デール帝国の不機嫌な王子

みすみ蓮華

夢のクマさん?

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 その日の夜。メルは昼間以上に奇妙な体験をする事となる。
 家に帰って普段通り夕飯を食べたところ迄は普通だったのだが、その後急激な睡魔に襲われ、メルは誘われるがまま眠りについた。


『………さん、……ルさん、…メルさん?こんな所でなにしてるんですか?レティに着いて行ったんじゃなかったんですか?』
『えっ?』


 唐突に誰かに声を掛けられ、メルは振り返る。
 意識がハッキリした所で、辺りを見ると赤い絨毯の敷かれた、どこか古めかしい造りの廊下の中央にメルは佇んでいた。
 そこはクロドゥルフやライマールの叔父が住む旧帝都の旧デール城に似た造りに思えたが、その城よりももっと質素で、どちらかというと実践的な砦の様な印象を受けた。


 そして振り返った先には、クロドゥルフと同じ色の鳶色の髪と瞳の、少々童顔の青年が不思議そうに首を傾げてメルを見つめていた。
 青年の格好をみればかなり古い時代の帝国式衣裳である緑色の裾の短いローブとスロップスを羽織っている。


『あの…ええと…レティ……って、ええと…』


(聞いた事がある様な無い様な……誰だったっけ?というか、この人も誰だっけ?)


 聞かれた事の意味が解らず、メルはオロオロとどうしたものかと受け答えに逡巡する。
 すると目の前の青年は大きく溜息をついて、ガックリと項垂れた。


『もしかして何も聞いてないんですか?街に行くのは構わないですが、せめてメルさんを連れて行く様に言ったんですが……しょうがないですね。帰ってきたら今日こそは、お、お、お仕置きします!』


 まるで一大決心をするかの様に、目の前の青年は頬を染めて拳を握り宣言する。
 そんな青年をみて、メルは何故か申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


『あ、ああああ、あのっ、す、すみませんっ!!お嬢……王妃様から雑用を言いつけられて……その、まさかフィオディール様がいらっしゃるのに、一人でお城を出て行くとは思わなくって……』


 狼狽えつつも、スラスラと出てくるセリフにメルは驚く。
 自分の意思に反してと言うよりも、頭の中でセリフが思い浮かぶのだ。


(レティ……王妃に……フィオディール?って、初代皇帝の名前?…………ああ、そうだ。この方は初代皇帝のフィオディール様だ)


 目の前の存在を認識して、メルはストンと忘れていた事を思い出した様に納得する。
 そして、自分はメル・・なんだと自覚する。


『メルさんの所為じゃないですよ。レティは逃げ出すの上手いですから。ゲイリーかレムナフに見張りを頼むしか……うーん。ダメですね。ゲイリーは何かと忙しいですし、レムナフはレティに甘いですから。ウルフ……辺りが無難ですかね?僕が着いていけたら一番いいんですけど……ああ!そうしましょう!どうせ僕の仕事なんてたかだかしれてますから、レティが出かける時は僕が専属の護衛です』


 我ながらいい案だと、フィオディールは満足そうに腕を組んで頷く。
 メルはそんなフィオディールの言葉に、顔色を青くしてブルブルと震えあがった。


『こ、こっここ、困ります!!お嬢様をお守りするのがフィオディール様でも、それだとフィオディール様をお守りする人が居ないじゃないですか!!新婚旅行の時みたいに2人だけで何処かへ消えてしまわれては、みんな心配します』


 涙目になってメルが訴えれば、フィオディールはキョトンとして、首を傾げる。
『……メルさんはレティだけじゃなくて、僕の心配もしてくれるんですか?あ、王様だからですか?大丈夫ですよ。王様なんて居なくってもやって行ける人達で作った国ですから。周りの国の体面上身分はつけましたが、政務自体は僕、判子押すだけですし。まぁ、偶にワガママで勅命出しますが』


 あっけらかんと自分の代わりはいると言い放つフィオディールに、メルは愕然とした後、ボロボロと泣きながらこれまでにない程憤慨する。
 おそらくメル・・の人生の中で、ここまで怒ったのは後にも先にも無かっただろう。


『心配するのは当たり前です!!ボクだけじゃなくって皆だって心配します!お嬢様が連れ去られた時だって……怖かったんですから。ボクは家族と呼べる人がお嬢様しか居ませんでした。でも、今はフィオディール様も同じ位大事だと思ってます。"王様"も大事ですが、"フィオディール様"はもっと大事です。代わりなんて居ません!』


 泣きながら説教されるとは思っていなかったのであろうフィオディールは、驚いた顔でメルを凝視し固まっている。
 流石の王様も大の男を泣かせたのは初めてだった様で、どうしていいのか解らない様子で、珍しくオロオロと申し訳なさそうにこうべを垂れた。


『すみません……僕こういうの慣れてなくって。そんな風に言われたの初めてです。そうか……僕はもう一人じゃ無いんですよね。失言でした。ええと……泣き止んでもらえませんかね?あ、そうだ!これ差し上げますから』


 悩んだ末にフィオディールは、手にしていた真新しい小さなクマのぬいぐるみをメルにグイグイと押し付けてくる。魔法使いのローブを着たクマのぬいぐるみは、フィオディールと同じ鳶色の柔らかい毛並みをしていた。


『本当はこっそり大きいのと入れ替えるつもりだったんですけど、メルさんに上げます。いつもお世話になってますし』
『えっ……でも、これお嬢様に差し上げるつもりだったんじゃ……』
『そうなんですけど。レティは勝手に一人で出かけちゃったんで今日は何も上げない事にします!バ、バツです!』


 と、言ったそばからフィオディールは頬を染めつつ不安そうな顔をする。
 何も上げなかった所為で彼女は悲しい顔をするんじゃないだろうか?と口にしなくともありありと顔に書いてあった。
 メルはその顔を見て目をしばたたかせると、ようやく涙を引っ込めて苦笑を漏らした。


『バツなら仕方ないですね。ありがとうございます。大事にします』


 フィオディールはメルが漸く笑顔を見せたのでホッとする。
 大の男が泣いておいてなんだけど、慰める為にぬいぐるみを上げるのはどうなんだろう?と、メルは少しだけ可笑しくなる。


 城の大半の人間はフィオディールを恐れているのに、蓋を開ければ不器用な普通の青年だった。
 そんな王様がメルに釣られる様に愛嬌のある笑みを浮かべた所で、メルの意識は徐々にうつつへと引き戻されて行った。

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