デール帝国の不機嫌な王子

みすみ蓮華

大胆に強行突破@アディ

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 メルの制止も振り切り、アディは城の門を抜けて城下街へと駆け抜ける。
 人並みを縫う様に走り抜け、無我夢中で商店街の奥にある魔法陣を目指した。
 何度も人にぶつかったが、そんな事を気にする余裕もなく、とにかく早くグルグネストに帰らなければということしか頭に思い浮かばなかった。


 もうじき検問所が見えてくるという所でアディはハッと我に返る。
 この国の魔法陣は騎士団が管理していて、通るのにも通行料と許可証が必要だということを思い出す。
 気が動転してお城から真っ直ぐここまで来てしまったアディは当然両方とも手元にはなかった。


(メルのお家に全部置いてきてしまったわ……どうしよう……)


 空を見上げれば日はまだ高いものの、検問所が閉まる時間までにここへ戻ってこれる自信は無かった。
 検問所近くにある高い塀へと視線を移し、アディは呆然と立ち尽くす。


 残る方法はあの奥にある森の中を進むしかない。
 旅には慣れてるし、今までだって"お婆ちゃん"と二人で何度も危ない目にあってきた。
 強いモンスターが出ると聞いてはいるが、今までだって武器がなくても何とか切り抜けてきたんだから大丈夫だろうと、アディはかなり楽観的に決意を固め、人通りの少なそうな場所を探す。
 南に進めばやはり大通りから離れている所為か、人通りが少なく静まり返った場所を簡単に見つけるコトが出来た。


 アディが通ってきた他の町や村とは違い、かなり強固で高い塀ではあったが、身軽な自分なら登れる筈だと、アディは気持ちを引き締めて塀に積まれたゴツゴツとした岩のレンガの隙間に手をかけた。


(お婆ちゃん……すぐに帰るから、だから待ってて!!)


 いつだってアディが困っていれば"お婆ちゃん"が助けてくれた。
 いつもは凄く厳しいのに、いざという時は必ずアディの所に駆け付けて、シワシワの手でアディを抱きしめ、護ってくれていた。


 メルに連れられ出会った額に角の生えた青年ゼイルは、"お婆ちゃん"は人間ではなく、しかももうすぐ死んでしまうとアディに言った。
 アディが大きくなるにつれて、確かに"お婆ちゃん"は段々と弱々しくなり、グルグネストでとうとう寝たきりになってしまった。


 その頃からアディは夢に悩まされ、見かねた"お婆ちゃん"は、デールで"メル"という青年を探す様にとアディに言った。
 一人残して行く事に不安を感じていると、近所の人に世話をしてもらうからとアディの背中を押して送り出したのだ。


 最後に見た"お婆ちゃん"のしわしわで力のない優しげな笑顔を思い出し、アディはじんわりと目頭を熱くする。


 もうすぐ死ぬかもしれないと、きっと"お婆ちゃん"はわかって居た筈だった。それでもアディが困っているからと"お婆ちゃん"はアディを助けようとしてくれた。
 だから今度は自分が絶対に"お婆ちゃん"を助けるんだと、歯を食いしばりながらアディは一歩一歩慎重に塀をよじ登っていく。


 暫くすると、下の方から誰かが悲鳴をあげたのが聞こえてきた。
 その声に驚いてアディが下を見れば、真っ青な顔でこちらを見上げる中年の女性の姿が目に入る。


(見つかった……!!)


 こんな所で捕まる訳にはいかないと、アディは女性に構わず再び塀を上り始める。
 暫くすれば女性の悲鳴に気がついていろんな方向から人が集まってくる気配がしたが、逃げてしまえばこっちのものだとただひたすら頂上を目指した。


「何をしているんだ!やめなさい!落ちたら無事では済まないぞ!!」
「大丈夫だ、そこでじっとしてるんだ!!いいね!?」
「おい!誰か近所からシーツを借りてこい!!」
「あっ!!ならコレをっ!!」


 下から色んな人がアディに話しかけて来る。
 それでもアディは止まる事無く、もう半分以上塀を上りきっていた。


(後、少し……)


 思っていたよりもかなり体力を使い、アディの手と太ももは軽い痙攣を起こし始めていた。
 気力だけを奮い立たせ、立ち止まりながらも次の岩へと思い切り手を伸ばす。
 悲鳴を上げる足を叱咤して、大きめの岩に足を掛けた所で、アディはつるりと足を滑らせる。


 その瞬間下から人々が騒然とする声が聞こえ、アディの手は気がつけば宙を仰いでいた。


(体勢を、立て直さなきゃ)


 何時ものアディなら直ぐに近くの壁にしがみつくか、着地の体勢へ入るコトが出来ただろう。
 しかしこの時ふと、アディの中で迷いが生じた。


(もしこのまま落ちたら、私は死ぬのかな?そうしたら、お婆ちゃんが死んでも側にいられる……?)


 ほんの僅かな時間だったが、その迷いの所為でアディは体勢を立て直す前に一直線に落下する。
 地面に到達するまでの時間がいやに長く感じられた。
 アディは次に来るであろう衝撃に備え、ぎゅっと目をつぶる。
 胃が浮く感覚に身を震わせていると、やがて思っていたよりも柔らかい衝撃がアディの身に返ってきた。


 ふわふわとした毛ざわりのいい感触に、恐る恐ると目を開けると、動物の毛のようなものが生えた大きな布がアディを包んでいた。
 身体を起こすと、四方から布を引っ張っていた男達がアディに駆け寄り、皆真っ青な顔でアディに話し掛けてきた。


「良かった!生きてるぞ!」
「お嬢ちゃん、怪我は無いかい?全く、なんたってあんな所に……」
「何にしても無事でよかった……あんたが布持っててくれたお陰だな」
「ホント、僕もヒヤヒヤしましたよ。偶々布の買い付けでこっちの方に来てたから良かったものの……君、もうあんな事しちゃ駄目だよ?塀を登ってもあっちには危険な森しかないんだから」


 大きな布を提供したらしい鳶色の髪をしたメガネをかけた青年が、アディの頭を撫でながらホッとした様子で微笑みかける。
 アディはぽかんとしながら周囲を見渡せば、アディを助けた男達だけでなく、周りで見ていた他の人達も皆アディを心配そうに見下ろしていた。


「何故、助けル、したでスか?私、デールの人違いまス、家族違いまス」


 色々な場所を旅して、色々な人に会ってきたが、こんな扱いを受けるのはアディは初めての事だった。
 ベルンで旅をしていた時は周りは皆他人の事に興味がなく、アディが踊っていると助けるどころか石を投げられる事も少なくなかった。


 困惑してアディが青年に問いかければ、隣でそれを聞いていた中年の男性が、突然怒ったようにアディに怒鳴り声を上げた。


「何を馬鹿な事言ってんだ!!他人だろうがなんだろうが助けんのは当たり前だろうが!!それとも嬢ちゃんは死んだ方が良かったってのか!?」
「……判ルませン。おババ、もうすぐ死ぬでス。私、おババ、助けル出来ないでス。おババが側居る、私、死ぬスル、イイかもでス…」


 自分だけでは結局森どころか塀を越える事すら出来ず、こうして知らない人達にまで助けられてしまった。
 こうして居る間に"お婆ちゃん"は死んでしまうかもしれないのに、アディにはもうどうしていいのか判らなくなってきていた。


『お婆ちゃん……死んじゃやだ……』


 イスクリス語で呟くと、アディはボロボロと涙を流す。
 怒鳴り声を上げた中年の男性はアディの言葉にまた腹を立てて、真っ赤な顔で口を大きく開きかける。
 するとメガネの青年がそれを片手で制止して、またアディの頭を優しく撫でた。


『君が抱えている悩みが何なのかは判らないけど、君のお祖母さんも君と同じように君が死んだら悲しむんじゃないかな?』


 イスクリス語で話しかけられ、アディは驚いて顔を上げる。
 青年はメガネ越しで鳶色の瞳を優しげに細めてアディをいたわる様に見下ろしていた。


『お婆ちゃんが悲しむ……?』
『うん。それにここに居る人達だって君が死んでしまったらすごく悲しむはずだよ。僕だって君に死んで欲しくない。このおじさんも言ってたけど、他人とか関係ないよ。誰かが怪我したりましてや死んでしまったりすれば悲しいって誰だって思うよ。君はそうは思わない?』
『……解んない。ずっとお婆ちゃんだけだったもの。私にはお婆ちゃんしか居ないの』
『……そっか』


 しゃくりあげながらアディが更に泣き出せば、メガネの青年は何も言わずに背中を撫でてアディを慰める。
 周りにいた人々もあどけない少女の泣きじゃくる様子にわけもなく誰もが胸を痛めた。


「お嬢ちゃん、生きてればいい事もあるんだ。そう悲観しなさんな」
「そうよ。死んだ方が良い何て事は絶対に無いんだから、早まっちゃ駄目よ!」
「悩みがあるなら幾らだって聞いてやるさ。どら、おっさん達に話してみろ」


 誰も彼もがアディを励ます様に声を掛け、アディはその優しさに触れ、更に涙がジワリと浮かびあがる。
 ああでもないこうでもないと、方々から色んな意見が飛び交っていると、大通りの方から騒ぎを聞きつけた憲兵が慌ただしく駆け寄ってきた。


「お前達、一体何を騒いでいるんだ!」
「ああぁぁぁ!!アディ!!この子です!!ボクが探してたの!!良かった見つかって……」
「メル……」
「えっ?」


 憲兵の後ろからホッとした様子でメルがひょっこりと顔を出す。
 ずっと探していたのか、メルの髪は乱れた状態で、額からはじんわりと汗が滲んでいるのが見えた。


「心配しました。まさかお城を飛び出してこんなとこまで来るとは……って、ベルンハルトさん!?」
「こんにちは。メルさんのお知り合いだったんですね」


 ベルンハルトが苦笑しながら頭を下げれば、メルも気まずそうにぽりぽりと頬を掻く。
 気まずそうな2人をアディは交互に見た後、なんとなく顔を合わせづらくてベルンハルトの後ろにそっと身を寄せ姿を隠した。


「ア、アディ!?」
 アディの行動にメルはかなりショックを受けた様子で頭を抱える。


「も、もしかして、ボクが役に立てなかったから、き、嫌いになりましたか……?」
 おそおるおそる真っ青になってメルが尋ねれば、アディはハッとして小さく首を横に振ってそれを否定した。


「メル、悪イなイでス。でも、今、顔見たくないでス……ごめんナ……」
 "お婆ちゃん"の占いが外れた事はは無かったし、普通の人なら疑う様な話を信じ、自分の為に全力を尽くしてくれた事はよく判っていた。
 でもそれでも、アディは自分の悩みとは別の事実が発覚してしまった事が、どうしても受け入れる事が出来無かった。


 折角親身になってくれたメルにまでゼイルと同じ事を言われてしまえば、アディは本当にメルを嫌いになってしまいそうな気がしてならなかった。


 俯きながら精一杯の気持ちを伝えると、メルはパクパクと口を開けた後、今にも泣き出してしまいそうな顔でガックリと項垂れ、その場にしゃがみ込む。
 その場にいた誰もがメルの気持ちを一瞬にして察して、ポンポンと背中や肩を叩いて励ましていた。


 ベルンハルトも始終の二人のやり取りになんとなく居心地が悪そうにおずおずと口を開く。
「ええと……とりあえず場所を移動しません?僕で力になれるか解りませんが……お茶とお菓子位なら出せますよ」


 遠慮がちにベルンハルトが二人に微笑みかければ、アディとメルはどちらもうな垂れたままコクリと小さく頷いて答えた。

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