デール帝国の不機嫌な王子

みすみ蓮華

トルを見たら敵と思え?@ギリファン

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 結局それから一刻程仕事を続け、もう自分も寝るからとギリファンはトルドヴィンに仕事を切り上げる様に声を掛けた。
 扉の前まで見送ろうとすれば、ここで寝るのは良くないと窘められ、逆に魔術師の宿舎まで送り届けられてしまう。
 これまで喧嘩をして過ごしていたのが嘘の様に丁寧な扱いを受け、先程のしれっとした告白も合間って、始終居心地の悪い雰囲気にギリファンは落ち着く事なくトルドヴィンと時間を過ごした。


 翌日からは宣言通り、トルドヴィンが助っ人となる若く信頼のおける兵士を何人か寄越してくれたお陰で、これまでよりもスムーズに仕事をする事が出来た。
 助っ人といっても兵士ということもあり、ギリファンを始め、魔術師の誰もが皆初めのうちはトラブルが起こるのでは無いかと身構えていた。


 しかし意外にも頼まれれば従順に接してくれるだけでなく、手が空いていれば小さな事でも率先して自ら志願してくれる程、彼らの仕事は的確で素早かった。
 若いという事もあり、教えれば飲み込みも早く、僅か三日で山積みだった書類の半数以上が消化されていた。


 休日出勤を覚悟していた部下達もこれには流石に舌を巻いた。
 初めこそギクシャクしていたものの、今では昼休みに若い兵士達と一緒に食事を取る様になっていた。


 全ての書類を消化出来たのは丁度五日目で、もう助っ人の必要は無い旨をトルドヴィンに伝えに、ギリファンは騎士団の詰所へ訪れる。


(本当に今回は助かったな。流石に何か礼ぐらいしなくては。しかし何が良いものか……幼い頃はグミかイチゴばかり食べてた印象しかないが、流石になぁ)


 酒が一番無難だろうか?と考えながら団長室の前まで辿り着く。
 ノックをしようと扉の前で手を上げると、かちゃりとタイミング良く扉が開いた。
 驚いて扉を開けた人物を見上げると、同じ様に面を食らった顔をしたデーゲンがギリファンを見下ろしていた。


 この間の今日で何の因果だろうなぁと居心地悪そうにギリファンが苦笑を漏らせば、デーゲンはデーゲンで忌々しそうにギリファンを睨みつけ、形ばかりに黙礼をしてその場を立ち去った。
 すれ違い様に、「考えられましたな」などと意味ありげな事を呟かれ、ギリファンは思わず振り返る。


 しかしデーゲンは特に変わった様子もなく、そのまま振り向きもせずに廊下を歩いていくので、空耳だったのだろうか?とギリファンは首を捻った。


「あれ、ファー?珍しいね。何か用かい?丁度良かったよ。私も君に話があってね」
 部屋の奥からトルドヴィンに声を掛けられ、ギリファンはそうだったと向き直り、部屋の中へと入っていく。
 意外と整理された団長室はギリファンにあてがわれている個室よりも広めで、本棚にある書籍類もわかりやすく分類されているのが何とも憎らしいなと少々対抗意識を抱いてしまう。


「これが格差か……あ、いや、どうでもいいな。今日は礼を言いに来た。お前のお陰で明日からは助っ人を頼まなくて済みそうなんだ。落ち着いたら改めて礼をさせて貰うが、本当に助かった」
「おや、そうなのかい?わざわざ言いに来なくても良かったのに。私は特に何もしてないからね。お礼なら彼らにすれば良いよ」
「勿論それはそれでするつもりだが、お前に助けられたのも事実だろう。借りを借りのままにするのは性分ではない。それ位はキチンとさせてくれ」


 少しムッとして言い返せば、トルドヴィンは「真面目だねぇ」と苦笑する。
「まぁ、そうだね。じゃあ、私のお願いを聞いてくれたら貸し借り無しって事でどうかな?話そうと思ってた内容と丁度いいし」
「うん?あまり無理難題は困るが何を頼むつもりだ?」


 魔術師副団長といってもやはり騎士団に比べれば行動に制限があるし、扱う魔法や物は厳重に管理されているから融通がどこまで通るか……と、色々と考えあぐねていると、全く予想だにしていなかった提案をトルドヴィンが投げかけて来た。


「大丈夫。簡単な事だよ。次の休日丸一日私にくれないだろうか?」
「ん?仕事を代わって欲しいと言う事か?流石にこちらの仕事を私がやるわけにはいかんだろう」
「いや、そうじゃなくて……」


 至極真面目にギリファンが答えれば、トルドヴィンはガックリと首を落とす。
 言い方が不味かったか……と呟くトルドヴィンに、ギリファンは何がそうじゃないんだと眉を顰めた。
「わかった、言い方を変えるよ。次の休日丸一日私に付き合って欲しい。出来れば……そうだな、目一杯めかしこで来てくれると嬉しいかな?」
「は?」


 ニコニコと何を考えているんだか判らない笑顔を貼り付けて、とんでもない事をトルドヴィンは提案してくる。
 めかしこんで1日付き合うと言う事は、つまり、そういう事なのか!?とギリファンはみるみる顔を真っ赤に染め上げた。


「お……ちょっ、ちょっと待て!あ、あのな!私はその、ハルと確かに別れたが、別れたばかりでまだ誰かと付き合うとか、そこまでの気持ちの切り替えは出来ていなくてだな、急にそう言われても……こ、困る!」
  
 前々から思っていたがこの男、妙に押しが強い所がある。
 油断をしているとすぐ隙をついて弱みに付け込まれそうで末恐ろしい。
 それに加えてこの男、そもそも顔立ちが完璧に整いすぎているのだ。
 女なら誰もがうっとりする様なこの顔で、しれっととんでもない事を平気で言ってのけるのだからタチが悪すぎる。


 冷静な判断が下せなくなるのが一番困るとギリファンは少々恨めしげにトルドヴィンを睨めつけた。


 若干目元を赤くして睨みつけてくるギリファンを見て、トルドヴィンは思わず口元を押さえて視線を逸らす。
「その反応はかなり困るな……」などと頬を染めて呟いた後、ゴホンと咳払いをして「ふー……」っと深呼吸をした後、またニコリとギリファン向き直った。


「別にファーとデートしたいって言ってるわけじゃないよ。そりゃあしてくれるって言うならこの先断食してもいい位嬉しいけど、残念ながら目的は君とのデートじゃないんだよねぇ……」
 それとも脈があるならいっそそっちに計画を変更した方が……いやいや無い無い。と、トルドヴィンは一人でブツブツと結論づけて首を横に振る。


 断食してもいい位などとよく判らない喜びの表現と共にあっさりと自分の勘違いを否定され、ギリファンは何が目的だ?と眉を顰めた。
「デートじゃないと言うなら何をする気なんだ?めかしこんでこいと言うからには何処かに行く予定があるという事だよな?」


 もしかしてそれこそ仕事の関係で何か交渉する必要のある相手でも居るんだろうかと首を傾げる。
 貴族同士で話をする際には女性がそばに居た方が良い事もあるのだろうが、やはりその役目も自分がするのはどうなんだろうとギリファンは項垂れる。


(借りは借りだしなぁ……勘違いをされたとしても今更、なのか?しかしなぁ……)


 そこからまた付け込まれて知らぬ間に本当に付き合う事になったら、それはそれで恐ろしいともギリファンは思う。
 実際なんらかの思惑でそういう方向に話が進む事なんて、世間一般的に何ら珍しくも不思議な事でもない。
 現にあのライマールですら外堀を埋めてエイラを強引に手に入れたんだから、明日は我が身に降りかかっても誰も驚きはしないだろう。


(まぁ、陛下は幸せそうだから良いのかもしれないがな)


 トルドヴィンを拒絶する程まで嫌なのか?と問われれはそうではないのだろう。
 しかしやはりあっちがダメだったからこっちにと鞍替えした気分になってしまい、受け入れ難いものがある。


 ベルンハルトと付き合っていた事を知ってるのは、目の前のトルドヴィンとさっきすれ違ったデーゲン、それに弟二人位なものなのだが、なんとなく皆からそういう目で見られそうな気がしてしまうし、何よりそれを、もしベルンハルトが知ってしまったらと思えば、後ろめたい気持ちしか浮かんでこない。


 悶々と思いを巡らせていると、トルドヴィンはコクリと頷いて話を続ける。
「うん。まぁ、チョット行きたい所があって。ファーが付き合ってくれると非常に助かるんだよね。私が行ってもあまり意味もないしね。あぁ、勿論君にとって不名誉な事にはならないと誓って宣言するよ。何、お互い悪い様にはならないさ。騎士団と魔術団の将来に関わる事だからね」


 パチリと、トルドヴィンはギリファンにウインクをしてみせる。
 互いの組織の為だと言うなら、もしかしてもの凄い権力のある人に力添えでも頼むつもりなんだろうか?
 だとしたら断るわけにもいかないなとギリファンは漸く頷いた。


「そういう事なら了解した。交渉はあまり得意ではないが、私で力になれるなら1日位付き合おう」
「うんうん。そうこなくっちゃ。あ、くれぐれも魔術師の正装で来ようなんて思わないでね?女性は着飾ってた方が俄然印象は良いんだから」
「む……解った。が、一体誰と会うつもりなんだ?」


(魔術師に理解があって身分が高いとなると、ライマールの叔父公爵か、その周辺に住む貴族辺りか?)


 あの人だろうか、いやこの人かもしれないと様々な顔ぶれをギリファンが思い浮かべる中、トルドヴィンは愛おしげに目を細めてギリファンを見つめ「それは会うまで秘密だよ」と少しだけ意地悪そうな笑みを浮かべた。

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