デール帝国の不機嫌な王子

みすみ蓮華

ワガママ姫の面影

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 一方、メルの家で世話になっているアディは空虚な日々を過ごしていた。
 メルのおかげでケット・シーと暮らしていた頃よりも賑やかな環境に居るものの、ぽっかりと空いてしまった穴は今だに塞がらないままだった。


 メルの家族はそんなアディの心境を察して、何かと気を使ってアディに話し掛けてくれる。
 それはアディを自分達家族の一員として迎えてくれて居るような温かみがあるのだが、アディは自分がここに居るという自覚を持てずにいた。


 皆の輪の中に居てもどうしても一歩後ろで自分を眺めて居るような気分になり、虚しい気持ちばかりが広がっていく。
 折角皆が励ましてくれていると言うのに、気持ちは一行にそちらに向かず、アディは笑顔を返しながらただただ申し訳ない気持ちが募るばかりだった。


 何となく一人になりたくて、メルが遠征に出て数日経ったある日、アディはフラフラと皇帝広場に足を運ぶ。


 初めてこの国に来た時も大きな城の見えるこの広場がアディはとても気に入って、ここを商売の拠点とした。
 特に広場の中央に立つ初代皇帝と妃の像はお気に入りで、夢の中では悲しそうに泣いていた妃がとても幸せそうに皇帝に寄り添う姿をみると不思議とホッとした心地に包まれる。


 アディは広場に着くと、迷うことなく像の前に座り込んでジッと二人を見上げる。
 もう夢に現れる事がなくなったあの妃は今はもう悲しくないのだろうか?
 祖国を失う気持ちはアディには解らない。それでも家族を失ってしまった悲しみは痛い程よく解ってしまい、こんな気持ちだったのだろうかと、ただぼんやりと妃を見つめながらアディは心の中で彼女に語りかける。


(メルもメルの家族も良い人たちばかり。でも、私の家族じゃないわ……皆優しいのに、それがとても悲しいの。貴女もそんな風に思った事があるの?)


 見送ったケット・シーの最期が脳裏を掠める。徐々に猫の姿へと変化して、逝った時にはアディが抱えられる位小さく真っ白な猫になっていた。
 今まで一緒に過ごしてきた"お婆ちゃん"とは程遠い姿に、実は何処かでまだ生きていて、あれは幻だったのではないかと思わずにはいられない。
 しかし胸元に手を当てればずっと大事に身につけていたあの鈴は無く、最後の夜に繋いだ、シワシワの手はもうアディの頭を撫でることもないのだと確信する。


(もう泣かないって決めたもの。お婆ちゃんが悲しまないように。……でも、これからどうしたら良いのか全然思いつかない)


『メルに頼ってばかりじゃダメだよね。でも、私は何処に行けば良いの?貴女はどうやって居場所を見つけたの?……アサル・・・


 妃の像を見上げながらポツリと呟く。
 青空の下で微笑む妃は穏やかな顔で皇帝を見つめ、その目にアディが映る事はある筈がない。
 しかしアディが彼女の名前を直後、あろう事かその像の目が微かに瞬きをし、アディを見下ろしてくるではないか。


 妃の像と視線が合い、アディは驚いて立ち上がる。
 まさかそんなバカなと幾度か瞬きをすると、見間違いではないわよとでも言う様に、妃は皇帝に向けた笑みを浮かべたままスッと左手を上げて商店街のある大通りの方を指差した。


『商店街?何かあるの?』


 ビクビクと半信半疑の状態で指を刺された方向を見た後、再び銅像へと目を向けると、そこにはいつもと同じ様に皇帝を見つめる妃の像があるだけだった。
 辺りを見れば妃の像が動き出した事に誰も気付いて居ない様子で、日常の生活風景が広がっている。


 疲れていたのだろうかと目頭をこする。そうしていると服の裾をくいくいと引っ張られる感覚が伝わってきた。
 なんだろうとそちらを見下ろすと、肩程の長さの金髪に青い瞳をクリクリと輝かせた3〜4歳位の小さな女の子が、にこにこと無邪気に笑みを浮かべてアディを見上げていた。


「何カご用ですカ?」
「こっち!」
「えっ?」


 何処の子だろうと困り果てるアディに構わず、女の子は嬉しそうにアディの手を引いて大通りの方へと走って行く。
 小さな女の子にしてはかなり力強くアディの手を引っ張り、グングンと人の間を通り抜ける。
「待ってクさい!ドコ行くですカ!?貴女、オカさんドシタですカ?」
「こっち!こっち!」


 アディが何を尋ねても、女の子はこっちこっちと繰り返すばかりで一向に足を止めない。
 ピンク色のリボンがついたフリルのスカートをひらめかせて、楽しそうに笑ながら入り組んだ裏路地に入っていく。
 身なりからすればかなり良い所のお嬢様の様な気がする。こんな裏路地に入って行って、誰かが心配してるんじゃないだろうかと思うものの、アディは何故かその足を止める事が出来ない。


 目の前を走る女の子の違和感に、ほんの少し恐怖を感じ始めた所で、女の子はピタリと走るのを止めて一軒の店の前で指を指して見せる。


「ここ!ここ!」
「ココ?」


 息を整えながらふと店を見上げると、見覚えのあるピンク色の屋根と白い壁が視界に入る。
『ここってハルのお店?』


 ショーウィンドウを覗き込めば可愛らしいヌイグルミが並べられている。
 もしかしてこの子はコレが欲しくて自分に声を掛けたんだろうか?と女の子がいた場所をふと振り返ると、そこには始めから誰も居なかったかの様に忽然と女の子の姿が無くなっていた。


「あ、レ……?」


 驚いて辺りを見渡したものの女の子どころか人っ子一人見当たらず、アディはその場で呆然と立ち尽くす。


(私、やっぱり疲れてるのかしら?でも確かに女の子が……)


 小さな手の温もりを思い出しながらジッと自分の手を見つめ、アディは首を捻る。
 今日はもう帰って休んだ方が良いのかもしれないと考えていると、背後から「おや?」と言う男性の優しげな低い声が聞こえてきた。


『アディさんじゃ無いですか?お久しぶりです。お買い物ですか?』
『ハル!違うの、今ね、そこで……ううん。なんでもないわ。ハルはお仕事?』


 何となく不思議な女の子の話を飲み込んで、アディはニコリとベルンハルトに微笑んで見せる。
 するとベルンハルトも嬉しそうににっこりと微笑んでアディに頷いて答えてくれた。


『ええ、珍しく特注の注文があったので届けてきた所なんですよ。お暇でしたら寄って行きませんか?シュネーバル位しかありませんが、お持てなししますよ』
『ええ、勿論。お散歩してただけだから』
『良かった。アディさんにお会いしたら渡したい物があったんですよ』
『私に?』


 なんだろう?とアディは不思議に思い首を捻る。
 忘れ物はしてない筈だけどと考えあぐねていると、ベルンハルトが店の扉を開け、「どうぞ」とアディを中へと促してきた。
 おずおずとアディが中へと入るとベルンハルトがそのあとに続き、カランカランと気持ちのいい鈴の音を響かせながら扉がしまる。
 二人が完全に店の中へと入ってしまうと、先程の不思議な出来事が嘘の様に静寂が裏通りを包み込んだ。


 アディとベルンハルトが店の中へと消えたのを見計らったかの様に、向かいの店の屋根からひょっこりと、頭上に二つの小さな山を乗せた影が顔を出す。
 影は暫くベルンハルトの店を見つめた後、口元でニィィっと三日月の様な弧を描いて満足そうに微笑んだ。

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