デール帝国の不機嫌な王子
忘れられた影の国 3
シャドウは戦争でウイニーが消えてから今までの間、ただ眠っているだけの存在だった。と、元番人は語る。
「レイスが固執している物が自我や記憶なら、シャドウが固執している物はウイニー王国という名の国そのものだと思ってくれて構わないよ。あれはね、レイスと違って生きた人間だった者の異形の姿だ。当時、何も知らずに平和に暮らしていたウイニーの民の、ね」
「なんだって?!」
告げられた残酷な真実に愕然としたのはトルドヴィンだけでは無かった。
声すら上げる事が出来ずに皆が思考を停止する。
者元番人は彼らをくるりと見渡しながら目を細める。その瞳には何処か避難めいた色が浮かび上がっている様な気がした。
「とても……罪深い事だよ。シャドウはね、実態が無い様でいて、レイスと違ってあれでまだ生きているんだ。だからどんなにこの子が作った死霊用の浄化魔法を唱えようとも、彼らを助けてあげる事は出来ない。シャドウがお前達をここへ連れて来たのはね、同じ故郷で育った事のある魂を持つお前達が戻ってくれば、かつて愛した国を……自分達本来の姿を、取り戻す事が出来ると思っているからだよ」
可哀想に……と、元番人は哀悼を示して目を伏せる。
前世、なんて話はとても信じられる物ではなかったが、そんな話を聞いてしまえば、胸が痛まない人間が居ない訳がなかった。
ウイニーは戦争に巻き込まれただけの国だと言うのに、リン・プ・リエンの焦土や、デールの遺恨よりも今だに惨い呪いに苦しめられていたという事だ。
「でも、なんでこのタイミングでシャドウは目覚めたんだろうか?戦争でウイニーが消えてから今まで眠るだけの存在だった。と貴方は言いましたよね?アスベルグは確かにウイニー王国があった領土から近い場所にあるから、私達が近寄った事で眠っていた彼らを刺激した、と考えればスジが通る気がしないでもないけど……そもそも秋の演習がアスベルグで行われること自体は今に始まった事じゃないし、ダールやこの地に住む者、ましてや元ウイニー領土だった場所に住む者達の中にも貴方の言う前世の民はいるんじゃないですか?」
皆が意気消沈する中、トルドヴィンがポツリと疑問を口にする。
言われてみれば確かに、ここに居る兵士や魔術師だけが消滅や異形化を逃れた魂と言うにはあまりに少ない数の様な気がした。
もしかしたらそういうこともあるのかもしれないが、ハイニアにあるのはデール帝国だけではないのだ。他の数多ある国々に条件に当てはまる人間がいないと考える方が不自然な気がする。
顎に手を当て、考える仕草をしながらジッと見つめてくるトルドヴィンを見据え、元番人は「うん」と、また頷く。
「シャドウが目覚めるきっかけの話だね。それはね、この子が君達がここに連れて来られるのを後押しした理由にも繋がるんだよ」
「そうです!ライマール様はなんで抵抗するななんて言ったんですか?!背中を押された時、ボク裏切られた気しかしなかったんですよ!!不敵な笑みまで浮かべてるし、本気で泣きたくなりましたよ!!」
既にもう泣きそうな顔で訴えるメルに、元番人は苦笑を浮かべる。
「この子は前世もないと言っていい程生まれたての純粋な魂で出来てるから、どうしても嘘や取り繕う事が苦手なんだよ。安心させようとして笑って見せただけだったんだけどね、裏目に出てしまったみたいだね」
頬が引きつっていただろう?と、微笑ましそうに笑みを浮かべて、メルとトルドヴィンにニコニコと確かめる。
言われて見て、よくよく思い出せば、確かに無理をして笑っている様な笑みにも見えなくはなかったなと、二人は脱力する。
すると始終のやりとりを聞いていたギリファンも、解せないと言った顔で首を捻った。
「理由があって私達をここに招かなければならなかったんなら、ライムはなんで事前にトルに私を守る様に言ったんだ?こいつらもここに来てるって事は、私達が事前に隔離される意味もあまり無い気がするぞ」
ギリファンの視線の先に居る、クロドゥルフのそばに居た他の魔術師や兵士達に気がつくと、元番人は苦笑を漏らた。
「この子は守れなんて言った覚えはないって主張してるね。……ふふ、お前達2人はこの子の中で別格と言える程かなり評価が高いみたいだよ?僅かにでもシャドウを撃退する可能性があったみたいだし、どうしても他の兵士達と隔離したかったんだって。他にも二人きりにした理由はあるみたいだけど……駄目だね。すっかりヘソを曲げてしまって、これ以上は教えてくれません」
頭の中で会話でもしてるのか?とギリファンはまた反対側に首を捻る。
言われてみて、あの時、ライマールが言った言葉を記憶を手繰り寄せて思い出してみる。
よくよく思い出してみれば、確かにライマールはトルドヴィンと一緒のテントを使えとは言ったが、守れとは一言も行っていなかった気がする。
自分達が勝手に勘違いをしただけの話かと、呆気にとられるギリファンの横で、漸く信じる気になり始めたトルドヴィンが、大きな溜息を吐き出して話の先を促した。
「それで、キッカケは結局なんだったんです?後は私達が来なければならなかった理由も」
「うん、すごく些細な事なんだけどね、君達がアスベルグを出る少し前かな?皇帝広場の初代像の前で、妃の真名をうっかり呼んでしまった子がいたんだよね。悪気があった訳では全く無かったんだろうけど、口にしてしまった場所と、割と近くに本人が居たのが不味かったかな?それがシャドウを刺激してしまったんだね」
まるで「あー、手が滑って皿が割れてしまった」とでも言う位、他愛の無い事の様に元番人はサラリと告げる。
真名と言えば、強い願いの込められた、未来永劫変わる事の無い、ただ一つの魂の名前だ。
その名を認識出来る人間はかなり限られている。真名をつけた人間、付けられた人間、教えられた人間、真名を見る事が出来る人間ーーのいずれかだ。
その人が生まれ変わろうとも絶対的に願いが叶う力を持つ反面、その名を口にすれば、場合によっては相手を支配してしまえる程の呪詛とも言える程強い力を秘められている。それが真名なのだ。
ぽかんと口を開けて事の起こりを聞いていたメルが、慌てて気を取り直してブンブンと千切れんばかりに首を振る。
「いや、いやいやいや!妃の真名って、初代皇帝のお妃様の真名ですか?!お、おかしいですよ!幾ら何でもそんな昔の人の真名を知っている人間が居るわけないじゃないですか!!それに、仮に何らかのキッカケで知ってしまったとしてもです!ただ名前を呼んだだけじゃ、真名の力は発揮しない物だって聞いてますよ?!」
例え真名を知っていても、名前に相手への思いを乗せなければ、実質ただの名前でしかない。
二千年以上も前の人間に思いを馳せるなんて事、歴史家のロマンチストでもなければ土台無理な事だし、偶然そんな人物が居たなんてあまりに話が出来すぎているだろうとメルは頭を抱えた。
元番人は悲鳴を上げるメルを見ながら「おや?」と不思議そうに首を傾げる。
「心当たりが無い筈はないんだけどね?メル、ギリファン、トルドヴィン。お前達はつい最近までこの件に関わっていた筈だよ?よーく思い出してご覧?一人居るんじゃないかな?初代皇帝の妃であった姫君の夢に悩まされていた人物が」
ニコリと笑みを浮かべて元番人は後ろ手に手を組む。
三人はその言葉にハッとして、まさかと言う面持ちで顔を見合わせると、三人同時に思い浮かんだ人物の名を口にした。
「「「アディ?!」」」
驚愕の叫び声を上げる三人に、元番人は満足そうに大きく頷いて、まるで子供を褒める様な声音で「よく出来ました」と褒めたのだった。
「レイスが固執している物が自我や記憶なら、シャドウが固執している物はウイニー王国という名の国そのものだと思ってくれて構わないよ。あれはね、レイスと違って生きた人間だった者の異形の姿だ。当時、何も知らずに平和に暮らしていたウイニーの民の、ね」
「なんだって?!」
告げられた残酷な真実に愕然としたのはトルドヴィンだけでは無かった。
声すら上げる事が出来ずに皆が思考を停止する。
者元番人は彼らをくるりと見渡しながら目を細める。その瞳には何処か避難めいた色が浮かび上がっている様な気がした。
「とても……罪深い事だよ。シャドウはね、実態が無い様でいて、レイスと違ってあれでまだ生きているんだ。だからどんなにこの子が作った死霊用の浄化魔法を唱えようとも、彼らを助けてあげる事は出来ない。シャドウがお前達をここへ連れて来たのはね、同じ故郷で育った事のある魂を持つお前達が戻ってくれば、かつて愛した国を……自分達本来の姿を、取り戻す事が出来ると思っているからだよ」
可哀想に……と、元番人は哀悼を示して目を伏せる。
前世、なんて話はとても信じられる物ではなかったが、そんな話を聞いてしまえば、胸が痛まない人間が居ない訳がなかった。
ウイニーは戦争に巻き込まれただけの国だと言うのに、リン・プ・リエンの焦土や、デールの遺恨よりも今だに惨い呪いに苦しめられていたという事だ。
「でも、なんでこのタイミングでシャドウは目覚めたんだろうか?戦争でウイニーが消えてから今まで眠るだけの存在だった。と貴方は言いましたよね?アスベルグは確かにウイニー王国があった領土から近い場所にあるから、私達が近寄った事で眠っていた彼らを刺激した、と考えればスジが通る気がしないでもないけど……そもそも秋の演習がアスベルグで行われること自体は今に始まった事じゃないし、ダールやこの地に住む者、ましてや元ウイニー領土だった場所に住む者達の中にも貴方の言う前世の民はいるんじゃないですか?」
皆が意気消沈する中、トルドヴィンがポツリと疑問を口にする。
言われてみれば確かに、ここに居る兵士や魔術師だけが消滅や異形化を逃れた魂と言うにはあまりに少ない数の様な気がした。
もしかしたらそういうこともあるのかもしれないが、ハイニアにあるのはデール帝国だけではないのだ。他の数多ある国々に条件に当てはまる人間がいないと考える方が不自然な気がする。
顎に手を当て、考える仕草をしながらジッと見つめてくるトルドヴィンを見据え、元番人は「うん」と、また頷く。
「シャドウが目覚めるきっかけの話だね。それはね、この子が君達がここに連れて来られるのを後押しした理由にも繋がるんだよ」
「そうです!ライマール様はなんで抵抗するななんて言ったんですか?!背中を押された時、ボク裏切られた気しかしなかったんですよ!!不敵な笑みまで浮かべてるし、本気で泣きたくなりましたよ!!」
既にもう泣きそうな顔で訴えるメルに、元番人は苦笑を浮かべる。
「この子は前世もないと言っていい程生まれたての純粋な魂で出来てるから、どうしても嘘や取り繕う事が苦手なんだよ。安心させようとして笑って見せただけだったんだけどね、裏目に出てしまったみたいだね」
頬が引きつっていただろう?と、微笑ましそうに笑みを浮かべて、メルとトルドヴィンにニコニコと確かめる。
言われて見て、よくよく思い出せば、確かに無理をして笑っている様な笑みにも見えなくはなかったなと、二人は脱力する。
すると始終のやりとりを聞いていたギリファンも、解せないと言った顔で首を捻った。
「理由があって私達をここに招かなければならなかったんなら、ライムはなんで事前にトルに私を守る様に言ったんだ?こいつらもここに来てるって事は、私達が事前に隔離される意味もあまり無い気がするぞ」
ギリファンの視線の先に居る、クロドゥルフのそばに居た他の魔術師や兵士達に気がつくと、元番人は苦笑を漏らた。
「この子は守れなんて言った覚えはないって主張してるね。……ふふ、お前達2人はこの子の中で別格と言える程かなり評価が高いみたいだよ?僅かにでもシャドウを撃退する可能性があったみたいだし、どうしても他の兵士達と隔離したかったんだって。他にも二人きりにした理由はあるみたいだけど……駄目だね。すっかりヘソを曲げてしまって、これ以上は教えてくれません」
頭の中で会話でもしてるのか?とギリファンはまた反対側に首を捻る。
言われてみて、あの時、ライマールが言った言葉を記憶を手繰り寄せて思い出してみる。
よくよく思い出してみれば、確かにライマールはトルドヴィンと一緒のテントを使えとは言ったが、守れとは一言も行っていなかった気がする。
自分達が勝手に勘違いをしただけの話かと、呆気にとられるギリファンの横で、漸く信じる気になり始めたトルドヴィンが、大きな溜息を吐き出して話の先を促した。
「それで、キッカケは結局なんだったんです?後は私達が来なければならなかった理由も」
「うん、すごく些細な事なんだけどね、君達がアスベルグを出る少し前かな?皇帝広場の初代像の前で、妃の真名をうっかり呼んでしまった子がいたんだよね。悪気があった訳では全く無かったんだろうけど、口にしてしまった場所と、割と近くに本人が居たのが不味かったかな?それがシャドウを刺激してしまったんだね」
まるで「あー、手が滑って皿が割れてしまった」とでも言う位、他愛の無い事の様に元番人はサラリと告げる。
真名と言えば、強い願いの込められた、未来永劫変わる事の無い、ただ一つの魂の名前だ。
その名を認識出来る人間はかなり限られている。真名をつけた人間、付けられた人間、教えられた人間、真名を見る事が出来る人間ーーのいずれかだ。
その人が生まれ変わろうとも絶対的に願いが叶う力を持つ反面、その名を口にすれば、場合によっては相手を支配してしまえる程の呪詛とも言える程強い力を秘められている。それが真名なのだ。
ぽかんと口を開けて事の起こりを聞いていたメルが、慌てて気を取り直してブンブンと千切れんばかりに首を振る。
「いや、いやいやいや!妃の真名って、初代皇帝のお妃様の真名ですか?!お、おかしいですよ!幾ら何でもそんな昔の人の真名を知っている人間が居るわけないじゃないですか!!それに、仮に何らかのキッカケで知ってしまったとしてもです!ただ名前を呼んだだけじゃ、真名の力は発揮しない物だって聞いてますよ?!」
例え真名を知っていても、名前に相手への思いを乗せなければ、実質ただの名前でしかない。
二千年以上も前の人間に思いを馳せるなんて事、歴史家のロマンチストでもなければ土台無理な事だし、偶然そんな人物が居たなんてあまりに話が出来すぎているだろうとメルは頭を抱えた。
元番人は悲鳴を上げるメルを見ながら「おや?」と不思議そうに首を傾げる。
「心当たりが無い筈はないんだけどね?メル、ギリファン、トルドヴィン。お前達はつい最近までこの件に関わっていた筈だよ?よーく思い出してご覧?一人居るんじゃないかな?初代皇帝の妃であった姫君の夢に悩まされていた人物が」
ニコリと笑みを浮かべて元番人は後ろ手に手を組む。
三人はその言葉にハッとして、まさかと言う面持ちで顔を見合わせると、三人同時に思い浮かんだ人物の名を口にした。
「「「アディ?!」」」
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