デール帝国の不機嫌な王子

みすみ蓮華

役者、揃う 1 @ベルンハルト

 =====




 ねじまき時計のカチコチという音がぬいぐるみが並ぶ店内に響き渡る。
 いつもなら心地の良いオルゴールの音が流れている時間帯だが、今日はぬいぐるみの材料を買い出す為に店のドアには閉店中のサインが立てかけられていた。


 ベルンハルトは店のドアを開けると、工房の奥へ進み、二人を二階の私室へと案内した。
 狭く急な造りの板張りの小さな階段は、三人が上る毎にギッ…ギッ…と、不安定な音を立てる。


 二階の私室には、壁際に小さなキッチンが、中央にアカシヤで出来た小さなテーブルとイスが狭い部屋を占拠している。
 キッチン横の扉を開ければトイレ付きのバスルームとなっている。
 階段を折り返して更に三階へ上がれば、そこはベルンハルトの寝室となっていて、実家に比べれば便利とは言い難いかもしれないが、一人で暮らすには小回りが利いてベルンハルトには十分快適な家だった。


「狭いですが楽にして下さい。今お茶をお持ちしますね」
「すみません、巻き込んでしまって。あの、お構いなく……」


 おずおずと気まずそうにメルが頭を下げるのを見て、ベルンハルトはまた苦笑する。
 自分はもうあまり気にしていなかったが、どうやらメルはまだギリファンの事で自分に言った事が気になっているんだろうと察して、どうしたものかと肩を竦めた。


 小さな台所に立って湯を沸かそうとすれば、メルと二人になりたくないのか、例の少女がベルンハルトの後ろをちょこちょこと着いて来て服の裾を掴んでくる。


『すぐにお湯湧くから、座って待ってて?』
 姪っ子を思い出し、子供を諭す様にアディに言えば、アディは俯いたまま小さく首を振って拒否の意を示す。
 直ぐ後ろではメルの唸り声が聞こえ、ベルンハルトは更に困った様子で苦笑した。


「ベルンハルトさんって、イスクリス語が解るんですか?」
 唸り声と共にメルがベルンハルトに問い掛ける。
 背中に突き刺さる様な視線が向けられている気がするのは、先程のメルの態度からおそらく気のせいではないのだろうと、ベルンハルトは内心溜息をつきながらメルの問いに答えた。


「えぇ。ジャミル家は元々イスクリスの家系でしたから。流石に今ではあちらの血縁と交流はありませんが、ジャミル家では第二言語として覚える様にと習わされるんです。その所為かうちの道場の剣術の型や技もイスクリス語のものが多いですね」


「どうぞ」と、テーブルの上にお茶を振る舞えば、メルは恨めしげにジトリとベルンハルトを睨め付ける。


(メルさんとはどうあっても仲良くなれないのかな?)


 それはなんだか凄く寂しいなと感じつつ、アディをさり気なくメルの隣に座らせて、二人に更にお菓子を振舞う。


 微妙な空気が漂う中、アディはひたすらパクパクと出されたお菓子を口にしながら俯き、メルも居心地が悪そうにお茶をすすっていた。


「えーっと、僕がアディさん……でしたっけ?を見つけた時、彼女、街の外壁をつたって上ってて途中で落ちてしまったんですが……その経緯をお聞きしても?」
「えっ!?あ、アディ!?本当ですか!?なんでそんな危ない事したんです!?ッハ!!け、怪我はありませんか!?」
「大丈夫。眼鏡、助けル、するでしタ。怪我ないでス」


 視線は合わせようとはしなかったが、アディはメルの問いにキチンと答え、メルもホッと胸をなでおろしていた。
 眼鏡と呼ばれたベルンハルトは、その時漸く自己紹介をしていなかったコトに気がつき、改めてアディに名を名乗った。


『あぁ、自己紹介まだだったね。僕はベルンハルト・オ・ガ・ジャミルって言います』
『ベルン……私の国と同じ名前……私……私はアディ。アディ・ラジャ・ウパラ』
『言われてみれば確かにそうだね。皆はハルって呼ぶけど。アディって良い名前だね』


 にっこり微笑んでベルンハルトが何気無く名前を褒めると、アディはほんのり頬を染めてまた俯く。
 なんとも言えない雰囲気を漂わせる二人に、メルは悲鳴混じりに口を開いた。


「あの、僕にも解る言葉でお願いします!ふ、二人だけの世界を作らないで下さい!!」
「あ……すみません。彼女にはイスクリス語の方が解りやすいかと思って。メルさんはイスクリス語話せないんですね。お知り合いだと言うからてっきり話せるのかと……」
「それ嫌味ですか!?ふ、普通話せるわけないじゃないですか!!ううう……」
「えっ?いえ、そんなつもりでは……すみません」
「喧嘩、ダメ。私、話スしまス。ハル、悪イないでス」
「ア、アディ……」


 アディがベルンハルトをかばったが為に、メルは更に落ち込んでしまう。


(メルさんはよほどこの子の事が好きなんだなぁ…)


 自分もギリファンが好きではあったが、メル程一喜一憂する様な感情は無かったかもしれないなとベルンハルトは改めて自分が抱いていた感情に気付かされる。
 あの時メルが反対したのは、もしかしたら自分の軽い気持ちを見透かされていた所為かもしれないと、今ではそう思えてならなかった。


「ううう……まるでボクが悪者じゃないですか」
「そんな事無いですよ。こちらこそ配慮が足りませんでした。元気だして下さい。えっと……それでアディはどうして塀に上ろうとしてたのかな?」
「い、いきなり呼び捨てですか!?ベルンハルトさん、貴方まさか……」
「えっ!?い、いえ、違います!違いますよ!?幾らなんでもこんな小さな子にそんな感情は湧きませんよ!」


 どうもさっきっからメルの感情を逆撫でする様な事しか言えてないらしく、ベルンハルトはそこだけはキチンと公言しておこうと、慌ててメルに弁解する。
 しかしその言葉すらメルは気に入らなかったらしく、真っ赤な顔でまた憤慨しだした。


「まるでボクがそういう趣味の人みたいに言わないで下さい!し、心外です!!」
「私、小さい人、違ウます。18なるでスよ」
「そ、そうです!アディにも失礼です!!」
「えっ!?僕はてっきり……すみません。お二人の名誉を傷付けるつもりは全く無かったんですが……えっと……」


 汚名返上どころか益々気まずくなっていく空気に、ベルンハルトはぽりぽりと後頭部を掻きながらとうとう黙り込む。


 またしんと静まりかえれば、一階から聞こえてくるねじまき時計の音が、いやに大きく室内に響いてる様なきがした。


 そこへ唐突に一陣の風が階段を駆け上がる様にふわりと室内に流れ込む。
 窓を開けていた記憶はなく、ベルンハルトが不思議に思って振り返れば、風は不自然にアディに巻きつく様に渦を巻いた。


 三人が驚いてその風に注目していると、やがてそこからゼイルがアディを抱きかかえる様な形で姿を現した。
「よぉ、やっと役者が揃ったな?ったく、さっきっから聞いてりゃお前ら何くだらねぇ事で言い争ってんだ?そんな場合じゃねぇだろうが」
「ゼ、ゼイル様!?どうしてここに!?」
「えっ!?ゼイル様って……もしかして神獣の……?」


 唐突に現れた角の生えた青年をマジマジとベルンハルトが見上げれば、青年は暴れるアディを押さえ込みながら、ニッと意地悪そうな笑みをベルンハルトへ向けてきた。


「そう、その神獣のゼイル様だ。お前は……ベルンハルトっつったっけ?」
「あ……お、お会い出来て光栄です。僕はジャミル家の三男で、ベルンハルト・オ・ガ・ジャミルと申します」

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品