デール帝国の不機嫌な王子

みすみ蓮華

一つの恋の終わりと始まり

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 トルドヴィンは常日頃から、ギリファンが自分と同じ気持ちだと信じて疑っていなかった。
 それはメルやガランが義兄さんと呼んでくれる事が確信へと導いていたし、お互いの両親も暗黙の了解で自分達を後押ししていた。何よりギリファンの態度がどう考えても照れ隠しにしか見えなかったからだ。


 それ故安心しきっていたし、いつか結ばれると思い込んでいた。


 それがここに来て"付き合っている人が居る"と、衝撃の告白を受けてしまった。
 まさかフラれるなんて思いもよらなかったのである。


「……ファー、君は…裏切ったのかい?」
「……っは?」


 悩んだ挙句出た言葉がそれだった。
 裏切るも何も付き合っていたわけでは無いのだから、ギリファンにとってみればそんな事を言われる筋合いは無いのだろうが、トルドヴィンは思春期の頃よりギリファン一筋でここまで来ていた。
 それが自分の知らない所で、他の男と出会い、交際していたとなると、当然あんな事やそんな事をしているに違いないと、想像したくない考えにまで及び、自然と声が低くなった。


「そいつとはいつから付き合ってる?どこまで気を許した?!私がどれだけ長い間君の事を想ってきたと思ってるんだ!!私よりそいつの方がいい男なのか!?」
「ちょっ…お、お前、言ってる事がメチャクチャだぞ?!とにかく…落ち着け?」
「これが落ち着いていられるか!!どんなに喧嘩してもファーは私の事を慕っているのだとずっと……」


 最後までいい終わる前に、トルドヴィンは頭を抱える。
 解っている。全ては自分の慢心と行いの所為だ。ギリファンに当たった所でどうしよも無い事なのだ。
 キチンと言葉で伝えなければ伝わらない事もあるし、判らない事だってある。
 好きだと思った時に、とっとと告白していれば結果は違ったかもしれないのだ。


 本気でヘコんで顔を上げようとしないトルドヴィンに、流石のギリファンも言葉を失う。
 よもやそこまでこの男が自分に好意を寄せていたなどと、思いもよらなかったのだ。
 弟達は根拠なく"義兄さん"などと、からかっていた訳では無かったのかと少しばかり罪悪感に苛まれた。


「う……あの…………スマン。私はずっと単純に突き放すからムキになっているだけだと思っていた。私の、所為だな。…なぁ、学園の入学式の時の事を憶えているか?」


 何故突然そんな昔の事を?と、トルドヴィンは力無く顔を上げてギリファンを見上げる。
 何もかもがどうでもいいといった感じのトルドヴィンに、ギリファンは申し訳なさそうに話を続ける。


「あの日、私はお前と手を繋いで登校した。新しい生活になっても、教室が違ったとしても、きっと毎日一緒に遊んで居られると思ってたんだ。…でも、実際は違った。魔術師と騎士の間にあんなに大きな壁があったなんて思いもよらなかったんだ」
「…何の話だい?」


 訝しむトルドヴィンの視線を受けながら、ギリファンはグッとスカートを握り、俯く。
 学園での生活は、良い思い出が余りないから思い出したくは無いのだが、トルドヴィンに悪い事をしているのは自分なのだから話すべきだと目を伏せ、深呼吸をする。


「入学式の日、お前と別れて教室に行った後の事だ。自己紹介をして、先生が教室を去った後、早速友達を作ろうとして、みんなに話しかけたんだ。でも、友達なんて出来なかった」
「何故?」
「……お前と手を繋いでいたのを見られてたんだよ。騎士見習いのヤツと仲良くするなんてスパイに違いないってさ。周りがどう感じるかなんて考えた事も無かった」


 震える声で告白するギリファンの話に、トルドヴィンは目を見開く。
 学園生活が始まってから、確かにお互いの交流は薄れて行った。それは朝早くから通学するギリファンと、騎士学科の生徒と一緒に登校する様になった、自分の生活サイクルがそうさせているのだと思い込んでいたからだ。


「まさか…ファーはその頃からずっと私を避けていたのかい?」
 ズバリの指摘に、ギリファンは躊躇った後、おずおずと頷いて肯定する。
 長い学園生活で、ずっと孤立するのかと思えば、耐えられなかった。
 でも、一度貼られたレッテルはそう簡単に消えはしなかった。


「私の学園生活は騎士学科の生徒とだけじゃなく、魔術師学科の生徒からも身を守らないといけないものだったよ。何か嫌がらせがあれば、手引きした事を疑われるのも珍しく無かった。でも、家族に心配はかけたく無かったし、勉強に没頭している間は色々と忘れる事が出来たから、何とか生活は出来ていたがな。まさかその結果魔術師の団長に推薦されるとは思わなかったが…今はライムが居るから正直気が楽ではあるが、団長を譲るまでは、楽しいと思える人生では無かったのは確かだな」


 虚勢を張って、周りを威圧する術を覚えて、話し方も変えた。
 弱い心を変える為に槍を学び始めた。


 それでも自分は強くはなれなかったのだとギリファンは言う。
「お前が周りからの評価も高く、町の娘達に人気がある事も知っていた。だから私は絶対に自分からお前にだけは近づくまいと決めていたんだ。騎士学科の生徒から目をつけられるのも嫌だったし、更にそこに町娘達の嫉妬に晒されるのも怖かった。…お前を傷付けてしまう事より、自分の保身を選んだんだよ。私は」


 だからどんなに話し掛けられても突っぱねた。トルドヴィンもそれでムキになるもんだから、周りからは仲の悪い二人と認識されて、ギリファンにとっては丁度良かったのだ。


「まさかそれが、お前に誤解を与えてしまうとは…思ってもみなかった。…お前は強いし、仲間も沢山居るから、傷つくなんて思いもよらなかったんだ。本当にすまない。私はお前に好かれる様な人間じゃないんだ」


 身を固くして、小さく震えるギリファンの告白を、トルドヴィンは胸を締め付けられる想いで聞いていた。


(好かれる資格が無いのは私の方じゃないか…)


 近くにいた幼馴染の女の子がずっと一人で戦っていた事に気付かず、新しく出来た友達と遊び回ってばかりだった。
 朝が早いならそれに合わせて一緒に登校する事だって出来たはずなのに、ギリファンにはギリファンの生活があるだろうと疎遠になった事も気にしていなかった。


 思春期になっても、追いかけ回すばかりで、魔術師と言う立場がどれだけ辛い立場なのかなんて考えもしなかった。
「…ファーは悪くないよ。ごめん。私がもっと気にかけるべきだったんだ。自分の都合だけ押し付けていたのは私の方だ。……本当にもうからかったりするのは止めるよ。だからせめて、昔みたいに仲良くは出来ないかい?友達としてでも構わないから…」
「トル…」
「そんな資格も私には無い…かな?」


 力無く笑うトルドヴィンに、ギリファンは慌てて首を振る。
「資格がないと言うのなら私の方……いや、なんか不毛だな。本当に、良い歳こいてなにしてるんだろうな。バカみたいだ。…そうだな。昔みたいに手を繋いで出勤なんて事は出来ないが、友達としてなら仲良くしてやらんでもない」
 ニヤリ、と、少しばかり冗談めいてギリファンは笑う。
 トルドヴィンは目をしばたたいた後、苦笑しながらそれで良いと頷いた。


「天下の魔術師副団長殿と友人になれるなんて光栄ですよ。泣きたくなるくらいね。…ファー、今、君は幸せなのかい?」


 本当に泣きそうな顔でトルドヴィンはギリファンを見つめる。
 ギリファンは少し驚いた後、それに気付かないフリをして、満面の笑みで「ああ」と頷いた。


 彼女が今幸せならそれで良いと、トルドヴィンは熱くなる胸を抑えながら、「そうか…」と、静かに目を伏せて微笑を返してみせた。



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