デール帝国の不機嫌な王子
王子の愛執、親子の妄執 1
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竜の山脈に囲まれている竜の国の朝の到来はとても遅く、日が沈むのはとても早い。
ライマール達が自室へ戻った時間帯でもまだ辺りは暗く、結局日が登り切ったのは朝の九時を過ぎた頃だった。
城に住む者達の活動時間も遅いようで、朝餉に誘われたのは日の出から少し経った頃だった。
その際、早速トルドヴィンは浴室の件を謝罪したのだが、シルディジア夫人は頬を引きつらせながらも、笑顔でそれを受け入れ、深く追及することはなかった。
エイラはといえば、日の下でその顔がはっきりと見えるお陰で、前日の夕餉の時よりもその瞳の色の不自然さが際立っていた。
とにかく作戦実行の時までの辛抱だとトルドヴィンは早々に朝餉を終え、準備へと取り掛かる。
部屋へ戻ると、ライマールと昨日作戦に加わったイグルーとウェストン他二名に声を掛け、トルドヴィンの部屋で待機した。
しばらくすると侍従が迎えに訪れ、昨日案内された応接室へと向かう。
トルドヴィンたちが廊下を歩く姿を、部屋の扉の隙間から残りの騎士とガランが見送り、エントランスの魔法陣の中へと消えて行くのを確認すると、各々合図を送りあって早速動き出した。
一方応接室へたどり着いたトルドヴィン達は、イグルーとウェストンを外で待機させ、トルドヴィンとライマールのみが部屋の中へと入って行く。
中ではこちらの要望通り、夫人以外にソルテとロア、そしてエイラの姿がそこにあった。
トルドヴィンがチラリと斜め後ろへ視線を送ると、やはりすぐに気がついたのか、ライマールはあからさまに険しい顔をしてエイラを睨みつけていた。
王の竜と対峙した時のように、怒り狂うのではないかと危惧していただけに、顔に出してはいるものの思い留まって分にはまだマシなのだろうと、内心嘆息をしながらトルドヴィンは自分に言い聞かせる。
「朝食を終えたばかりだというのに申し訳ありませんわ。実はこの後の予定も詰まっていまして、この時間にしかお相手できなかったものですから。カレン宰相の方にも今連絡を送っている所ですので明後日までには返事が返ってくるかと思いますわ」
「いえ、突然押しかける形となってしまった私どもが無理を言っているのですから、どうか謝らないで下さい。はぁ……浴室の件といい突然の来訪といい、ご迷惑をお掛けしております」
「まぁまぁそんな! 本当にお気になさらないで下さいな。陛下を助けて頂いただけで感謝してもしきれないのですから。あぁ! いやだわ私ったらまた! どうぞお座りになって下さい」
「あ、その前に紹介させて頂きたい。これは私の部下でライムと申しまして、彼はゼイルの森で倒れていた陛下を見つけた第一発見者なんですよ。何かお役に立てるのではと思い同伴させました」
トルドヴィンの紹介を合図にライマールは一歩前へと進み出て軽い会釈をして見せる。
「……ライムと申します。お見知り置きを」
いまだ硬い表情をしているライマールにトルドヴィンは肝を冷やしたが、騎士特有の仏頂面とでも解釈したのか、シルディジア夫人とソルテは興味深げに目を輝かせ握手を求めた。
「まぁ! まぁまぁ! あなた様が! 本当に有難う御座いました。是非詳しいお話をお聞かせ下さいませ。そうそう、私の娘達を改めてご紹介致しますわ。娘のソルテと息子のロアで御座います」
「ソルテと申します。陛下を助けて頂き誠に有難う御座います。ほらロア、貴方も挨拶なさい」
「……こんにちは」
挨拶を促されたロアはそれだけ言うとソルテの後ろに隠れてしまう。見た所十二〜三歳の少年のように見えるが、その態度はまるで幼い子供のような印象を受けた。
「ロア! すみません。弟は引っ込み思案で。もういい歳なのにお恥ずかしい限りです」
「……問題ない、です」
ジッとロアを凝視しながらライマールが言えば、シルディジア夫人とソルテは流石に気に障ったのかライマールの態度に顔を引きつらせながら笑顔で着席を促した。
「と、とにかくお座りになって下さいな。詳しい話はそれからに致しましょう?」
「そうですね。では失礼して……」
(さて、ここからどれだけ時間を稼げるか……)
トルドヴィンは推し量りながらゆっくりと着席すると、出された茶には手を触れずに、早速本題へと移る。
「まず……そうですね、こちらから質問をするよりそちらの方が不安が大きいでしょうから、先に発見当初の状況と経過の方をご説明させて頂くということで宜しいですかね?」
「えぇ、えぇ、そうして頂けると助かりますわ。それで、陛下は何処でどのようにして見つかったのでしょうか?」
「ライム、説明を頼みますよ」
トルドヴィンに促されライマールは無言で頷き、厳しい顔をしながらもぽつぽつと口を開いた。
「約ひと月前、深夜の見回りをしている時に森の方から呻き声が聞こえたため、不審に思い確認に行ったところ、夜着姿で衰弱していたリ……女王陛下を見つけました」
「まぁ! エイラ様は夜着しか身につけていらっしゃらなかったのですか? 誰かに連れ出されたということなかしら?」
信じられないと青ざめるソルテにライマールは「どの口が……」と、口には出さないものの不快そうに眉を顰めた。
するとギロリと睨まれていることに気付き、ソルテは恐々として身を縮こまらせ、黙り込んでしまった。
「ライム! そう女性を睨みつけるものではありませんよ! ソルテ様が怖がっておられるじゃないですか! いやぁ、すみませんねぇ。職業柄女性や子供を相手にすることが滅多にないせいか、こういった場がどうも不慣れなようでして」
「……面目ない」
トルドヴィンが冷や汗をかきながら空笑い混じりにフォローをすれば、ライマールはムッとしたまま渋々頭を下げる。
ソルテはその言葉にホッとした様子で、肩を撫で下ろした。
「私こそ話の腰を折ってしまってごめんなさい。どうして、誰に、だなんてわからないことですよね」
ソルテの言葉にライマールはカッと顔を赤らめる。
膝の上で拳を握り、小刻みに震え堪え俯くライマールに、いつ爆発してもおかしくないという危機を感じ、トルドヴィンは口早に自分の方へと注目を集めた。
「いえいえ、心中お察ししますよ。当時の状況を見ても陛下になにかあったのは確かでしょうから。そうそう、それで気になることが一つあったんですよ」
「気になることですか?」
「えぇ、ご存知ないかもしれませんが、私どもの国では死人を蘇らせる禁忌の魔法が存在してまして、その魔法がなぜか陛下の御身にかけられていたんですよ。専門家立ち会いのもと、何とか取り除くことはできたんですがね、死人に使われる魔法が、何故生者であり他国の人間である陛下にかけられていたのか、それがどうしても判らない。ここひと月犯人の行方や目撃証言を追ってはいるんですがねぇ……犯人に繋がる物証も証言もなに一つ出てこない。奇妙な話だと思いませんか?」
相手の出方を伺うように、トルドヴィンは両手を握り前屈みで目の前に座る親子をじっとりと見つめた。
シルディジア親子はピクリと微かに身を硬くしたものの平静を装い、顔を合わせることなく夫人が恐る恐る口を開いた。
「そのようなことが……まさか……もしかして、クーベ様はこの国にその犯人がいるとお考えでこちらにいらしたのですか?」
「あまり考えたくはないんですけどねぇ。私どもの国では特に魔法による死者の使役犯罪撲滅強化を行っていますから、大抵直ぐに露見するんですけど、今回はどこにも術を使ったような痕跡すら見当たらなくて……もしや知らぬ間に国外へ逃亡したのではという疑惑も出てきているのは確かですね」
「犯人が逃亡だなんて……怖いわお母様」
「そうね……でもこの国に居るとは限りませんわ。そう簡単に外部から入ってこれる様な城ではないし……」
不安を露わにしてシルディジア夫人とソルテはトルドヴィンをジッと見つめる。
その瞳は警戒したような鋭さが滲み出ていた。
「では、元より内部にいたとは考えられないか?」
不意にトルドヴィンの隣から苛立たしげに発せられた声に、一同身を固くした。
竜の山脈に囲まれている竜の国の朝の到来はとても遅く、日が沈むのはとても早い。
ライマール達が自室へ戻った時間帯でもまだ辺りは暗く、結局日が登り切ったのは朝の九時を過ぎた頃だった。
城に住む者達の活動時間も遅いようで、朝餉に誘われたのは日の出から少し経った頃だった。
その際、早速トルドヴィンは浴室の件を謝罪したのだが、シルディジア夫人は頬を引きつらせながらも、笑顔でそれを受け入れ、深く追及することはなかった。
エイラはといえば、日の下でその顔がはっきりと見えるお陰で、前日の夕餉の時よりもその瞳の色の不自然さが際立っていた。
とにかく作戦実行の時までの辛抱だとトルドヴィンは早々に朝餉を終え、準備へと取り掛かる。
部屋へ戻ると、ライマールと昨日作戦に加わったイグルーとウェストン他二名に声を掛け、トルドヴィンの部屋で待機した。
しばらくすると侍従が迎えに訪れ、昨日案内された応接室へと向かう。
トルドヴィンたちが廊下を歩く姿を、部屋の扉の隙間から残りの騎士とガランが見送り、エントランスの魔法陣の中へと消えて行くのを確認すると、各々合図を送りあって早速動き出した。
一方応接室へたどり着いたトルドヴィン達は、イグルーとウェストンを外で待機させ、トルドヴィンとライマールのみが部屋の中へと入って行く。
中ではこちらの要望通り、夫人以外にソルテとロア、そしてエイラの姿がそこにあった。
トルドヴィンがチラリと斜め後ろへ視線を送ると、やはりすぐに気がついたのか、ライマールはあからさまに険しい顔をしてエイラを睨みつけていた。
王の竜と対峙した時のように、怒り狂うのではないかと危惧していただけに、顔に出してはいるものの思い留まって分にはまだマシなのだろうと、内心嘆息をしながらトルドヴィンは自分に言い聞かせる。
「朝食を終えたばかりだというのに申し訳ありませんわ。実はこの後の予定も詰まっていまして、この時間にしかお相手できなかったものですから。カレン宰相の方にも今連絡を送っている所ですので明後日までには返事が返ってくるかと思いますわ」
「いえ、突然押しかける形となってしまった私どもが無理を言っているのですから、どうか謝らないで下さい。はぁ……浴室の件といい突然の来訪といい、ご迷惑をお掛けしております」
「まぁまぁそんな! 本当にお気になさらないで下さいな。陛下を助けて頂いただけで感謝してもしきれないのですから。あぁ! いやだわ私ったらまた! どうぞお座りになって下さい」
「あ、その前に紹介させて頂きたい。これは私の部下でライムと申しまして、彼はゼイルの森で倒れていた陛下を見つけた第一発見者なんですよ。何かお役に立てるのではと思い同伴させました」
トルドヴィンの紹介を合図にライマールは一歩前へと進み出て軽い会釈をして見せる。
「……ライムと申します。お見知り置きを」
いまだ硬い表情をしているライマールにトルドヴィンは肝を冷やしたが、騎士特有の仏頂面とでも解釈したのか、シルディジア夫人とソルテは興味深げに目を輝かせ握手を求めた。
「まぁ! まぁまぁ! あなた様が! 本当に有難う御座いました。是非詳しいお話をお聞かせ下さいませ。そうそう、私の娘達を改めてご紹介致しますわ。娘のソルテと息子のロアで御座います」
「ソルテと申します。陛下を助けて頂き誠に有難う御座います。ほらロア、貴方も挨拶なさい」
「……こんにちは」
挨拶を促されたロアはそれだけ言うとソルテの後ろに隠れてしまう。見た所十二〜三歳の少年のように見えるが、その態度はまるで幼い子供のような印象を受けた。
「ロア! すみません。弟は引っ込み思案で。もういい歳なのにお恥ずかしい限りです」
「……問題ない、です」
ジッとロアを凝視しながらライマールが言えば、シルディジア夫人とソルテは流石に気に障ったのかライマールの態度に顔を引きつらせながら笑顔で着席を促した。
「と、とにかくお座りになって下さいな。詳しい話はそれからに致しましょう?」
「そうですね。では失礼して……」
(さて、ここからどれだけ時間を稼げるか……)
トルドヴィンは推し量りながらゆっくりと着席すると、出された茶には手を触れずに、早速本題へと移る。
「まず……そうですね、こちらから質問をするよりそちらの方が不安が大きいでしょうから、先に発見当初の状況と経過の方をご説明させて頂くということで宜しいですかね?」
「えぇ、えぇ、そうして頂けると助かりますわ。それで、陛下は何処でどのようにして見つかったのでしょうか?」
「ライム、説明を頼みますよ」
トルドヴィンに促されライマールは無言で頷き、厳しい顔をしながらもぽつぽつと口を開いた。
「約ひと月前、深夜の見回りをしている時に森の方から呻き声が聞こえたため、不審に思い確認に行ったところ、夜着姿で衰弱していたリ……女王陛下を見つけました」
「まぁ! エイラ様は夜着しか身につけていらっしゃらなかったのですか? 誰かに連れ出されたということなかしら?」
信じられないと青ざめるソルテにライマールは「どの口が……」と、口には出さないものの不快そうに眉を顰めた。
するとギロリと睨まれていることに気付き、ソルテは恐々として身を縮こまらせ、黙り込んでしまった。
「ライム! そう女性を睨みつけるものではありませんよ! ソルテ様が怖がっておられるじゃないですか! いやぁ、すみませんねぇ。職業柄女性や子供を相手にすることが滅多にないせいか、こういった場がどうも不慣れなようでして」
「……面目ない」
トルドヴィンが冷や汗をかきながら空笑い混じりにフォローをすれば、ライマールはムッとしたまま渋々頭を下げる。
ソルテはその言葉にホッとした様子で、肩を撫で下ろした。
「私こそ話の腰を折ってしまってごめんなさい。どうして、誰に、だなんてわからないことですよね」
ソルテの言葉にライマールはカッと顔を赤らめる。
膝の上で拳を握り、小刻みに震え堪え俯くライマールに、いつ爆発してもおかしくないという危機を感じ、トルドヴィンは口早に自分の方へと注目を集めた。
「いえいえ、心中お察ししますよ。当時の状況を見ても陛下になにかあったのは確かでしょうから。そうそう、それで気になることが一つあったんですよ」
「気になることですか?」
「えぇ、ご存知ないかもしれませんが、私どもの国では死人を蘇らせる禁忌の魔法が存在してまして、その魔法がなぜか陛下の御身にかけられていたんですよ。専門家立ち会いのもと、何とか取り除くことはできたんですがね、死人に使われる魔法が、何故生者であり他国の人間である陛下にかけられていたのか、それがどうしても判らない。ここひと月犯人の行方や目撃証言を追ってはいるんですがねぇ……犯人に繋がる物証も証言もなに一つ出てこない。奇妙な話だと思いませんか?」
相手の出方を伺うように、トルドヴィンは両手を握り前屈みで目の前に座る親子をじっとりと見つめた。
シルディジア親子はピクリと微かに身を硬くしたものの平静を装い、顔を合わせることなく夫人が恐る恐る口を開いた。
「そのようなことが……まさか……もしかして、クーベ様はこの国にその犯人がいるとお考えでこちらにいらしたのですか?」
「あまり考えたくはないんですけどねぇ。私どもの国では特に魔法による死者の使役犯罪撲滅強化を行っていますから、大抵直ぐに露見するんですけど、今回はどこにも術を使ったような痕跡すら見当たらなくて……もしや知らぬ間に国外へ逃亡したのではという疑惑も出てきているのは確かですね」
「犯人が逃亡だなんて……怖いわお母様」
「そうね……でもこの国に居るとは限りませんわ。そう簡単に外部から入ってこれる様な城ではないし……」
不安を露わにしてシルディジア夫人とソルテはトルドヴィンをジッと見つめる。
その瞳は警戒したような鋭さが滲み出ていた。
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