デール帝国の不機嫌な王子

みすみ蓮華

呪の泉 6

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 色々と壊れるのではないかと思うほど、不器用に荷物をまとめているライマールのすぐ横に、部下を引き連れたトルドヴィンと、薬を手にしたガランが立ち尽くす。


 見兼ねた家臣達は呆れながらも、そつなくその場を片付け始めた。
 手際のいい彼らの背をぽかんと眺めながら、バツが悪そうにライマールは「すまん」と呟き俯く。
 一通り片付け終わると、ガランがまず先に口を開いた。


「リムニリムス持ってきましたが〜、荷物の中に入れておけばいいですか〜?」
「いや、それはイグルーとウェストンに飲ませろ。十五cc程でいいだろう」


 ライマールの指示に誰もがギョッと目を見開く。
 それを聞いてガランも細い目を目一杯見開いて、まじまじと二人を見比べる。すると「うぁお」と何とも言えない声をあげて、のろのろとスプーンを取り出し、薬を注ぎ、二人に交互に手渡した。


「二人ともどこで拾ってきたんですか〜? ライマール様もよく気がつきましたねぇ〜。微量すぎて気づきませんよ普通〜」


 生きた人間が体内に"呪"を取り込んだ場合、その瞳は遺体とは真逆に黒く濁っていく。
 明るい色の瞳の持ち主ならば、比較的容易にそれに気づくことはできるが、微量且つ暗い色の瞳の持ち主であった場合その判別は困難を極める。
 目の前にいる二人はクロドゥルフと同じ様な鳶色をしているため、夜の月明かりでの判別は割と難しい部類ではあったが、確かに"呪"の痕跡がその瞳に見て取れた。


「どういう事でしょうか? 私達"呪"に侵されているんですか? 体はなんともないのですが……」
「そ、そんな! 副団長から支給された錠剤もキチンと飲んでます! 副団長、まさか薬を間違えていたなんてことは……」
「なるほど。ウェストンには私が様々な薬を常備する不健康な人間に見える。と、そういうことなのかな?」


 笑顔で首を傾げるトルドヴィンの額に薄っすらと青筋が見え、ウェストンは「滅相もございません!!」と頭を振る。
 慌てる二人にライマールは、「そうじゃない」と難しい顔で思案する。


「あの錠剤はあくまで予防薬だ。あれ自体に症状を抑える効果はあっても浄化効果はあまりない。そしてまだ試薬の域を出ない。しかし……」


 確かにあの錠剤自体は予防薬で、治療薬ではないが、"呪"に対してなんの反応も示さない訳ではない。ある程度は浄化するし、取り込んだのがそこそこの量であれば治療薬も必要がない程度には効果はある。
 僅かとはいえ二人の瞳に"呪"の痕跡が出ているのであれば、それは想定量以上の"呪"を取り込み、予防薬が浄化しきれなかったことを意味する。
 それだけの量ともなれば、素人目でもかなりの量の"呪"を目撃していたはずだ。


「それだけの量の"呪"を取り入れたのに、お前達はなぜ気付かなかった?」


 ライマールは心底解せないといった顔で首を捻り、彼らと合流する前の記憶を手繰り寄せる。
 ここへ着いてからミーティングを行うまでの間、少なくともその期間は"呪"に侵されている気配などなかった。近くにあの夫人がいたため気を張っていたし、異変があればすぐに気がついた自信があるので断言できる。


 最後に彼らを見たのは夕餉の時だ。
 その際も別段気になるようなことはなかった。
 もっともライマールも顔をよくは見ていなかったので、気がつかなかっただけの可能性も否めないのだが。


「君達、まさか勝手に出歩いたりしてたわけではないよね?」
「まさか! いくらなんでも許可された範囲の事以外はしていませんよ」
「部屋の外に出たのは夕飯を頂いた時と、浴室へ案内された時です。両方とも事前に副団長には声を掛けましたし、許可も頂いた上で単独行動にならないように皆で向かいました。それ以外は作戦までずっと自室に居ました」
「浴室? そういえば共同の温泉があるからと勧められたような気がするな。俺は準備で忙しかったから行っていないが、クーべ、お前も行ったのか?」
「いえ、私も明日の会合のために仮の書類を作成していましたから断りましたよ」


 ライマールとトルドヴィンは顔を上げて視線を交わすと、互いの考えを確認し合う。
 そして同じことを考えているのだろうと同時に頷き合った。


「部屋から浴室へ向かうまでの間が怪しいですねぇ。浴室自体に原因があるとも考えられるますが、どの道推測の域を出ようがないです。夜明けまでまだ少し時間があるでしょうし、全員叩き起こしますか? そこに原因があるのだとすれば、私達以外の兵全員が"呪"を取り込んでいる可能性が高いでしょうし」
「そうだな。時間があれば原因を探りたいところだが……ガラン、お前もついて来い。流石に手がいる。イグルーとウェストンは皆を叩き起こしてクーべの部屋に集めろ」


 ライマールの指示に皆無言で頷くと、急ぎ足で客室へと戻っていく。
 竜の国の夜明けは遅いのか、月はもう見えなくなっていたが、辺りはまだ闇に包まれていた。


 人目を気にしながらライマール達はトルドヴィンの部屋へと入っていく。
 しばらくするとまだ眠たそうな騎士達が、着の身着のままの姿で部屋の中へと入ってきた。
 ガランとライマールは一通り騎士達の目を覗き込むと、「やはりか……」と、落胆の表情を浮かべ、黙々と彼らに薬を配る。
 訳も分からないまま薬を素直に受け取り、それを口にする騎士達を眺めながら、トルドヴィンは珍しく殊勝な態度で深々とライマールに頭を下げた。


「此度の失態は迂闊に許可を出した私の責任ですね。申し訳ありません」
「いや、あの場で断る方が逆に相手に警戒を植え付けただろう。気にするな。ところでお前達に問いたい。客室から浴室に行って帰ってくる間に、なにか気になる物や事象はなかったか? 些細なことでも構わない。起きたばかりで頭が回らんかもしれんが思い当たることを口にしてみろ」
「うーん……特に気になるようなことは何も。……浴室の場所は口頭で教えられて、特に付き添いがいたわけでもなかったですし、脱衣所も浴場も俺たちが使っていいのかと思うくらい綺麗なものでしたよ」


 なぁ? と同意を求めるように騎士の一人が首を傾げれば、皆同様に頷いてくる。
 ライマールとトルドヴィン、ガランは各々眉間にシワをよせ考えあぐねた。
 なにかあるはずなのに誰もそれがわからないということは、場に馴染んでしまっている物が原因の可能性が高い。


「……廊下を歩いている際、何か模様を目にしなかったか? タペストリーや絨毯の刺繍、調度品や絵画とかでもいい」
「ううーん……そう言われましても……城の中ですからその手の物はどこでも目につきますし、数も多いですし……」
「んー、やはり現場を見てみた方が〜早いんじゃないですかねぇ〜?」


 ガランの提案にやはりそれしかないかと、ライマールは舌打ちをする。


「浴場に行かずに放っておくという手もあるが、客室から浴場迄の間以外の場所にも同じような罠がある可能性の方が高いからな……致し方あるまい」
「私は賛同しかねますよ。道中のどこかに罠があると判っているのにそんな場所に向かうなど、殿下に何かあっては作戦に支障をきたすどころか、国に災難が降りかかります」
「ふん。国外にネクロマンサーがいるというだけでも恥だと言うのに、これ以上奴らの思い通りにさせてたまるか。単独行動に問題があるならばガランを連れて行く。問題あるまい」


 ガンとして譲る気がなさそうな王子に、トルドヴィンは大きな溜息をつく。
 血を分けた兄弟で、クロドゥルフとライマールとではどうしてこう違うのかと、頭痛がするのは気のせいではないのだろう。


「仕方ないですねぇ……私もついて行きますから、無茶なことだけはなさらないようにお願いしますよ」

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