デール帝国の不機嫌な王子

みすみ蓮華

育て親vs…

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 ライマールが"転換期"と口にした辺りから、どうも自分の周りで奇妙な出来事が増えた様な気がする。
 メルはその日の午後に改めて自覚する事になる。


 午後のライマールの予定は学園で講義を行う予定だったので、メルはライマールが竜の国に帰るまでは城で待機の身となり、やる事も特にないので城の中をブラブラと散歩する事にした。
 ギリファンやガランがいる大部屋の研究所を手伝う事も出来たが、なんとなく姉と顔を合わせるのが嫌で中庭の方へと足を運んだ。


 中庭に到着すれば、皇妃とイルミナがベンチで歓談を楽しんでいて、メルは珍しい事もあるものだなと思いつつも、軽く会釈をしてその場を後にしようとした。


 しかしどういう訳か、皇妃がメルを引き留めた。
「お待ちなさい。あなたは確か、メル、だったわね?時間があるのでしたら、少しここに留まりませんか?時間も丁度良い時間だわ。お茶も用意させましょう」


 ライマールによく似た目元がふんわりと細くなる。顔の造形と髪と目の色を見れば、なるほど、よくライマールに似ている。しかし心の底まで計り知れる程、皇后はライマール程単純な人ではない。
らしく無い誘いに、何か思惑があるのか?とメルは密かに警戒する。


「……お邪魔ではないですか?それにボクの様な者が……宜しいんでしょうか?」


 正直言えばこの場を早く立ち去りたい。が、ライマールに何か危害を加える気ならば、付き人として皇后の行動に警戒せざるを得ない。
 ただでさえ婦人方のお茶会というのは苦手なのに、相手はライマールに見向きもしなかったあの皇后だ。
 気の利いた話なんて思い浮かぶわけが無い。もうそれだけで胃がキリキリと痛む様な気がしてくる。


 そんなメルの心労も皇妃には届かず、ニッコリとライマールによく似た笑みを向けて、頷いてメルの言葉を肯定した。


「邪魔などと思っていたらこうして誘っていませんよ。勿論無理にとは言いませんが……是非、普段のあの子の話を聞かせて欲しいわ」
 この皇妃の言葉に、メルは勿論同席していたイルミナも驚き、皇妃を凝視する。
 メルに対して"あの子"と言えば、ライマール以外に思いつかない。
 まさかここに来てクロドゥルフ殿下の事だなんていうのはあり得ないだろう。


 皇妃は2人の反応を見ながら、少しだけ悲しげに微笑を浮かべ、「駄目かしら?」と呟いた。
 そんな顔でそんな風に言われてしまえば、メルも断る訳にいく筈もない。


「では、ほんの少しだけお相手させて頂きます。ボク、一応待機中の身なので、ライマール様が帰って来たら行かなくてはいけませんし」
「ありがとう。それで構いません。……いつも息子が世話になっていますね」
皇后は嬉しそうに微笑んで、少しだけ申し訳なさそうにメルに礼を述べる。
その態度を見て、メルは漸く警戒を解き、肩を撫で下ろした。


(そうか……この方も変わろうとしているんだ)


 "息子"とハッキリと告げた皇后に、メルは柔らかい笑みを返し、席へと着く。
 イルミナもなにも言わずに皇后とメルに微笑んで、メルを歓迎した。


「カップは4つだ。後アップルパイも持ってこいよ」


 皇后が付き人に給仕を手配する様に声をかけていると、メルのすぐ隣から唐突に若い青年の声がした。
 驚いて声のする方へ皆注目すれば、そこにはユニコーンのゼイルが人の形を成して、当然の様に我が物顔で席についていた。


「まぁ、ゼイル。こちらへ赴かれるとは珍しいですね」
「ふん、あんた程じゃ無いだろ。夏だってのに明日は雪でも降るんじゃねえの?」


 傲慢な態度で仰け反りながら、ゼイルは悪びれもせずに意地が悪そうに目を細めて皇妃を睨めつける。
 口元はニヤリと笑っているが、その目はまるで笑っていない。


(あ、なんか厄介な事になりそう)


 二人の硬い表情を見て、メルはいよいよ逃げ出したくなる。
 ゼイルがライマールを我が子の様に育てて来た事実を勿論メルも知っていた。
 ライマールの付き人になってからは、時折ゼイルと話をするなんて機会もあったので、ゼイルが皇妃をよく思っていない事も重々承知だった。


 ヒヤヒヤとメルは何となくイルミナヘと視線を送ると、イルミナもゼイルの気持ちを察しているのか、困った様に肩を竦めていた。
 しかし皇妃はそれにもめげず、ゼイルに切り返し、苦笑交じりに微笑んでみせた。


「雪が降る様な事にはならないので安心して下さい。これでもわたくしは反省しているのですよ」
「ふん。誤解が解けてから一年も経つってのに、そうやって人伝に話し聞くばっかで進展しねぇじゃねえか。反省なんて言われても説得力がまるでねぇ。なぁ、お前もそう思うだろ?」


(なんでそこでボクに振るんですか!?)


 いかに"メル"という位が、王族と対等に渡り合える権利を与えられているとはいえ、相手が皇妃では些か返答に困ってしまう。
 メルが口をパクパクと答えられずにいれば、皇妃は少し俯いて首を振る。


「良いのですメル。そうですね、あの子に話し掛ける事が出来ればどんなに良いか……ですがあの子は私を受け入れないでしょう。今更顔を合わせる資格も私には……」


 ゼイルの指摘に表情を曇らせ、皇妃はライマールの事を想う。


 物心着く頃からクロドゥルフよりも頭の良い子供だった。素直で、素直すぎる位、周りの言う事を受け入れ、時折心配になる位だったのに、妹が出来た途端、何かが狂い始めてしまった。
 時折おかしな事を口にするのは幼少の頃よりあったのに、奇行に走る様になる迄に、その理由を深く考えようともしなかった。
 ラハテスナに住んでいた自分ならば思い至る事も出来た筈なのに、待望の娘に気を取られるばかりで、気が付けばライマールもツェナも、自分達の決断で親元を離れて行ってしまったのだ。


 一年前、皇帝から話を聞かされた皇妃は、とても受け入れられない真実に、以前にも増して精神的に参ってしまった。
 現実を受け入れられない気持ちと同時に、後悔が押し寄せる日々が続いた。
 初めはあまりの衝撃に、ライマールを責める言葉しか口に出来なかった。
 ライマールが国を発つ日も、祝いの言葉どころか顔すら見せようと思いもしなかった。


 それなのにライマールは部屋に閉じこもった母に向かって、今まで育ててくれた事への感謝の言葉と、ツェナの事に関して謝罪を口にしたのだ。


 ーーその瞬間、涙が出た。
 扉の向こうから聞こえてきた息子の震える声と、遠ざかる靴音を耳にして。


 その時になって漸く気がついたのだ。
 感謝される程、息子と関わりを持っていなかった事に。
 見放していたのではなく、あの子の優しさに甘えていたのだという事に。


 そんな母親失格の自分が、今更合わせる顔があるわけがない。


「……あの子の話を人伝から聞く事すらも、許されないのかもしれませんね」
 目を伏せながらポツリと皇妃が呟けば、イルミナとメルが慌ててそれを否定する。


「お義母さま!何を仰っておられるのですか!?そんな事がある筈がありません!」
「そうです!皇妃様!!ライマール様だって、皇妃様とちゃんとお話出来れば、泣く程嬉しいに決まっています!!」
「ですが……」


 二人の勢いに驚いて皇妃が口を開きかけると、ゼイルが呆れたと言わんばかりに、それはそれは大きな溜息をついてみせた。


「何でそうなんだよ。あいつが許そうが許すまいが、喜ぼうが嫌がろうが、返ってくる感情一つ受け止められねぇで何が母親だ!あいつはずっとお前に無視されようが、嫌われてひどい言葉を言われようが全部受け止めて、傷付いて、それでもお前を想って本当の事は言わない方がいいと、まだ鼻垂らしてる様な時分から抱え込んで来たんだぞ!?それなのにお前は傷つきたくないからと、またライマールから逃げるのか!?良い加減にしやがれ!!」


 席を立ち上がり、声を荒げ、ゼイルは皇妃を叱咤する。
 皇妃はその言葉に真っ青になって、ゼイルを見上げた。


「わ、私は……そんなつもりでは……」
「無いって本当に言い切れんのか?……なぁ、ジーネット。お前、ここに嫁いで来た時もそうやって現実から逃げ出そうとしてたよな。あの時はお前の意思で嫁いだ訳ではなかった所為で覚悟が出来ていなかったんだろうが、クロドゥルフやライマールを産んだ時、お前は同じ様に何の覚悟もなしにあいつらを産んだのか?お前はあの頃から何も変わってねぇのか?」


 皇妃は目を赤くしながらもゼイルと視線を交わし合う。
 後ろめたい気持ちが、目を背る様にと皇妃を誘惑してくる。


 お陰でゼイルの言葉が正しいのだと、皇妃は自覚せざるを得なかった。


「確かに、あなたの言う通りですね……これでは陛下の顔すら見ずに逃げ回っていたあの頃と何も変わりありません。ライマールにどんなに幻滅されても、努力すべきなのは私の方……なのですね」
「ふん。ちゃんと判ってんじゃねえか。だったらもう何すりゃいいか判ってんだろ?ったく。っっんとに世話の焼ける親子だな。あのクソガキは間違いなくお前にそっくりだよ。ウジウジしたとこなんか特にな」


 嫌味を交えてゼイルはニヤリと皇妃に微笑む。
 その目は先程とは違い、意地悪ながらも嬉しそうに目を細めていた。

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