デール帝国の不機嫌な王子

みすみ蓮華

無自覚自覚 2

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 デール皇帝やクロドゥルフ、イルミナと別れを告げ、エイラは帝都へ来た時と同じ様に馬車に揺られ、竹林の生い茂る村、ニューズへと向かう。
 気がつけば国を出てからひと月以上の時が経っていた。
 ひと月の間に目まぐるしい経験をし、それと同時に離れ難いという思いが、エイラの後ろ髪を引く。


 両親が亡くなり、兄が失踪してから、長い時間誰かと穏やかな時間を過ごすことなどないに等しかった。
 心休める時間がなかったというわけではないが、休憩も食事もエイラは長い間、常に一人で過ごしていたのだ。


 マウリのことはもちろん心配だ。
 デールの帝都から離れ、考える時間が増えた分、その不安は募っていく。
 早く帰り、城を奪還したいという気持ちと、このままこの場に留まりたいという相反する気持ちがせめぎ合い、エイラの中の罪悪感がチクリと胸を刺す。


 先日見て回った城下街の景色が、ゆっくりと遠ざかって行くのを、エイラは目に焼き付けるように馬車の中から眺め続ける。
 真剣な眼差しのエイラの横顔を、ライマールは向かい側でただじっと黙って見つめていた。
 城下の中心街を離れ、学校のある区画を通り過ぎた辺りで、エイラはその視線に気づいて萎縮した。


「すみません。夢中になってしまって……退屈させてしまいましたよね」
「別にいい。気にするな。城下が随分気に入ったようだな」


 ライマールはどこか嬉しそうにエイラに微笑みかけてくる。
 エイラもつられるように笑みを浮かべると「はい」と、澄んだ声でライマールに答えた。


「皆さんとても良い方ばかりで、昨日は小さな子に飴まで貰ってしまいました。イルミナ様にはガッコウを案内して頂いて、とても楽しかったです。生徒の皆さんからはライマール様のことを色々伺って、とても驚きました。皆さんとても楽しそうに話すので、私もライマール様のコウギを受けて見たいと思いました」


 思わぬ話を聞き、ライマールは面を食らった顔をしてから照れ臭そうに頬を染め、窓の外へと視線を逸らした。


「別に……楽しいものではない。俺は話すのが得意ではないし、寝てるやつも、割と多い」
「そうなんですか? でも、きっと楽しいと思います。話をして下さる皆さんの目は、とても輝いていましたから。……とても羨ましかったです」


 同じ年頃の生徒達の顔を思い出しながら、少し寂しげにエイラは微笑む。
 我先にと矢継ぎ早に話をする彼らは、とても活き活きとしていて、日々の生活が充実しているものなのだということが伝わってきた。
 それはエイラがどんなに望んでも、得ることのできない幸福なのだろう。


「ライマール様は凄いです。しっかりとした信念をお持ちで、それがちゃんと形になっています。私ではなくライマール様のような方が王であったならば、今頃私の国も……」


 思わず漏れ出た本音に、エイラは慌てて口元を押さえる。
 いつもなら人前で漏らすはずのない自分の言葉に驚きながら、よりによって一番口にしてはいけないことだったと顔を青ざめた。


「すみません! 失言でした。不快な思いをさせてしまいましたね。決して押し付けようと思って言ったわけではないんです。本当にすみません。……もっとしっかりしなければいけませんね」
「…………」


 ライマールが背負っているものを理解しているというのに、負担になるようなことを言ってしまうとは、あまりにも配慮が足りなかったとエイラは後悔する。
 半年の間、理性的な判断が出来なかったせいなのか、それともこの国の居心地がよすぎたせいなのか、気が緩みすぎだとエイラは改めて自分を叱咤した。


 ライマールは落ち込むエイラに眉を顰めると、黙ったまま難しい顔で考え込んでしまった。
 なにも言わなくなってしまったライマールにエイラが萎縮していれば、馬車が止まり、外からメルが転送陣に到着した事を告げてくる。


 ライマールはまるでその声が聞こえていないかのように微動だにせず、なかなか降りようとしない。
 自分が先に降りるわけにもいかず、エイラはライマールに声を掛けようと少し戸惑いがちに手を伸ばせば、唐突にその腕を力強く掴まれる。


 驚いてライマールを見上げたものの、ライマールは気にも留めずに、エイラを馬車から引き摺り出した。
 中から出てきた少々乱暴なライマールの振る舞いに、外で待機していた騎士や魔術師もギョッとしたが、ライマールはそれも目に入っていない様子で、よろけるエイラを抱きとめると、そのまま肩に担ぎ上げ、スタスタと転送陣へと近づいて行く。


 インドア派と思われたライマールの意外な力強さと、自分の身に起きていることが理解できず、エイラが唖然としていれば、メルが慌ててライマールに駆け寄って来た。


「ちょ、ちょっと! ライマール様!? 何をなさっているんですか!! 公衆の面前ですよ!?」


 降ろしてください! いや、せめて横抱きに!! と、かなり動揺した様子でメルが色々叫んでいるのを無視し、ライマールは転送陣の前でくるりとエイラを抱えたまま振り返ると、ムッとした顔で命令を下す。


「追ってくるな。お前達は先に宿に行って準備でもしていろ。しばらく出掛ける」
「は!?」


 素っ頓狂な声をメルがあげるのも聞かずに、ライマールはそれだけ言うと転送陣へと進み出て魔法陣を発動させる。
 二人の姿が消えた所で、状況について行けず唖然としていた一同が、慌ててそのあとを追い村まで転移すると、その場には帝都側に居る者達と同じように、唖然とした兵士と魔術師達の姿だけが残されていた。

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