デール帝国の不機嫌な王子
小さな変化 1
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一般の葬儀よりもかなり簡略化された質素な葬儀を行い、グルグネストの南にあるベルンの中でもひときわ大きな忘却の砂漠と呼ばれる砂漠近くの小高い岩山にケット・シーの為に小さな墓を皆で作った。
大きめの石をいくらかまとめて重ねただけの物だったが、誰かが故意に倒さない限りは倒れないだろうというくらいにはしっかりとした墓を建てる事が出来た。
ゼイルからケット・シーの話を聞いた時とても動揺していたアディは、意外にも落ち着いた様子で、葬儀を終えた後もメル達の食事を作ったり、身の回りの物を少しづつ整理したりと忙しそうに働いていた。
元々二人で旅をして暮らしていた為家の中の物自体は少なく、一日と立たずして一通りの作業を終え、家の中は更に殺風景なものとなってしまった。
空虚な部屋で立ち尽くすアディにゼイルがこれからどうするのかを問えば、まだケット・シーが亡くなってしまったという現実味が湧かないのか、どこかボンヤリした様子で「わからない」とだけ答えていた。
このまま一人ここに残してデールへ帰るのも気が引け、メルは暫く自分の家に居てはどうかと提案をする。
アディの荷物はそのままだったし、何よりこのまま別れたくないという気持ちがメルの行動をほんの少し大胆にさせた。
アディは少し迷っている様子だったがゼイルやライマールの後押しもあり、その提案を受け入れる。
そうしてメル達はラクダ顏の夫婦に別れを告げて、五日振りにデールへと戻って来たのだった。
ライマールの奇行のおかげで行き先を告げずに唐突に居なくなるのは珍しい事では無かったものの、それがライマールの休暇中だった事もあってメルの失踪は大変な騒ぎになり掛けていた。
ライマールやベルンハルトを送り届けた後家に帰れば、まず母が泣きながら駆け寄り、姉は仕事中だったにもかかわらずメルの帰宅を聞くや否や飛んで家へと舞い戻り雷を落とす。
普段おとなしい父もかなり動揺した様子でメルを叱りつけ、弟妹達に至ってはアディと駆け落ちしたと勘違いしていたらしく、もう反対しないからと泣きながらメルに飛びついて来た。
そんな状況で唯一冷静だったのは兄のガランだけで、普段通りに仕事を終えて一番最後に帰宅すると「お帰りなさいぃ〜」といつも通りののんびりとした口調でメルに挨拶をしてきたのだった。
姉や両親に一通りの事を説明するとアディの身の上にかなり同情した様子で、先の事が決まるまでは家に居るといいと皆快くアディを受け入れてくれた。
アディは気後れした様子を見せたものの翌日になれば幾分か元気を取り戻した様子で、頻繁に構いたがる母やツィシーの話に笑顔で受け答えをして過ごしてた。
メルはそんなアディの姿を遠巻きに見ながら、このまま元気を取り戻せばアディは国に帰ってしまうかもしれないんだよなぁと嘆息を吐く。
かと言ってアディを引き止める程まだ深い関係でも無い為、どう声を掛けたものかも解らないまま二日が経ち、今年一番の大仕事である秋の合同演習の日がやってくる。
演習期間は一週間で、今年は廃墟となった北西のアスベルグにある古城で演習が行われる予定となっている。
移動を計算に入れると十二日前後は掛かるであろうと予測されていた為、もしかしたら帰って来る前にアディが家を出て行ってしまうのではないかとメルはかなり後ろ髪を惹かれながら家の門を出たのだった。
陽が登る前のかなり早い時間から登城すると既に幾人かの兵や魔術師達が世話しなく動き回り、旅の準備を行っていた。
メルが帝都にいなかったのはほんの五日間の事だったが、そのたった五日の間に魔術師と兵士の溝の隙間がかなり縮まっているのが如実に感じ取れた。
確かにライマールが休暇に入ってから色々あったお陰で兵士との溝は少しづつ縮まってはいたのだが、それにしては随分と仲が良くなったものだとメルはしきりに首を捻る。
更に言えば仕事をする姉とトルドヴィンの距離も、なんだか以前より縮まっているような気がしてならなかった。
そんなメルに気がついたガランがクスクスと笑いながらコッソリと耳打ちをしてきた。
「メル君が居なくなった後、姉さんショックで倒れたんですよ〜。初めのうちはそうでもなかったんですが〜、事情を知っていた義兄さんがもしかしたら国外に出たかもしれないって言い出したもんですから〜。仕事も手が付かない状態だったんですよ〜?」
「えっ?!」
叱られた時かなり心配を掛けたのだろうとは思っていたが、まさかそこまで心配を掛けてしまっていたとは想像していなかった。
いつもと変わらぬ様子で癖のあるポニーテールを揺らしキビキビと指示を送るギリファンを見つめながら、メルは改めて悪い事をしたなぁと反省する。
ガランも同じ様に姉を見つめながら、ウンウンと頷いて話続けた。
「姉さん、今まで誰にも弱みは見せないで来ましたから〜、流石に皆心配したんですよ〜。義兄さんもまさか倒れるとは思ってなかったみたいでしたし〜、責任感じて毎日お見舞いに来てたんですよ〜。まぁ、今回の事で〜義兄さんも思う所があったみたいで〜。姉さんに縁談を薦めなくなりましたよ〜?」
代わりにかなりアピールしてるみたいですが〜と、ガランはにこにこと笑みを浮かべる。
メルは少々複雑な気持ちになりながらなるほどなと頷いた。
魔術師に反発していた兵士達も、何故か昔からトルドヴィンにだけは頭が上がらない節があった。
先祖がリン・プ・リエンの伝説の英雄という所為もあるのだろうが、人嫌いしない性格と、ユーモアに飛んだ話術がその人望を厚くさせているのだろう。
一種の宗教かと思える位、一部の兵はクロドゥルフよりもトルドヴィンに忠誠を誓っている者までいるのだから、そんなトルドヴィンが魔術師相手に好意を大々的に示してしまえば、必然的に殆どの兵士は反発よりも魔術師擁護の意を示すしかなくなった。
姉にはかなり心配を掛けてしまった様だが、結果的に良い方向へと進んだのなら良かったのかなとメルは苦笑する。
「納得する人ばかりじゃないと思うんですが……義兄さん、大丈夫なんですかね?背中刺されたりとかしないですよね?」
「ふふふふふ〜。大丈夫でしょう〜。姉さんも居ますし〜。義兄さんかなり強いですし〜。私はあの二人の背後に立つって考えるだけで恐ろしいですよ〜」
「……それもそうですね」
トルドヴィンはともかく、姉の鉄槌の恐ろしさは痛い程よく判っている。
メルは打ち合わせをする二人を眺めながら、後でもう一度キチンと謝っておいた方がいいなと思ったのだった。
粗方の作業も終わった頃になると陽も顔を出し始め、クロドゥルフやライマールが兵や魔術師達の前に姿を現す。
最終的な確認をトルドヴィンやギリファンを交えて行い、隊列の先頭に並ぶライマールの姿は些かまだ眠そうにあくびを噛み殺していた。
辺りが完全に明るくなると皇帝が姿を現し、兵や魔術師達に向けて、旅の無事の祈りと今回の訓練の成功を願う言葉が向けられる。
その中にはイルミナ妃と共に並ぶ皇后の姿もあり、少しずつ確実に変わっていく日常の変化に、メルはほんの少し自分だけが取り残されている様な寂しさを覚えた。
クロドゥルフの号令と共に兵が城の正門をくぐり抜け、規則正しい列を成し見物人が集まる街の中へと進んで行くと、皆の顔はいよいよ硬く引き締まる。
そのあとに続く様に更にライマールが魔術師達に向かって行軍の令を宣言する。
ほんの少し目元を赤く染めたライマールの顔と、それを見つめる皇后の暖かな視線を肌で感じ取りながら、メルはグッと奥歯を噛み締め喉の奥を鳴らすと、心なしか少し誇らしげに見える主人の背に続いて一路アスベルグへと行軍を開始した。
一般の葬儀よりもかなり簡略化された質素な葬儀を行い、グルグネストの南にあるベルンの中でもひときわ大きな忘却の砂漠と呼ばれる砂漠近くの小高い岩山にケット・シーの為に小さな墓を皆で作った。
大きめの石をいくらかまとめて重ねただけの物だったが、誰かが故意に倒さない限りは倒れないだろうというくらいにはしっかりとした墓を建てる事が出来た。
ゼイルからケット・シーの話を聞いた時とても動揺していたアディは、意外にも落ち着いた様子で、葬儀を終えた後もメル達の食事を作ったり、身の回りの物を少しづつ整理したりと忙しそうに働いていた。
元々二人で旅をして暮らしていた為家の中の物自体は少なく、一日と立たずして一通りの作業を終え、家の中は更に殺風景なものとなってしまった。
空虚な部屋で立ち尽くすアディにゼイルがこれからどうするのかを問えば、まだケット・シーが亡くなってしまったという現実味が湧かないのか、どこかボンヤリした様子で「わからない」とだけ答えていた。
このまま一人ここに残してデールへ帰るのも気が引け、メルは暫く自分の家に居てはどうかと提案をする。
アディの荷物はそのままだったし、何よりこのまま別れたくないという気持ちがメルの行動をほんの少し大胆にさせた。
アディは少し迷っている様子だったがゼイルやライマールの後押しもあり、その提案を受け入れる。
そうしてメル達はラクダ顏の夫婦に別れを告げて、五日振りにデールへと戻って来たのだった。
ライマールの奇行のおかげで行き先を告げずに唐突に居なくなるのは珍しい事では無かったものの、それがライマールの休暇中だった事もあってメルの失踪は大変な騒ぎになり掛けていた。
ライマールやベルンハルトを送り届けた後家に帰れば、まず母が泣きながら駆け寄り、姉は仕事中だったにもかかわらずメルの帰宅を聞くや否や飛んで家へと舞い戻り雷を落とす。
普段おとなしい父もかなり動揺した様子でメルを叱りつけ、弟妹達に至ってはアディと駆け落ちしたと勘違いしていたらしく、もう反対しないからと泣きながらメルに飛びついて来た。
そんな状況で唯一冷静だったのは兄のガランだけで、普段通りに仕事を終えて一番最後に帰宅すると「お帰りなさいぃ〜」といつも通りののんびりとした口調でメルに挨拶をしてきたのだった。
姉や両親に一通りの事を説明するとアディの身の上にかなり同情した様子で、先の事が決まるまでは家に居るといいと皆快くアディを受け入れてくれた。
アディは気後れした様子を見せたものの翌日になれば幾分か元気を取り戻した様子で、頻繁に構いたがる母やツィシーの話に笑顔で受け答えをして過ごしてた。
メルはそんなアディの姿を遠巻きに見ながら、このまま元気を取り戻せばアディは国に帰ってしまうかもしれないんだよなぁと嘆息を吐く。
かと言ってアディを引き止める程まだ深い関係でも無い為、どう声を掛けたものかも解らないまま二日が経ち、今年一番の大仕事である秋の合同演習の日がやってくる。
演習期間は一週間で、今年は廃墟となった北西のアスベルグにある古城で演習が行われる予定となっている。
移動を計算に入れると十二日前後は掛かるであろうと予測されていた為、もしかしたら帰って来る前にアディが家を出て行ってしまうのではないかとメルはかなり後ろ髪を惹かれながら家の門を出たのだった。
陽が登る前のかなり早い時間から登城すると既に幾人かの兵や魔術師達が世話しなく動き回り、旅の準備を行っていた。
メルが帝都にいなかったのはほんの五日間の事だったが、そのたった五日の間に魔術師と兵士の溝の隙間がかなり縮まっているのが如実に感じ取れた。
確かにライマールが休暇に入ってから色々あったお陰で兵士との溝は少しづつ縮まってはいたのだが、それにしては随分と仲が良くなったものだとメルはしきりに首を捻る。
更に言えば仕事をする姉とトルドヴィンの距離も、なんだか以前より縮まっているような気がしてならなかった。
そんなメルに気がついたガランがクスクスと笑いながらコッソリと耳打ちをしてきた。
「メル君が居なくなった後、姉さんショックで倒れたんですよ〜。初めのうちはそうでもなかったんですが〜、事情を知っていた義兄さんがもしかしたら国外に出たかもしれないって言い出したもんですから〜。仕事も手が付かない状態だったんですよ〜?」
「えっ?!」
叱られた時かなり心配を掛けたのだろうとは思っていたが、まさかそこまで心配を掛けてしまっていたとは想像していなかった。
いつもと変わらぬ様子で癖のあるポニーテールを揺らしキビキビと指示を送るギリファンを見つめながら、メルは改めて悪い事をしたなぁと反省する。
ガランも同じ様に姉を見つめながら、ウンウンと頷いて話続けた。
「姉さん、今まで誰にも弱みは見せないで来ましたから〜、流石に皆心配したんですよ〜。義兄さんもまさか倒れるとは思ってなかったみたいでしたし〜、責任感じて毎日お見舞いに来てたんですよ〜。まぁ、今回の事で〜義兄さんも思う所があったみたいで〜。姉さんに縁談を薦めなくなりましたよ〜?」
代わりにかなりアピールしてるみたいですが〜と、ガランはにこにこと笑みを浮かべる。
メルは少々複雑な気持ちになりながらなるほどなと頷いた。
魔術師に反発していた兵士達も、何故か昔からトルドヴィンにだけは頭が上がらない節があった。
先祖がリン・プ・リエンの伝説の英雄という所為もあるのだろうが、人嫌いしない性格と、ユーモアに飛んだ話術がその人望を厚くさせているのだろう。
一種の宗教かと思える位、一部の兵はクロドゥルフよりもトルドヴィンに忠誠を誓っている者までいるのだから、そんなトルドヴィンが魔術師相手に好意を大々的に示してしまえば、必然的に殆どの兵士は反発よりも魔術師擁護の意を示すしかなくなった。
姉にはかなり心配を掛けてしまった様だが、結果的に良い方向へと進んだのなら良かったのかなとメルは苦笑する。
「納得する人ばかりじゃないと思うんですが……義兄さん、大丈夫なんですかね?背中刺されたりとかしないですよね?」
「ふふふふふ〜。大丈夫でしょう〜。姉さんも居ますし〜。義兄さんかなり強いですし〜。私はあの二人の背後に立つって考えるだけで恐ろしいですよ〜」
「……それもそうですね」
トルドヴィンはともかく、姉の鉄槌の恐ろしさは痛い程よく判っている。
メルは打ち合わせをする二人を眺めながら、後でもう一度キチンと謝っておいた方がいいなと思ったのだった。
粗方の作業も終わった頃になると陽も顔を出し始め、クロドゥルフやライマールが兵や魔術師達の前に姿を現す。
最終的な確認をトルドヴィンやギリファンを交えて行い、隊列の先頭に並ぶライマールの姿は些かまだ眠そうにあくびを噛み殺していた。
辺りが完全に明るくなると皇帝が姿を現し、兵や魔術師達に向けて、旅の無事の祈りと今回の訓練の成功を願う言葉が向けられる。
その中にはイルミナ妃と共に並ぶ皇后の姿もあり、少しずつ確実に変わっていく日常の変化に、メルはほんの少し自分だけが取り残されている様な寂しさを覚えた。
クロドゥルフの号令と共に兵が城の正門をくぐり抜け、規則正しい列を成し見物人が集まる街の中へと進んで行くと、皆の顔はいよいよ硬く引き締まる。
そのあとに続く様に更にライマールが魔術師達に向かって行軍の令を宣言する。
ほんの少し目元を赤く染めたライマールの顔と、それを見つめる皇后の暖かな視線を肌で感じ取りながら、メルはグッと奥歯を噛み締め喉の奥を鳴らすと、心なしか少し誇らしげに見える主人の背に続いて一路アスベルグへと行軍を開始した。
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