デール帝国の不機嫌な王子

みすみ蓮華

無自覚自覚 1

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 ライマールは父と兄と和解した後、翌日の出立の準備で魔術師達はバタバタと忙しそうに走り回った。
 その中にはアダルベルトの姿もあり、急遽、自身の管理する第三部隊の兵士達を伴う手続きを申請した。
 それは魔術師の監視ではなく、純粋な護衛としての申請となり、書類を受け取ったアスベルグ騎士団の副団長は、どういう心境の変化だと何度もアダルベルトと手元の書類を見比べ、瞠目していた。


 そして翌日、最小構成で組まれた混合部隊は、護衛という名目で城門前に二百名ほどの人員が招集される。
 その中にはギリファンやガランの姿もあった。その後ろから恨めしそうに兄と姉をじぃーっと見つめるのは、留守番を言い渡されたライマール付きのメルだ。


「ううう……姉さんや兄さんはよくて、なんで僕だけ残ることになるんですか……」
「仕方なかろう。お前はメルなんだからこの国を出るわけにもいかんし、第一皆で出払ったら、残留組の管理をするものが居なくなるではないか。国境付近までは同行を許されているんだから、それで我慢しておけ」
「ライマール様が城を空けるのであれば、それは姉さんの仕事じゃないですかー! なんでボクが姉さんの仕事までしないといけないんだ!!」
「最小構成と言ってもそれなりの人数だからな、しかも女王の護衛とくれば、部下に任せて留守番をするわけにはいかんだろう」
「そんなこと言って、本当はクーべ副団長が着いて行くから離れたくないだけなんでしょ。公私混同です! 横暴です!」
「なっ!? バババッバカ者!! ああああアイツが着いてくるなど考えただけでもゾッとするわ!! みろっ! この鳥肌を!!」
「あーあー、騒がしいと思ったらまぁた魔術師共か。おやおやぁ〜? しかも一般魔術師ではなく、俺の気のせいでなければ、そちらに見えるのは魔術師副団長殿ではないかなぁ〜?」


 メルとギリファンが姉弟喧嘩をしていれば、立派な装飾の付いた紺色の騎士服を着た、金髪の若い美丈夫が、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながらこちらに近づいてくる。
 ギリファンの背筋がゾクリと凍りつき、腕捲りをしたまま硬直する。


「あ、騒がしくしてすみませんでした。義兄さん。姉がいつもお世話になっています」


 後ずさりながらもメルが挨拶をすれば、女好きするであろう笑顔で、"義兄さん"呼ばれた男は別段それを気にするでもなく「いや、全くだね」と、爽やかにメルの言葉を肯定した。
 そしてそのままギリファンの肩越しから顔を出し、ギリファン腕をマジマジと観察すると、少々大袈裟に感心してみせた。


「ほ〜〜。これは確かに見事な鳥肌だ。いや! こんな見事な鳥肌を立てられる人間なんて滅多に居ない! 魔術師副団長殿はなんとも珍しい特技をお持ちのようだ」


 ウンウンと頷く青年に、ハッとしてギリファンは身を翻し、メルの方へと後ずさる。
 そのまま真っ青な顔で男を睨みつけながら、フルフルと怒りなのか恐怖なのか判らない感情に身を震わせた。


「黙れ変態!! 人の肌をしげしげと観察するな悪漢!! それ以上近づいてみろ! 杖が折れるまで殴り続けてやる!!」
「姉さん、その杖金属製ですよね。折れないと思うし、そんな事したら義兄さんが死にますよ」
「先程からお前はッ! 誰が義兄さんだ! 誰が! ……おいっ馬鹿! 近寄るなと言っただろうがっ! よせ! こっちへ来るな! トルドヴィン・クーべ!!」


 ギリファンの咆哮虚しく、ブンブンと鈍い音を響かせながら、空気を切る長杖の音が響き渡る。
 トルドヴィンは自分の体を突こうとする杖を、子供の相手でもするかのように難なく全て避けてみせると、ギリファンが力尽きようとしたところで、当たり前のようにその杖を片手で受け止めた。
 反対側の手はいつの間にやらギリファンの逆側の手を握り、すかさずトルドヴィンは淑女へむける挨拶を指先へと落とした。


「ギャーーーー!!」


 普通の女性ならば真っ赤になって、もう少し可愛らしい悲鳴をあげていたのであろうが、ギリファンは絶望的な面持ちで、耳をつんざくかのような悲鳴を轟かせる。


 周りの誰もがそれを想定していたらしく、兵士も魔術師も例外なくギリファンが叫ぶ前に、皆耳を両手で塞いでいた。


「変態! 死ね! 消滅しろ!! なんて事するんだ!! この変態!!」


 実際に口が指先についていたわけではないのだが、仕草だけでも害があると言わんばかりに、ローブの裾でギリファンは泣きながら手が赤くなるまでゴシゴシと擦り続ける。
 流石にトルドヴィンもこれには呆れヤレヤレと憂いに満ちた表情で頭を振った。


「ファーは何回変態って言えば気が済むんだろうね? 私は挨拶をしたに過ぎないのに。それとも変態がタイプの変態さんだったのかな? それにしても……こんなヒョロヒョロの装飾杖を少し振り回しただけで息が上がるなんて、副団長としての自覚が足りないんじゃないの? まさかこの体力で着いてくる気? やめといた方がいいんじゃないかなぁ〜? 殿下の足を引っ張るだけだと思うなぁ〜?」
「黙れっ! 気安くファーなどと呼ぶな!! これだから脳が筋肉でできてる奴は嫌なんだ! そういう奴に限って、雪山で遭難してぽっくり行くんだ! 迷子になる前に留守番でもしてろ脳筋!!」


 バチバチと二人の間に火花が散れば、息を合わせたかの様な辟易とした溜息が、魔術師と兵士のどちらからも聞こえてくる。


「素直に心配だって言えないんですかね? 2人とも……」
 メルが小さく呟けば、


「誰がするかっ!!」
「あり得ないです」
 と、これまた息を合わせたかのような返事が、ギリファンとトルドヴィンから返ってくる。


「副団長同士仲が良いのは結構だが、点呼は済んでいるのかね?」


 地獄耳だ……と、メルが怯んでいる差中、いつの間に来たのか、デール皇帝が賑やかな一団の前に後ろ手に腕を組んで、ニコニコと笑顔を貼り付け現れた。


 二人はサーッと顔色を変えて、慌てて敬礼をして「準備、整っております!」と、背筋を伸ばし返事をすれば、皇帝の両肩越しで眉間にシワを寄せたライマールと、皇帝と同じ様に笑顔を貼り付けたクロドゥルフが二人を睨み付けながら、「懲罰房だな」と呟いた。

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