デール帝国の不機嫌な王子
それぞれの休日 3 @ギリファン
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なんでこうなってしまったんだと、稽古を終え、馬車に乗りながらギリファンは辟易と溜息を着く。
隣には幼馴染でアスベルグ騎士団の副団長であるトルドヴィンが、ご機嫌な様子でニコニコと図々しくも座っている。
この組み合わせをアスベルグ騎士団か夢境魔術団の誰かが見たら何を言われるかわかったもんじゃ無いと、ギリファンは隠れる様にして深々と帽子を被り、顔を隠した。
せめて屋根付きの馬車にすればよかったのだが、天気が良いからとオープンタイプの馬車を頼んでしまっていたので仕方が無い。
幸いにも今日は普段の自分らしからぬ、薄紅色のリボンのついたツバの広い麦わらの帽子と、リボンの色に合わせた薄紅色のワンピースを身につけ、髪を下ろし、何とも女性らしい格好をしているので、帽子で顔を隠しさえすれば、パッと見、魔術師の副団長だとは誰も思わないだろう。
「普段からずっとそういう格好をしていれば良いのに。ファーはちゃんとした格好をすればちゃんと女性に見えるんだから、ホント、勿体無いねぇ…。ああ、でも、小さい頃はもっと可愛らしい格好をしてたね。もうああいう格好はしないのかい?」
「…いつの話をしている。三十路になってまでフリル付きのドレスなんぞ着てたら道化でしか無いだろうが。…なぁ、今日の所は帰ってくれないか?ついてきても楽しい事なんて一つも無いぞ?喧嘩がしたいなら城で幾らでも出来るだろうが。私も休日くらいは平和に過ごしたいんだ」
「心外ですね。私は別に喧嘩がしたいなんて思った事は……まぁ多々あるのは認めるけど、これでも昔の様に普通に仲良くしたいとも思っているんだよ?」
私はしたくなど無い!!と、ギリファンは心の中で悲鳴を上げる。
小さい頃は確かに仲が良かった。根本的な部分でこの男は変わっていないとも思う。
しかし成長すれば子供の時の様に男女の区別なく話す事は出来ないし、今はお互いの立場もあるのだ。
妙な噂が立ってあらぬ誤解を受けるのも嫌だし、職場で嫌がらせが助長されるのもごめん蒙りたい。
しかもこの男は人の顔を見るなり、嬉々として毎度毎度嫌がらせをしてくるのだ。
どこからどこまでが本気なのかも判らない人間と仲良くなどと、周囲を敵に回してまで出来る程ギリファンは強くなかった。
(判ってる。こいつだけが悪いわけじゃ無い。でももうあんな思いをするのは嫌なんだ…)
昔の事を思い出し、ギリファンはトルドヴィンに返事は返さず、グッと口を噤む。
帽子で顔を隠し、黙り込んでしまったギリファンを見て、トルドヴィンはヒョイっと肩を竦め、どうしたものかと首を傾げる。
「ファーはそんなに私の事が嫌いなのかい?流石にそこまで嫌われていたとは思ってなかったな。結構ショックだよ」
「……八方美人で女には甘い癖に、私の顔を見るなり嫌味ふっかけて来る男に好感が持てるわけ無いだろう!」
「あぁ、つまりヤキモチを今だに妬いてるんだね」
「だっ!れが!!毎度毎度お前の頭はどうなってるんだ!?」
「………あー……うん。そうだね、悪かったよ。ファーは妬いてない。うん」
降参のポーズを取り、素直に謝って来るトルドヴィンに、ギリファンは面喰らう。
いつもならここで追い打ちをかける様な事を言ってくるのに、どうも今日は調子が狂う。
一体何を企んでいるのかと訝しめば、トルドヴィンは真顔になり、少し悩んだ末にギリファンに宣言した。
「毎回これがいけないんだよねぇ。…判ってる。もう二度とファーをからかったりしないよ。あー、後、ファー以外の女性に優しくしたりしないって誓う。…したつもりも無いんだけどなぁ……」
最後の方で少し困った様な呟きが聞こえてきたが、ギリファンは驚いてマジマジとトルドヴィンを凝視する。
「お前…なんか悪いもんでも食べたのか?それとも後ろめたい事でもあるのか…?」
余りに真剣に言ってくるので、ギリファンもほんの少しだけ様子のおかしい幼馴染を心配する。
本当に今日のコイツは妙だと思う。突然家に尋ねてきたと思えば、メルに道場まで案内させて、挙句にここまで着いてきている。仕事で何か嫌な事でもあったのだろうか?今日は非番で幸い周りには知り合いもいないし、悩みぐらいは少し聞いてやっても良いかもしれない。
そんな事を考えていれば、トルドヴィンは「今までのツケか…」と、ポツリと呟き苦笑して、それでも気を取り直して、真剣な面持ちでギリファンの手を取り、翡翠色の瞳を覗き込んできた。
「どっちも違うし、私は正気だって一応念の為に言っておくよ?…ねぇ、ファー。僕達もお互いそろそろ良い歳だと思わないかい?なのに昔から変わらず顔を合わせる度に喧嘩ばかりで…このままじゃいつまで経っても進展しないって、今更ながらに気付いたんだよ。君の反応が毎回可愛らしくって、つい苛めたくなってしまう所為で遅くなったけど、私は本当に君の事が好きなんだ」
思いもよらぬ真剣な告白に、ギリファンはトルドヴィンを凝視したまま硬直する。
そして見る見るうちに赤くなったかと思うと、握られていた手を慌てて振り払って、仰け反った。
「こっ、困る!!仲良くってそういう意味だったのか!?私はてっきり幼馴染としてとばかり…」
紅潮うる頬を押さえて、ギリファンはパニックを起こす。
毎度毎度しつこいとは思っていた。それはてっきりトルドヴィンを遠ざけようと自分が意固地になっている所為だろうと思っていたが、まさか一人の女としてトルドヴィンが自分を意識しているとは思ってもいなかった。
浮名を流す幼馴染を不快に思ったりもしたが、あくまで素行の悪さが気に食わなかっただけだった。
頬を染めて俯いて、どう返事をしたものかと身を縮めるギリファンは、普段は勝気な魔術師副団長とは思えない程可愛らしかった。
真剣に困り果てているギリファンを見て、トルドヴィンがジリジリと間合いを詰めて来る。
ハッとして、意識を取り戻し、ギリファンが顔をあげれば、トルドヴィンは今まで見た事も無い様な表情で、ギリファンの眼前まで迫ってきていた。
「お、おいっ!近いぞっ!!さっ、下がれ!!」
真っ赤になったり青くなったりしながら、ギリファンはトルドヴィンの胸板をグイグイと押し返す。
普段の訓練でその辺の兵士より腕力には自信があったが、トルドヴィンも伊達に副団長をやっているわけでは無いらしく、押し返してもビクともせずに、逆にギリファンの腕を掴んで押さえる。
その目は明らかに普通じゃない。普段楽しそうに意地悪を言ってくるトルドヴィンとは違い、明らかに"欲情"の二文字が、青い瞳に浮かび上がっている。
この先わが身に何が起こるのかと想像しかけて、ギリファンはますます顔を青くした。
「ファー、そんなに照れなくても良いのに…ホント君のそう言う所可愛いよね。からかったりしないって言ったけど、やっぱり虐めたくなってしまうよ」
「ぅわっ!!判った!判ったから!!お前の気持ちは十分伝わった!!理解した!!だ、だから、一旦離れてくれ!!お、落ち着いて話を…」
ますます暴れるギリファンに、トルドヴィンはしょうがないなと、くつくつと笑みを漏らす。
「落ち着いてないのはファーの方じゃないか。判った。何もしないよ。…でも、抱きしめる位いいよね?」
首を傾げながら、腕を伸ばしてくるトルドヴィンに、ギリファンは絶句し、更に抵抗を強くする。
これは言葉を選んでいる場合ではない。さっさと返事をしてしまわないと、貞操が絶体絶命の危機である。
「だっ……!?ま、まて!!良いわけあるかーーーっ!!一旦離れて話を聞けと言ってるだろう!?こっ、こういうのは困るんだっ!!わ、私には付き合ってる人がいるからっ!!」
目の端に涙を浮かべながら、やけくそ気味にギリファンが叫べば、今度はギリファンを抱きしめようとしていたトルドヴィンが笑顔を凍らせ、硬直する番だった。
なんでこうなってしまったんだと、稽古を終え、馬車に乗りながらギリファンは辟易と溜息を着く。
隣には幼馴染でアスベルグ騎士団の副団長であるトルドヴィンが、ご機嫌な様子でニコニコと図々しくも座っている。
この組み合わせをアスベルグ騎士団か夢境魔術団の誰かが見たら何を言われるかわかったもんじゃ無いと、ギリファンは隠れる様にして深々と帽子を被り、顔を隠した。
せめて屋根付きの馬車にすればよかったのだが、天気が良いからとオープンタイプの馬車を頼んでしまっていたので仕方が無い。
幸いにも今日は普段の自分らしからぬ、薄紅色のリボンのついたツバの広い麦わらの帽子と、リボンの色に合わせた薄紅色のワンピースを身につけ、髪を下ろし、何とも女性らしい格好をしているので、帽子で顔を隠しさえすれば、パッと見、魔術師の副団長だとは誰も思わないだろう。
「普段からずっとそういう格好をしていれば良いのに。ファーはちゃんとした格好をすればちゃんと女性に見えるんだから、ホント、勿体無いねぇ…。ああ、でも、小さい頃はもっと可愛らしい格好をしてたね。もうああいう格好はしないのかい?」
「…いつの話をしている。三十路になってまでフリル付きのドレスなんぞ着てたら道化でしか無いだろうが。…なぁ、今日の所は帰ってくれないか?ついてきても楽しい事なんて一つも無いぞ?喧嘩がしたいなら城で幾らでも出来るだろうが。私も休日くらいは平和に過ごしたいんだ」
「心外ですね。私は別に喧嘩がしたいなんて思った事は……まぁ多々あるのは認めるけど、これでも昔の様に普通に仲良くしたいとも思っているんだよ?」
私はしたくなど無い!!と、ギリファンは心の中で悲鳴を上げる。
小さい頃は確かに仲が良かった。根本的な部分でこの男は変わっていないとも思う。
しかし成長すれば子供の時の様に男女の区別なく話す事は出来ないし、今はお互いの立場もあるのだ。
妙な噂が立ってあらぬ誤解を受けるのも嫌だし、職場で嫌がらせが助長されるのもごめん蒙りたい。
しかもこの男は人の顔を見るなり、嬉々として毎度毎度嫌がらせをしてくるのだ。
どこからどこまでが本気なのかも判らない人間と仲良くなどと、周囲を敵に回してまで出来る程ギリファンは強くなかった。
(判ってる。こいつだけが悪いわけじゃ無い。でももうあんな思いをするのは嫌なんだ…)
昔の事を思い出し、ギリファンはトルドヴィンに返事は返さず、グッと口を噤む。
帽子で顔を隠し、黙り込んでしまったギリファンを見て、トルドヴィンはヒョイっと肩を竦め、どうしたものかと首を傾げる。
「ファーはそんなに私の事が嫌いなのかい?流石にそこまで嫌われていたとは思ってなかったな。結構ショックだよ」
「……八方美人で女には甘い癖に、私の顔を見るなり嫌味ふっかけて来る男に好感が持てるわけ無いだろう!」
「あぁ、つまりヤキモチを今だに妬いてるんだね」
「だっ!れが!!毎度毎度お前の頭はどうなってるんだ!?」
「………あー……うん。そうだね、悪かったよ。ファーは妬いてない。うん」
降参のポーズを取り、素直に謝って来るトルドヴィンに、ギリファンは面喰らう。
いつもならここで追い打ちをかける様な事を言ってくるのに、どうも今日は調子が狂う。
一体何を企んでいるのかと訝しめば、トルドヴィンは真顔になり、少し悩んだ末にギリファンに宣言した。
「毎回これがいけないんだよねぇ。…判ってる。もう二度とファーをからかったりしないよ。あー、後、ファー以外の女性に優しくしたりしないって誓う。…したつもりも無いんだけどなぁ……」
最後の方で少し困った様な呟きが聞こえてきたが、ギリファンは驚いてマジマジとトルドヴィンを凝視する。
「お前…なんか悪いもんでも食べたのか?それとも後ろめたい事でもあるのか…?」
余りに真剣に言ってくるので、ギリファンもほんの少しだけ様子のおかしい幼馴染を心配する。
本当に今日のコイツは妙だと思う。突然家に尋ねてきたと思えば、メルに道場まで案内させて、挙句にここまで着いてきている。仕事で何か嫌な事でもあったのだろうか?今日は非番で幸い周りには知り合いもいないし、悩みぐらいは少し聞いてやっても良いかもしれない。
そんな事を考えていれば、トルドヴィンは「今までのツケか…」と、ポツリと呟き苦笑して、それでも気を取り直して、真剣な面持ちでギリファンの手を取り、翡翠色の瞳を覗き込んできた。
「どっちも違うし、私は正気だって一応念の為に言っておくよ?…ねぇ、ファー。僕達もお互いそろそろ良い歳だと思わないかい?なのに昔から変わらず顔を合わせる度に喧嘩ばかりで…このままじゃいつまで経っても進展しないって、今更ながらに気付いたんだよ。君の反応が毎回可愛らしくって、つい苛めたくなってしまう所為で遅くなったけど、私は本当に君の事が好きなんだ」
思いもよらぬ真剣な告白に、ギリファンはトルドヴィンを凝視したまま硬直する。
そして見る見るうちに赤くなったかと思うと、握られていた手を慌てて振り払って、仰け反った。
「こっ、困る!!仲良くってそういう意味だったのか!?私はてっきり幼馴染としてとばかり…」
紅潮うる頬を押さえて、ギリファンはパニックを起こす。
毎度毎度しつこいとは思っていた。それはてっきりトルドヴィンを遠ざけようと自分が意固地になっている所為だろうと思っていたが、まさか一人の女としてトルドヴィンが自分を意識しているとは思ってもいなかった。
浮名を流す幼馴染を不快に思ったりもしたが、あくまで素行の悪さが気に食わなかっただけだった。
頬を染めて俯いて、どう返事をしたものかと身を縮めるギリファンは、普段は勝気な魔術師副団長とは思えない程可愛らしかった。
真剣に困り果てているギリファンを見て、トルドヴィンがジリジリと間合いを詰めて来る。
ハッとして、意識を取り戻し、ギリファンが顔をあげれば、トルドヴィンは今まで見た事も無い様な表情で、ギリファンの眼前まで迫ってきていた。
「お、おいっ!近いぞっ!!さっ、下がれ!!」
真っ赤になったり青くなったりしながら、ギリファンはトルドヴィンの胸板をグイグイと押し返す。
普段の訓練でその辺の兵士より腕力には自信があったが、トルドヴィンも伊達に副団長をやっているわけでは無いらしく、押し返してもビクともせずに、逆にギリファンの腕を掴んで押さえる。
その目は明らかに普通じゃない。普段楽しそうに意地悪を言ってくるトルドヴィンとは違い、明らかに"欲情"の二文字が、青い瞳に浮かび上がっている。
この先わが身に何が起こるのかと想像しかけて、ギリファンはますます顔を青くした。
「ファー、そんなに照れなくても良いのに…ホント君のそう言う所可愛いよね。からかったりしないって言ったけど、やっぱり虐めたくなってしまうよ」
「ぅわっ!!判った!判ったから!!お前の気持ちは十分伝わった!!理解した!!だ、だから、一旦離れてくれ!!お、落ち着いて話を…」
ますます暴れるギリファンに、トルドヴィンはしょうがないなと、くつくつと笑みを漏らす。
「落ち着いてないのはファーの方じゃないか。判った。何もしないよ。…でも、抱きしめる位いいよね?」
首を傾げながら、腕を伸ばしてくるトルドヴィンに、ギリファンは絶句し、更に抵抗を強くする。
これは言葉を選んでいる場合ではない。さっさと返事をしてしまわないと、貞操が絶体絶命の危機である。
「だっ……!?ま、まて!!良いわけあるかーーーっ!!一旦離れて話を聞けと言ってるだろう!?こっ、こういうのは困るんだっ!!わ、私には付き合ってる人がいるからっ!!」
目の端に涙を浮かべながら、やけくそ気味にギリファンが叫べば、今度はギリファンを抱きしめようとしていたトルドヴィンが笑顔を凍らせ、硬直する番だった。
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