デール帝国の不機嫌な王子

みすみ蓮華

予言、再び 1

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 ベルンハルトが謎の失踪をした翌日、アスベルグで訓練を終えたメル達一行は帝都へと帰還するべく南下を始めていた。
 今年の訓練は、普段魔術師以上に縁のない帝国唯一の海兵隊とも思わぬ交流を得る事になり、想定以上の訓練結果を得る事が出来たと、クロドゥルフを初めとする兵士達はかなり満足した様子で、帰り道の足取りも例年以上に軽やかに進む。


 逆に普段はやらない様な訓練を強いられた魔術師達は、ぐったりとした様子で足取りはかなり重々しい。
 主な原因は体力的な格差ではなく、兵士の数に対して圧倒的に少ない魔術師一人一人の負担が想定していた以上に大きかった事にあった。


 その事は実際に訓練を一緒に行っていた兵士達も敵国に攻め入られたと想定した時、このままではその事が弱点になりかねないと、認めざるを得ないと痛感した。


 意外だったのは、頑固に反魔術師を唱えていた者達の殆どが、それを素直に受け止めた事だった。
 いまだに魔術師に疑念を抱くものも勿論居たが、訓練を真面目に受けていた兵士の大半はその危機感を真摯に受け止め、帰城次第早々に対策を練るべきだと口々に思案し、道中のキャンプでも真剣に魔術師を交え議論する彼らの姿が至る所で見受けられる。


 ギリファンは元より、ガランやメルも意外と真面目な兵士達の姿に、今まで抱いていた感情とは別のものを抱き始めていた。


「意外〜、ですねぇ〜……」
「あぁ、あいつらちゃんと国の事、考えてはいたんだな」
「ボク、あの人達は魔術師迫害する事しか考えてないのかと思ってましたよ」


 反魔術師だった兵士達が集まる一角を遠巻きに眺めながら、ポツリとつぶやいたメルの言葉にウンウンと呆然としてギリファンとガランが頷くと、心外と言わんばかりに近くにいたアダルベルトが眉を顰める。


「貴様達は騎士をなんだと思っているんだ。魔術師に反感がある者の大抵の理由は古い因習に起因する物だ。我々から見ればお前達がやっている事は得体が知れない不気味な物にしか映らん。そんな者らが国を守れると思えないからこそ反発する。重要性さえ解れば我々も鬼では無いぞ」
「因習か……厄介なものだよねぇ。300年以上も昔の事だって言うのに、その因習がデールを内側から脅かそうとしているなんて。大半の騎士が納得した所で、議会や大衆が理解を示さない事には現状は変わらないだろうねぇ」


 大皿を抱えながら、会話に割り込んで来たトルドヴィンがヒョイっと肩を竦める。
 飄々とした物言いだが、核心を突く内容に誰もが苦虫を噛み潰す様な顔になる。
 ライマールの望む物が緩やかに前進しているとはいえ、まだまだ立ちはだかる壁は大きいのだと言わざるを得ない。
 兵士達の様に身近で体感した者ならばともかく、目に見えて実感する事が出来ない話で人の心を動かす事はかなり難しい。


 長期戦は覚悟の上だが、今回の訓練結果を思い出せば、悠長な事を言っていて良いのだろうかという焦りが皆の顔に浮かんでくるのも当然だった。


「そういう時の為に私達王族がいるんじゃないか。見えないのであれば見せればいい。君達はもう大分前から臣民と交わりその姿を見せているのだろう?機会は幾らでも作るコトが出来る。焦るコトはないよ」
「クロドゥルフ殿下……有難う御座います」
「礼を言う必要はないよ。最終決定権を持つ王族の我々に責任があるのだから。国の為に仕えている君達の待遇については私も幼い時分より疑問に思う所があった。今の今まで何も出来なかった私の方が頭を下げるべきなのだから」


 目を伏せて静かに告げるクロドゥルフに、ギリファンが深々と頭を下げる。
 それに習って誰もが感無量の面持ちで敬意を持って同じ様に頭を下げる中、ただ一人ライマールだけが腕を組んで項垂れていた。


「ライマール様?もしかしてお疲れですか?」
「違う。いや、少し疲れてはいるが……クーベ」
「はい?なんでしょう、ライマール殿下」


 何時になく険しい表情で自身の膝をじっと見つめ、呼びかけて来たライマールに、自分が呼ばれると思っていなかったトルドヴィンがキョトンとして返事を返す。
 ただならぬ様子のライマールに誰もが息を飲んで注目する中、ライマールは慎重に顔を上げて、至極真面目にトルドヴィンに命を下した。


「お前、今日から暫くギリファンと同じテントを使え」
「「「………はぁ!?」」」


 予想外もここまでくると声にならないもので、当人達+狗一匹アダルベルト以外の人間は瞠目した状態でポカンと口を開けていた。
 今までの会話の内容から、何がどうしてそんな結論に至ったのだろうとメルが頭を抱える横で、これまで見たコトがない位全身を真っ赤に染めてギリファンがライマールの胸倉を掴んで睨みつける。


 その形相たるや、一月掛けた研究が全て泡と帰した時とは比べものにならない迫力があった。


「なっ……なっ、なっ!!!?おっおっ、っっっっまえはっ!!何を言ってるんだ?!こっ、婚前前の女がっ、たとえ仕事であっても男と二人きりで枕を共にして許されるとでも思ってるのかっ!!」
「問題無い。俺が許す」
「……いや、いやいやいや、ライマール様、問題大ありですって。そりゃ姉さんは普通の女性に比べればガサツですし、怪力ですし、言葉遣いもアレですし、怒りの沸点もかなり低い所にあって淑女とは言えないかもしれませんが、たとえその上三十路越えだったとしても、性別上は一応の所女性ですし、ボクとしても自分の姉が、表面上は一見紳士に見えるけど、実は腹黒くて、ストーカー気質で、面の皮が厚い狼の前に投げ出されるのはチョット困りますよ?」
「……メル、お前が私の事をどう思っているのかはよぉぉく理解した」
「ハハッ、私はあえて否定しないけどね。メルは明日から背中に気をつけた方が良いんじゃないかなぁ?」


 メルは思わず指折りツッコミを入れて余計なコトまで口にし、後悔する。
 姉と義兄にジリジリとメルが詰め寄られている中、のんびりと首を捻りながら、至極冷静にガランが口を開いた。


「えぇ〜とぉ〜?それって〜、恋仲云々の類の話ではないですよねぇ〜?」
「ライマール、お前、もしかして何か視たのか?よくない事でも起きるのか?」


 ガランに続いてクロドゥルフが恐る恐る問い掛ければ、言い争っていた三人と、唖然としていたアダルベルトもハッとしてライマールを凝視する。


 ライマールは渋い顔で一同を見渡すと、躊躇いがちに肯定の意を表した。
「思っていたより少し厄介な事になりそうだ。正直効果があるのか微妙な所ではあるが、何もしないよりはマシ……の様な気がする」
「殿下、毎度の事ながら、もう少し解りやすくご説明頂きたいですぞ。ご自分だけ納得されても我々も対処しようがない」


 アダルベルトが辟易しながらライマールを窘めると、一同青い顔でウンウンと頷いて同意する。
 ライマールは落ち込んだ様子で一言「すまない」と謝罪すると、それでも歯切れが悪い返事を返した。


「だが説明したくても出来ない。言えるのはギリファンはクーベと一緒にいた方が良いという事だけだ」
「えーっと、つまり姉さんを一人で寝かせたくないって事だったりしますか?それだったらボクや兄さんでも良い気がするんですが……」
「待て、それはつまり、私の身に何かが起こるという事か……?」


 今までの不明瞭な話から何とか推測するならば、それしか考えられない。
 ギリファンが険しい顔で腕を組むと、トルドヴィンやメルが顔色を失くす。


 一気に皆の注目を浴びて、ライマールは言葉を詰まらせ俯く。
 何とか誤魔化そうと言い訳を逡巡しているその姿は、誰がどう見ても肯定としか取れなかった。

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