デール帝国の不機嫌な王子

みすみ蓮華

Coffee Break : 天邪鬼

 メルとアダルベルトが幼馴染のように、ギリファンとトルドヴィンもまた腐れ縁の仲だった。
 というのも、古くから続くメルの家のお隣は、古くから続く、クーべ侯爵の家が隣接しているためだ。


 両家は母同士が大変仲がよく、ギリファンとトルドヴィンも幼い頃はよく母に連れられて、お互いの家を行き来したものなのだが、二人が学園に入学すると生活が一変してしまう。


 この頃の学園はライマールが通っていた頃と違い、騎士学科と魔術学科の格差はかなり激しく、ローブを着て廊下を歩いているだけで、どこから持ってきたのか判らない生ゴミが飛んで来たり水をかけられたりと、それはもう相当酷い思いを皆が経験していた。
 お陰でギリファンの同期の魔術師はほとんどのの者が登校拒否で、授業に参加する魔術師は教室内に五名もいれば上々と言われるくらいだった。


 入学してからしばらくの間は、ギリファンもトルドヴィンも一緒に手を繋いで登校するほどとても仲が良かった。
 その手を繋がなくなってしまったのは、ギリファンが保身に走るようになったせいだろう。


 騎士学科の生徒とハチ合わないように登校時間をかなり早め、校内にいる間はなるべく教室で過ごす。
 そしてまた、家に帰るのは騎士学科の生徒がほとんど帰ってしまった、暗くなりはじめる遅い時間にしたりと、並々ならぬ努力をしていた。


 そんな努力の甲斐あって、ギリファンはそれなりに平和な学園生活を送ることができた。
 しかしトルドヴィンはトルドヴィンで、その生活習慣と性格がガラリと変わってしまっていた。


 幼い頃はごく普通に優しい男の子だったのだが、ギリファンとの交流がなくなり、大半の時間を騎士学科の生徒達と過ごし、男社会で悪友に囲まれながら、街の中を駆け回る少年へと成長していった。


 思春期になれば、整った容姿と誰もが羨む金色の柔らかい髪をしていたため、街を歩けば街娘達から声を掛けられるようになり、元々八方美人な気質もあったせいで、様々な噂が飛び交うようになっていた。


 お陰でトルドヴィンは、ギリファンの中での評価がすこぶる最悪になっていたことに気がつかなかった。
 そのことに気がついたのは十四歳になった頃で、偶々街で買い物をしていたギリファンを見かけ声を掛けた時のことだった。


「ファー? そこに居るのファーだろ? 久しぶりだね! たまに学校で見かけてはいたけど、いつも忙しそうだったから声掛けられなくって。今日は買い物? ローブも似合うけど、その格好もすごく似合うね」


 にこにこと、悪意のないとても爽やかな笑顔で駆け寄ってくるトルドヴィンに、腰にフリルのついたタイトな赤いタンクトップに、紺のホットパンツを着て、いつものポニーテールではなく、髪を下ろしていたギリファンは、トルドヴィンを見るなり紙袋を抱えながら眉根を寄せた。


 トルドヴィンの後ろを見れば街娘達がこちらにチラチラと視線を送り、いやらしい笑みを浮かべて、ヒソヒソとなにやら楽しくもなさそうな噂話をしている様子が見える。


「なにか用か? お前は相変わらず頭の中が軽そうなんだな。私に世辞など言ってもお前にやるものはなにもないぞ」


 冷ややかな視線をトルドヴィンに向け、胡乱げにギリファンが言えば、トルドヴィンは首を捻り、眉を寄る。


「用はないけど……何? なんか機嫌悪いの?」
「ふん! お前みたいな節操がない男と一緒に居たくないだけだ。魔術師ってだけでただでさえ目立つのに、お前の遊び相手と思われたら余計に目立ってしまうではないか! 私は静かな生活を望んでるんだ。遊びたいなら、後ろに居るお友達・・・と仲良くすればいいだろう?」


 勝気な目でトルドヴィンの後ろにいた街娘達へ視線を送ると、トルドヴィンも釣られてそちらへ視線を送る。
 すると娘達は、頬を染めてキャアキャアとトルドヴィンに向かって手を振ってくる。
 無視するわけにもいかず、トルドヴィンが同じように笑顔で手を振って返すと、ギリファンはますます剣呑な顔をして、睨みつけてくる。


「友達じゃないし、知らない子達だけど……ああ! もしかして妬いてるの?」
「おっ……前っ!! バカじゃないかっ!? だっ、だっ、誰が妬くかっ!! す、少しばかり顔がいいからって、調子に乗るなよ!?」
「ファー、声大きいよ。自分で注目集めてるじゃないか。少しどころか結構いい男になったでしょ? でも……そーか、妬いてるわけじゃないのか〜。昔はトルのお嫁さんになる〜ってよく言ってくれてたのになぁ〜」


 声を裏返しながら狼狽えるギリファンを見ながら、トルドヴィンはいけしゃあしゃあとこれ見よがしに、ギリファンよりも大きな声で至極残念といった様子で大袈裟に溜息をついてみせる。
 久しぶりに会った幼馴染の素っ気なさにカチンときたせいもあったが、動揺するギリファンが思いのほか可愛い反応をしたので、少しばかり苛めてみたくなってしまったのだ。


 するとギリファンはますますもって狼狽えて、周りの様子をキョロキョロと挙動不審に見渡す。
 見れば往来の人々がこちらへチラチラと視線を送り、先程の街娘達は心なしか突き刺さるような視線をギリファンに送っていた。


「お、お前の方こそ声がデカイっ!! それに私はそんなことを言った覚えはまるでないぞ!! 勝手に過去を捏造するな!!」


 ヒソヒソと声を落として真っ赤な顔で抗議するギリファンが予想以上に可愛くて、トルドヴィンはもう少し苛めてみたいな。などと更に不埒な考えが頭をよぎる。
 ふるふると小さく震えながら上目使いで瞼を染めるギリファンを見つめ、なにを言うのが一番いいだろうと思案する。
 そしてなんとなく無意識に、ギリファンの癖のある琥珀色の長い髪に手を伸ばして、くるくるとその一房を指に巻いて首を傾げた。


「うーん……僕の思い違いかな? あー……もしかしたら僕の願望がそうさせたのかも? ファーがお嫁さんになってくれたらいいな〜って、よく思ってたからね」
「なっ、なっ……なっ…………!?」


 深い緑色の目が落ちてしまうんじゃないかと思うくらい目を見開いて、ギリファンは絶句する。
 トルドヴィンの後ろでは小さな悲鳴が上がり、聴衆の人々はどうなるのかと、コトの成り行きに耳を済ませている。


 この場をどう切り抜けて噂を立てないようにするか。
 ……なんて考えは既にギリファンの思考からは真っ白に抜けてしまい、代わりにオロオロと、少しばかり恥ずかしそうに俯いた。


「あっ……あ、あの、あのなっ? き、気持ちは嬉しいんだが、そのっ、おおお、お互い長い間交流がなかった訳だし、も、もう、む、昔の私ではないし、お、お前も成長して、か、変わっただろ? だっ、だから、こういうことは、もう少し、慎重になってだなっ……」


 目の端に恥じらいの涙を浮かべ、真に受けて声を裏返し、ギリファンは誠意を持って真剣に返事をする。
 トルドヴィンは思いも寄らなかった返答に、少しだけ目を見開いて思わずギリファンの髪から指を引っ込める。
 そして耐えきれないとばかりに口元を押さえ、「ッブ……」と、盛大に吹き出し腹を抱えた。


「ファー、何勘違いしてんの? 小さい頃の話だよ。アハハハハハハ! まさかそう来るとは思わなかったな! いや、ゴメンゴメン! ファーが僕を好きならちゃんと考えるからさ」
「!?」


 腹を抱えて爆笑するトルドヴィンを見上げ、ギリファンはからかわれたことに気がつき、全身を真っ赤にして瞠目する。
 そして鬼の形相でトルドヴィンを睨みつけると、大粒の涙を零しながら手にしていた紙袋を投げつけ、左手でトルドヴィンの頬を思い切り引っ叩いた。


「お前っ!! 噂通り、本っ当に最低な奴だな!! 私はお前みたいな奴が一番大っ嫌いだ!!」


 頬を弾く清々しい音を響かせた後、ギリファンは自分の荷物を投げ捨てたまま、その場から走り去ってしまった。
 辺りでやり取りを見ていた聴衆達は、ヒソヒソと今までの成り行きを想像して、井戸端会議に花を咲かせ始める。
 街娘達もあることないこと好き勝手に噂していたが、残されたトルドヴィンは、周りの反応も気にせずに、まだ微かに肩を震わせ、くつくつと可笑しそうに笑い続けていた。


 ギリファンの残して行った荷を拾いながら、どこか嬉しそうにトルドヴィンは呟く。
「まいったなぁ……僕は割とファーが好きかも」


 全ての荷物を拾い終えると、トルドヴィンは鼻歌交じりに家路に向かう。
 怒って、狼狽えて、真っ赤になるギリファンの顔を思い出しながら、トルドヴィンは昔以上にまたギリファンともっと交流を持とうと、少々悪趣味な企てを模索し始めるのだった。

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