して再び前を見れば、元番人の背後にボンヤリとした小さな人影が目を掠めた。
「姉さん!義兄さん!あ、あれ!!」
慌ててメルが指を指した先に、複数の黒い影と、それに囲まれる様に倒れこんでいる人間の姿が確認出来た。
しっかりと顔を見る事は出来ないが、少なくとも、倒れているのは自分達と同じ人間だと言う事は判った。
「ベルンハルト!!」
「馬鹿っ!よせ!!シャドウに対抗する術は今の私達には無いんだぞ!考えなしに突っ込むな!!」
「っく……なら魔術師副団長殿はどうするおつもりだ!!」
弟に何かあったらただじゃおかないと言わんばかりの形相で、デーゲンはギリファンを睨みつける。
「まぁまぁ、仲良くしないとダメだよ?しかし困ったねぇ。私はこの子と違って、たとえ形が変わってしまっていたとしても、生きた人間に手出しする事は出来ないんですよ」
「なら、ライムと代わればいいじゃないか。ライムから教えてもらった呪文も使えと言われたら使うが、効果が薄い分援軍が来たら私達に分は無いし、そもそも退路が確保出来ない状態だ。多人数居るとはいえ、悔しい事に私達に出来る事は限られている」
「うん、そうしたいのはやまやまだし、さっきっから呼びかけてはいるんだけどね、拗ねてる所に、私が無理に出て来ちゃったから、私の声も聞く耳持たないみたいだよ?」
反抗期かな?困ったねぇと、とても困っている様には見えない笑顔で飄々と元番人は首を傾げる。
つまり、今のライマールはいまだかつて無い程、拗ねに拗ねまくっているという事になる。
それを聞いたトルドヴィンは気まずそうに視線を逸らし、メルはがっくりと肩を落とす。
ギリファンはこめかみを引きつらせて、ピクピクと肩眉を上げ目を伏せると、深々と息を吐き出して、元番人……もとい、ライマールの頭をガシリと両手で押さえこみ、物凄い形相でライマールの顔を睨み付けた。
唐突に頭を抑え込まれ、ギョッとした顔をする元番人に構わず、内側で膝を抱えているのであろうライマール向かって、ギリファンは喝を入れる。
「ライム!!いい加減にしろ!!いつまで落ち込んでるつもりだ!人の命がかかってるんだぞ!!小さなガキじゃあるまいし、とっとと出て来て仕事しろ!!このままじゃエイラ女王の所にも帰れないんだぞ!」
エイラと聞いて、元番人の意思とは関係なく、指先がピクリと反応する。
自身の変化を感じた元番人は、ホッとした表情をした後、ニッコリ微笑んでギリファン達を見渡した。
「この子をよろしくね」と一言言うと、目を伏せて、流れ込んで来る別の力に身を任せる。
指先から小さな疾風が生まれ、ライマールの体を包んで行く。
白かった衣は黒く染まり、肌はほんの少し赤みを増す。
髪は上空に立ち上る様に巻き上げられ、キラキラと銀の光を放ちながら黒髪へと戻って行った。
見慣れた姿に戻り、風が止むと、ゆっくりと目を開いた紫色の瞳は不機嫌そうにギリファンを睨み付けてきた。
口元は先程とうって代わって口角が下の方へ、これでもかという位下がっていた。
「……とっとと終わらせてリータの所へ帰る」
ギリファンの手を振りほどいて、ぷいっとまだ機嫌が悪そうにそっぽを向いて言うと、クルリと身を翻してシャドウ達が集まっている場所を睨みつける。
ゆっくりと右手を前にかざすと、大きく息を吸い込んで、ライマールは瞳を金色に輝かせた。
『散れ』
呪文というよりも直接的な言葉をライマールは発する。
すると手の平から金色の風が弓形に現れ、シャドウ達に向かって物凄いスピードで駆け抜けて行った。
一人、まだ信じられない面持ちのデーゲンを引きずりながら、一行は思い腰を上げ、元番人の後について行く。
暗闇の中、はぐれない様に慎重に歩を進め、互いに声を掛け合いながら誰一人欠けない様にと気を配る。
肉体よりも精神を蝕んでくる様な闇の中を進むのは、訓練をしていた時よりもかなりキツイものだった。
必然的に休憩をする回数は増えて行ったが、疲れが取れる事は無く、信じたくない事実を早く否定したいと気持ちを焦らせるデーゲンの苛立ちは、歩を進める毎に膨れ上がって行くのが誰の目にも明らかだった。
だがメルは、そんな事には気がつかない程ボンヤリと元番人の背中を見つめ、追いかけた。
何も考えたくなかったが、思い出すのはグルグネストで起きた出来事ばかりだった。
聞かされたゼイルの思い出話に、夢で見た出来事、そしてそれを腹を抱えて笑っていたゼイルを思い出せば、あの方は始めから知っていたんだろうと気落ちした。
ゼイルからすれば、自分はさぞ滑稽な道化だったに違いないと、目尻を染めて俯く。
すると後ろから、ポンっと背中を叩かれて、メルはすぐ横で感じた人の気配に顔を上げた。
見ればほんの少し、居心地が悪そうに苦笑を浮かべてトルドヴィンが頬を掻いていた。
「あー……その、なんて言うか、悪かったね?」
「えっ、何がですか?」
唐突に気まずそうに謝られ、メルはキョトンとトルドヴィンを見つめる。
何か喧嘩でもしただろうかと思い返してみたが、特に何も思い浮かばずメルは首を捻る。
トルドヴィンはわけが判らない様子のメルをみながらガシガシと後頭部を掻き毟り、ゴホンと小さく咳払いをすると、意を決した様に改めてまた謝罪して来た。
「ほら、応接間で君があの子に告白しようとしていただろう?なんか、悪い事しちゃったなって改めて思ってさ」
「……気にしないで下さい。むしろ止めて下さって助かりました。こんな結果になるならアディには負担にしかならなかった筈ですから……」
「メル……」
ボンヤリとしたまま、ただ淡々とメルは答える。
「それに、今は、ベルンハルトさんを助けるのが先です。余計な事、考えたくないです」
「なぁ、メル、お前本当にそれでいいのか?家訓を破ろうと思える程好きになった相手なんだろう?私はそこまでハルの事を思ってやれなかったが、お前は違うんだろ?アディの気持ちも大事だが、お前自身の気持ちをもっと大事にしていいんじゃないか?」
トルドヴィンの更に後ろからギリファンが顔を出し、弟に声を掛ける。
するとメルは苛立たしげにほんの少し声を荒げた。
「そんな事、したって無駄じゃないですか!!アディは絶対ベルンハルトさんの事好きですし、ベルンハルトさんはいい人ですし、初代皇帝とそのお妃は有名すぎるくらい大恋愛だったって話くらい、姉さん達だって知ってるでしょう?!敵わないって判り切ってるのに、これ以上どうしろっていうんですか!!」
絶対に泣くもんか!と涙を堪えながらメルが訴えれば、先導をしていた元番人が、ピタリと立ち止まり「おや?」と、首を捻った。
「この世に無駄なんて物はありませんよ?選ぶのはお前ですが、それと同時にあの子達もまだ選んでいない。奇跡は起きないとは限らない。特にお前はあの二人に愛されているからね」
「意味が判りません。初代皇帝が未来永劫の伴侶にと真名に願いを込めて、お妃様が受け入れた結果が今だって、元番人様が仰ったんじゃないですか」
メルがむっと眉を顰めると、元番人はふふふと笑って目を細める。
「そうだね。でもそれ以上の意味はないよ。言葉の解釈は人それぞれだ。言葉通りに受け取るか、言葉の裏をかくかはお前次第だよ」
「言葉の裏……?」
言われて何となく、元番人の言葉を何度か反芻してみる。
自分は何か見逃している事があるんだろうか?それとも何か勘違いをしているんだろうか?と首を捻っていると、隣で聞いていたトルドヴィンが「あぁ、そういう事か……」と納得した様に頷いて、ニコリとメルに笑顔を向けた。
「義兄さん?何がですか?」
「つまり、今ある結果。であって、未来の予定では無いって事だよ。因みにその対となる真名に込められた願いとは何だったんですか?」
「それは流石に秘密かな?でもひとつ教えてあげるなら、初代皇帝の願いは、彼女を伴侶にすると直接的な表現をする願いではなかったですよ」
「元番人は、含みのある言い方しかしないんだな。まぁ、ライムもあやふやな言い方が多いが……だが、メル、お前にもまだチャンスがあるって事じゃないか?落ち込むのは早いみたいだな」
ニッと笑顔を見せた姉を見上げ、メルはパチパチと瞬きをする。
(まだ、アディがボクに振り向いてくれる可能性がある?)
俄かに湧いて来た希望に、メルは頬を上気させる。
いくらかやる気が浮上して再び前を見れば、元番人の背後にボンヤリとした小さな人影が目を掠めた。
「姉さん!義兄さん!あ、あれ!!」
慌ててメルが指を指した先に、複数の黒い影と、それに囲まれる様に倒れこんでいる人間の姿が確認出来た。
しっかりと顔を見る事は出来ないが、少なくとも、倒れているのは自分達と同じ人間だと言う事は判った。
「ベルンハルト!!」
「馬鹿っ!よせ!!シャドウに対抗する術は今の私達には無いんだぞ!考えなしに突っ込むな!!」
「っく……なら魔術師副団長殿はどうするおつもりだ!!」
弟に何かあったらただじゃおかないと言わんばかりの形相で、デーゲンはギリファンを睨みつける。
「まぁまぁ、仲良くしないとダメだよ?しかし困ったねぇ。私はこの子と違って、たとえ形が変わってしまっていたとしても、生きた人間に手出しする事は出来ないんですよ」
「なら、ライムと代わればいいじゃないか。ライムから教えてもらった呪文も使えと言われたら使うが、効果が薄い分援軍が来たら私達に分は無いし、そもそも退路が確保出来ない状態だ。多人数居るとはいえ、悔しい事に私達に出来る事は限られている」
「うん、そうしたいのはやまやまだし、さっきっから呼びかけてはいるんだけどね、拗ねてる所に、私が無理に出て来ちゃったから、私の声も聞く耳持たないみたいだよ?」
反抗期かな?困ったねぇと、とても困っている様には見えない笑顔で飄々と元番人は首を傾げる。
つまり、今のライマールはいまだかつて無い程、拗ねに拗ねまくっているという事になる。
それを聞いたトルドヴィンは気まずそうに視線を逸らし、メルはがっくりと肩を落とす。
ギリファンはこめかみを引きつらせて、ピクピクと肩眉を上げ目を伏せると、深々と息を吐き出して、元番人……もとい、ライマールの頭をガシリと両手で押さえこみ、物凄い形相でライマールの顔を睨み付けた。
唐突に頭を抑え込まれ、ギョッとした顔をする元番人に構わず、内側で膝を抱えているのであろうライマール向かって、ギリファンは喝を入れる。
「ライム!!いい加減にしろ!!いつまで落ち込んでるつもりだ!人の命がかかってるんだぞ!!小さなガキじゃあるまいし、とっとと出て来て仕事しろ!!このままじゃエイラ女王の所にも帰れないんだぞ!」
エイラと聞いて、元番人の意思とは関係なく、指先がピクリと反応する。
自身の変化を感じた元番人は、ホッとした表情をした後、ニッコリ微笑んでギリファン達を見渡した。
「この子をよろしくね」と一言言うと、目を伏せて、流れ込んで来る別の力に身を任せる。
指先から小さな疾風が生まれ、ライマールの体を包んで行く。
白かった衣は黒く染まり、肌はほんの少し赤みを増す。
髪は上空に立ち上る様に巻き上げられ、キラキラと銀の光を放ちながら黒髪へと戻って行った。
見慣れた姿に戻り、風が止むと、ゆっくりと目を開いた紫色の瞳は不機嫌そうにギリファンを睨み付けてきた。
口元は先程とうって代わって口角が下の方へ、これでもかという位下がっていた。
「……とっとと終わらせてリータの所へ帰る」
ギリファンの手を振りほどいて、ぷいっとまだ機嫌が悪そうにそっぽを向いて言うと、クルリと身を翻してシャドウ達が集まっている場所を睨みつける。
ゆっくりと右手を前にかざすと、大きく息を吸い込んで、ライマールは瞳を金色に輝かせた。
『散れ』
呪文というよりも直接的な言葉をライマールは発する。
すると手の平から金色の風が弓形に現れ、シャドウ達に向かって物凄いスピードで駆け抜けて行った。
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