デール帝国の不機嫌な王子
傍迷惑な前哨戦 7
我ながら名案♪ と嬉々として雪狐が頷けば、ライマールと王の竜が二人同時に嫌そうな顔をして憤慨する。
「ふざけるな! 愛情を備えていない男に俺とリータの娘をやれるか!」
「ななな、何を恐ろしい事をっ!! ヤツの血の混じった娘など悍ましい!! 貴様、内側から我が一族を滅ぼす気か!!」
「ん〜でもぉ〜、お互いなにか譲るしかないと思うのぅ〜。もちろんライムの子が嫌だって言えばそれまでなんだろうけどぉ〜。そこはドラちゃんの努力次第だと思うしぃ〜? ゼイルの血が混じったところで、ドラゴンが滅びるわけないじゃなーい」
ケラケラと笑う雪狐に、ライマールと王の竜は口を噤む。
言われたことを納得したというよりは、双方、反論材料がなにかないか模索しているといったかんじだった。
ずっと黙ってことの成り行きを見守っていたエイラは、他に代価案思い浮かばないだろうと頷き、おずおずと口を開く。
「あの、それでお二人がご納得して頂けるのであれば……確約は難しいかもしれませんが……その、私も努力致しますし……駄目でしょうか?」
真っ赤な顔でエイラが二人を交互に見れば、ライマールもつられて真っ赤な顔で喉を詰まらせる。
一方で、王の竜は眉間のシワをより一層深くした。
「血脈の問題を譲ったとしても、確約でなければ我は同意できぬ。二度も花嫁に逃げられるのは長どころか一族の恥だ」
「ならなおさら未来の花嫁を愛する努力をすべきだわん♪ 愛がなきゃ繁栄なんて無理無理無理よぅ〜♪ 愛があるからデールの王家もクロンヴァールの王家も続いてるのよん♪」
楽しそうに雪狐が愛を説けば、王の竜を含むドラゴンたちはそれを鵜呑みにしてどよめきだす。
その反応は目から鱗といった感じで、誰もが雪狐の適当な指摘に至極真面目な様子で悩み始めていた。
「……言われて見れば愛情を重んじる生物は繁殖率が高い気がするぞ」
「生命力の強さはもしやそこに秘密があるのか?」
「我が一族にメスが少ないのはそう言った理由か?」
「そのメスも卵を産めなかったり、産んでも孵化しないのは、もしや愛とやらが足りないからなのではないか?」
唐突に始まってしまった論議に、エイラもライマールも、控えていた騎士や魔術師たちもポカンとそれを見守る。
次々と説かれる超理論に否定も肯定もできず、これは大丈夫なのか?と、うろんげな眼差しでライマール達は雪狐を見る。
言い出しっぺの当人は全く気にしない様子で、楽しそうに頬を染めて鼻歌を歌っていた。
しばらくするとドラゴン達の討議も直ぐに決着がついたようで、王の竜は唸りながらも「分かった」と返事を返してきた。
「人の世には人の世の決まりもある。しかし我らも切迫しているのは事実。ヤツの血縁というのはいささか気に食わんが……我も愛情とやらを理解する努力をしよう」
渋々ではあるが王の竜が承諾をすれば、エイラもホッと息をついて、ライマールを見上げる。
しかしエイラがライマールの顔を見た瞬間、ライマールはギュッとエイラに縋るように抱きついてきた。
「ライマール様?!」
皆が見ている中で思い切り抱きつかれ、エイラは耳まで赤くしてオロオロと周りを見渡す。
ライマールはといえば、エイラの胸に顔を埋めながらフルフルと小刻みに震えていた。
「泣いているんですか……?」
気がついて、エイラが声を掛ければ、ライマールは掠れる声でそれに答える。
「俺とリータの娘が……嫁に行ってしまう……」
ライマールの気の早い一言にエイラは目を見開くと、やがて苦笑しながらライマールの背中をポンポンと叩き慰める。
言うまでもなく、その光景を見ていた誰もが情けない王子の姿に肩を落とし呆れ返った。
ともあれ、雪狐の仲介によりエイラは何とか王の竜の協力を得、ライマールやトルドヴィン達と共に竜の城を目指すことになった。
数匹のドラゴンの背に乗り込む兵士達は乗り馴れた馬とは違う、大きな背の岩のような鱗の感触、そしてなにより陸地を離れ浮遊する感覚に、誰もがしがみついているのが精一杯だった。
眼下を覗けば、雲の合間からどこまでも続く、花畑が広がっている。
冬だというのを感じさせないその色取り取りの野花は、人が足を踏み入れた痕跡は見当たらず、この国にとって特別な花なのだろうと、ライマールやトルドヴィン達にも想像できた。
凍てつくような向かい風を肌で感じながら前方を見据えると、そこにはどこまでも上に伸びる大きな塔がそびえ立つ。
どっしりとした佇まいは竜の山脈を思わせ、下層に行けば行くほど広い構造になっていることが外観からも伺える。
外壁の所々には空中庭園らしきものが見え、水の流れる様子や、散歩をする人の姿がチラリと見えた。
何一つ変わりのない懐かしい光景に、エイラはホッと胸を撫でおろす。
少なくとも臣民達に危害が及んでいる様子は今の所見られないようだと安堵した。
ドラゴン達は塔の外壁を旋回しながら、ゆっくりと上昇していく。
背に乗せている人間が振り落とされないように細心の注意を払いながら、日が登り切る頃に、王宮の庭園内へと到着する。
降ろされた場所は、エイラが私室から魔法陣を使って抜け出た庭園ではなく、王宮一階層にある王宮門へと続く、客人用の空中庭園だった。
塔の下に広がる花畑同様に冬を感じさせない暖かな常春の庭園は、この場所にネクロマンサーがいるとは思えないほど暖かく、穏やかな光景だった。
皆ドラゴンの背から降りると、ライマールに渡されていた薬を口にする。
エイラが王の竜にまた感謝を述べると、ドラゴン達は何も言わずにその場を離れていった。
それと同時に庭園の奥の方から慌ただしく兵士らしき人物が二人走り寄ってくる。
その足取りは何処かおぼつかなく、誰の目から見ても不自然な動きをしていた。
トルドヴィンが先頭に立ち、第一部隊の騎士たちもその後ろに並び姿勢を正す。
エイラはトルドヴィンの直ぐ後ろに、ライマールはその隣にさりげなく控えた。
「皆気を抜かないように。特にライム、君は直ぐ顔に出てしまうから注意して下さいね?」
トルドヴィンはそう言うとチラリと後ろに視線を送り、ライマールに向かってウインクをしてニヤリと笑う。
ライマールは面を食らった顔をした後、ムッとしながら「解っている」と呟いた。
後ろに控えていた数人の兵士がクスリと笑ったのは、おそらく気のせいではないはずだ。
そのやりとりにエイラも思わず苦笑したものだから、ライマールは更にバツが悪くなる一方だった。
トルドヴィンの冗談混じりの警告で、少しばかり緊張が解けたところで先程の兵士達が到着する。
間近で見ればその表情は虚ろで、焦点などまるであっていない。誰の目から見てもそれが"呪"の影響であると判断ができた。
「……なにか、御用で……しょうか……?」
抑揚のない、腑抜けた声で兵士の一人が首を傾げながらトルドヴィンに尋ねてくる。
ライマールのおかげで"呪"を取り除かれた今のエイラの目に、彼らの姿はとても痛々しく映った。
罪悪感がズキリと突き刺さり、思わずエイラは胸を押さえる。
トルドヴィンは予想を遥かに上回る彼らの様子に、僅かに眉を潜めたものの、至って平静を装い恭しく敬礼をしそれに答えた。
「私はデール帝国で国境警備を任されているトルドヴィン・クーべと申します。一月程前、国境付近で行き倒れになっている女性を保護致しまして、事情を伺ったところ、憔悴が激しかったせいか記憶の欠如が見受けられました。身元を確認したのですが、此方の女王陛下と特徴が一致していることから、確認を取るようにと皇帝陛下より直々に命がくだされました。つきましてはお取次の方をお願い申し上げます」
トルドヴィンがつらつらと口上を述べると、兵士達はぼんやりとしたままゆっくりと後ろにいたエイラへ視線を映す。
エイラは意図的に、彼らの視線にピクリと怯えたような反応を返して後ずさってみせる。
兵士達は特に目立った反応は返さずに「少々……お待ち下さい」と、トルドヴィンに向かって返事を返し、王宮の中へと消えて行った。
しばらくすると、薄暗い紅い色のドレスを纏った貴婦人が、慌ただしくこちらへ駆け寄ってくるのが見えた。
エイラはその姿を認識すると、ぶるりと背筋に冷たいものが駆け抜ける。
脳裏によぎったのは、"呪"に犯されていた時のエイラを探す不快な声のする風だった。
恐怖を感じ、後退りそうになる足を必死で堪えながら、悟られまいとエイラはグッと息を飲み込む。
「陛下、ご無事でしたのね!! とても心配致しました! ああ、有難う御座います! 本当に有難う御座います!!」
貴婦人はそんなエイラに気付く様子もなく、目の前まで駆けつけると、涙を流しながらトルドヴィンに何度もお礼を述べ、頭を下げてくる。
どこからどう見ても至って普通の貴婦人に、騎士たちは顔には出さずとも内心首を捻り、訝しんだ。
しかしライマールだけがその貴婦人の異常さ気づき、密かに彼女を睨みつけていた。
「ふざけるな! 愛情を備えていない男に俺とリータの娘をやれるか!」
「ななな、何を恐ろしい事をっ!! ヤツの血の混じった娘など悍ましい!! 貴様、内側から我が一族を滅ぼす気か!!」
「ん〜でもぉ〜、お互いなにか譲るしかないと思うのぅ〜。もちろんライムの子が嫌だって言えばそれまでなんだろうけどぉ〜。そこはドラちゃんの努力次第だと思うしぃ〜? ゼイルの血が混じったところで、ドラゴンが滅びるわけないじゃなーい」
ケラケラと笑う雪狐に、ライマールと王の竜は口を噤む。
言われたことを納得したというよりは、双方、反論材料がなにかないか模索しているといったかんじだった。
ずっと黙ってことの成り行きを見守っていたエイラは、他に代価案思い浮かばないだろうと頷き、おずおずと口を開く。
「あの、それでお二人がご納得して頂けるのであれば……確約は難しいかもしれませんが……その、私も努力致しますし……駄目でしょうか?」
真っ赤な顔でエイラが二人を交互に見れば、ライマールもつられて真っ赤な顔で喉を詰まらせる。
一方で、王の竜は眉間のシワをより一層深くした。
「血脈の問題を譲ったとしても、確約でなければ我は同意できぬ。二度も花嫁に逃げられるのは長どころか一族の恥だ」
「ならなおさら未来の花嫁を愛する努力をすべきだわん♪ 愛がなきゃ繁栄なんて無理無理無理よぅ〜♪ 愛があるからデールの王家もクロンヴァールの王家も続いてるのよん♪」
楽しそうに雪狐が愛を説けば、王の竜を含むドラゴンたちはそれを鵜呑みにしてどよめきだす。
その反応は目から鱗といった感じで、誰もが雪狐の適当な指摘に至極真面目な様子で悩み始めていた。
「……言われて見れば愛情を重んじる生物は繁殖率が高い気がするぞ」
「生命力の強さはもしやそこに秘密があるのか?」
「我が一族にメスが少ないのはそう言った理由か?」
「そのメスも卵を産めなかったり、産んでも孵化しないのは、もしや愛とやらが足りないからなのではないか?」
唐突に始まってしまった論議に、エイラもライマールも、控えていた騎士や魔術師たちもポカンとそれを見守る。
次々と説かれる超理論に否定も肯定もできず、これは大丈夫なのか?と、うろんげな眼差しでライマール達は雪狐を見る。
言い出しっぺの当人は全く気にしない様子で、楽しそうに頬を染めて鼻歌を歌っていた。
しばらくするとドラゴン達の討議も直ぐに決着がついたようで、王の竜は唸りながらも「分かった」と返事を返してきた。
「人の世には人の世の決まりもある。しかし我らも切迫しているのは事実。ヤツの血縁というのはいささか気に食わんが……我も愛情とやらを理解する努力をしよう」
渋々ではあるが王の竜が承諾をすれば、エイラもホッと息をついて、ライマールを見上げる。
しかしエイラがライマールの顔を見た瞬間、ライマールはギュッとエイラに縋るように抱きついてきた。
「ライマール様?!」
皆が見ている中で思い切り抱きつかれ、エイラは耳まで赤くしてオロオロと周りを見渡す。
ライマールはといえば、エイラの胸に顔を埋めながらフルフルと小刻みに震えていた。
「泣いているんですか……?」
気がついて、エイラが声を掛ければ、ライマールは掠れる声でそれに答える。
「俺とリータの娘が……嫁に行ってしまう……」
ライマールの気の早い一言にエイラは目を見開くと、やがて苦笑しながらライマールの背中をポンポンと叩き慰める。
言うまでもなく、その光景を見ていた誰もが情けない王子の姿に肩を落とし呆れ返った。
ともあれ、雪狐の仲介によりエイラは何とか王の竜の協力を得、ライマールやトルドヴィン達と共に竜の城を目指すことになった。
数匹のドラゴンの背に乗り込む兵士達は乗り馴れた馬とは違う、大きな背の岩のような鱗の感触、そしてなにより陸地を離れ浮遊する感覚に、誰もがしがみついているのが精一杯だった。
眼下を覗けば、雲の合間からどこまでも続く、花畑が広がっている。
冬だというのを感じさせないその色取り取りの野花は、人が足を踏み入れた痕跡は見当たらず、この国にとって特別な花なのだろうと、ライマールやトルドヴィン達にも想像できた。
凍てつくような向かい風を肌で感じながら前方を見据えると、そこにはどこまでも上に伸びる大きな塔がそびえ立つ。
どっしりとした佇まいは竜の山脈を思わせ、下層に行けば行くほど広い構造になっていることが外観からも伺える。
外壁の所々には空中庭園らしきものが見え、水の流れる様子や、散歩をする人の姿がチラリと見えた。
何一つ変わりのない懐かしい光景に、エイラはホッと胸を撫でおろす。
少なくとも臣民達に危害が及んでいる様子は今の所見られないようだと安堵した。
ドラゴン達は塔の外壁を旋回しながら、ゆっくりと上昇していく。
背に乗せている人間が振り落とされないように細心の注意を払いながら、日が登り切る頃に、王宮の庭園内へと到着する。
降ろされた場所は、エイラが私室から魔法陣を使って抜け出た庭園ではなく、王宮一階層にある王宮門へと続く、客人用の空中庭園だった。
塔の下に広がる花畑同様に冬を感じさせない暖かな常春の庭園は、この場所にネクロマンサーがいるとは思えないほど暖かく、穏やかな光景だった。
皆ドラゴンの背から降りると、ライマールに渡されていた薬を口にする。
エイラが王の竜にまた感謝を述べると、ドラゴン達は何も言わずにその場を離れていった。
それと同時に庭園の奥の方から慌ただしく兵士らしき人物が二人走り寄ってくる。
その足取りは何処かおぼつかなく、誰の目から見ても不自然な動きをしていた。
トルドヴィンが先頭に立ち、第一部隊の騎士たちもその後ろに並び姿勢を正す。
エイラはトルドヴィンの直ぐ後ろに、ライマールはその隣にさりげなく控えた。
「皆気を抜かないように。特にライム、君は直ぐ顔に出てしまうから注意して下さいね?」
トルドヴィンはそう言うとチラリと後ろに視線を送り、ライマールに向かってウインクをしてニヤリと笑う。
ライマールは面を食らった顔をした後、ムッとしながら「解っている」と呟いた。
後ろに控えていた数人の兵士がクスリと笑ったのは、おそらく気のせいではないはずだ。
そのやりとりにエイラも思わず苦笑したものだから、ライマールは更にバツが悪くなる一方だった。
トルドヴィンの冗談混じりの警告で、少しばかり緊張が解けたところで先程の兵士達が到着する。
間近で見ればその表情は虚ろで、焦点などまるであっていない。誰の目から見てもそれが"呪"の影響であると判断ができた。
「……なにか、御用で……しょうか……?」
抑揚のない、腑抜けた声で兵士の一人が首を傾げながらトルドヴィンに尋ねてくる。
ライマールのおかげで"呪"を取り除かれた今のエイラの目に、彼らの姿はとても痛々しく映った。
罪悪感がズキリと突き刺さり、思わずエイラは胸を押さえる。
トルドヴィンは予想を遥かに上回る彼らの様子に、僅かに眉を潜めたものの、至って平静を装い恭しく敬礼をしそれに答えた。
「私はデール帝国で国境警備を任されているトルドヴィン・クーべと申します。一月程前、国境付近で行き倒れになっている女性を保護致しまして、事情を伺ったところ、憔悴が激しかったせいか記憶の欠如が見受けられました。身元を確認したのですが、此方の女王陛下と特徴が一致していることから、確認を取るようにと皇帝陛下より直々に命がくだされました。つきましてはお取次の方をお願い申し上げます」
トルドヴィンがつらつらと口上を述べると、兵士達はぼんやりとしたままゆっくりと後ろにいたエイラへ視線を映す。
エイラは意図的に、彼らの視線にピクリと怯えたような反応を返して後ずさってみせる。
兵士達は特に目立った反応は返さずに「少々……お待ち下さい」と、トルドヴィンに向かって返事を返し、王宮の中へと消えて行った。
しばらくすると、薄暗い紅い色のドレスを纏った貴婦人が、慌ただしくこちらへ駆け寄ってくるのが見えた。
エイラはその姿を認識すると、ぶるりと背筋に冷たいものが駆け抜ける。
脳裏によぎったのは、"呪"に犯されていた時のエイラを探す不快な声のする風だった。
恐怖を感じ、後退りそうになる足を必死で堪えながら、悟られまいとエイラはグッと息を飲み込む。
「陛下、ご無事でしたのね!! とても心配致しました! ああ、有難う御座います! 本当に有難う御座います!!」
貴婦人はそんなエイラに気付く様子もなく、目の前まで駆けつけると、涙を流しながらトルドヴィンに何度もお礼を述べ、頭を下げてくる。
どこからどう見ても至って普通の貴婦人に、騎士たちは顔には出さずとも内心首を捻り、訝しんだ。
しかしライマールだけがその貴婦人の異常さ気づき、密かに彼女を睨みつけていた。
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