デール帝国の不機嫌な王子

みすみ蓮華

Coffee Break : 疑念

 ライマールは神の肉片の浄化を終えた後、パタリと死んだように眠り続けてしまう。
 皆の心配を他所に、夢の中ではエイラと二人で、茶会を開いたり庭を散策したりと何とも幸せな日々を思い巡らせていた。


 時折ニヤニヤとにやけるライマールの寝顔を、奇妙なものを見る目でメルやギリファンが腰を引き気味に覗き込む。


「気味が悪いな……こいつ、笑ってるぞ……一体どんな夢を見てんだ? 人の気も知らないで……」
「夢の方はなんとなく想像つきますが……確かにここまで長く眠ってるのは珍しいですね。もう三日になりますよ。逆に起こした方がいいんですかね?」
「バカいえ、こいつの寝起き最悪なの知ってるだろ。起こすならお前がやれよ? 私が居ない時に」
「……まぁ、最近忙しかったですから。もう少し寝かせて置いて上げても良いのかもしれませんね」


 ウンウンと、姉弟が頷いていると、ライマールの呻き声が聞こえてきた。
 驚いてまた顔を覗き込めば、その表情が辛そうに歪んでいた。


「ライム!? おい! どうした! 苦しいのか!? メル、医師を呼んでこい!」
「っは、はい!!」


 メルは顔を真っ青にして、慌てて部屋の外へと飛び出そうとする。
 するとそのやり取りが余程五月蝿かったのか、メルが扉へ近づく前にライマールが不機嫌そうに目を覚ました。


「……五月蝿い。騒ぐなら他所でやれ」
「ライマール様! お目覚めになられたんですね! 良かった。三日も眠ってたんですよ? 大丈夫なんですか?」
「……問題ない。それより腹が減った。なにか食べるものはないか?」
「あ、はい……? なにかお持ちしますね」


 寝起きで機嫌が悪いのか、ライマールは直ぐにメルから視線を外してしまい、メルは少々首を捻る。
 そんなライマールの態度を気にしながらも、メルがいそいそと部屋を出れば、ライマールはベッドから起き上がって、早々に身支度を始めた。


「お、お前、起き上がったりして大丈夫なのか? 今まで三日も寝てたことなんてないだろう? 念の為、検査した方がいいんじゃないか?」
「問題無い。今回はいつもと違う力を掛け合わせて使った上に、生身で精神に介入したから普段以上にキツかっただけだ。……すまない、そこの灰色のローブを取ってくれ」


 部屋着を脱ぎ捨てながら、ライマールはギリファンの近くにある椅子にかけられていた、光沢のあるシルクのローブを指差した。
 訝しみながらもギリファンがそれを差し出すと、ライマールはもぞもぞとそれを被り、袖を腕に通す。
 そして机の上に無造作に乗っていた様々な小物を、ひょいひょいと長い袖の中に投げ入れていった。


 ギリファンはその様子を眺めながら、眉間に皺を寄せ、釈然としない様子でライマールに尋ねてきた。


「いつもと違うって、ユニコーンの力のことか? ……なぁ、前々から気になってたんだが、トト……ナントカ〜とか……やっぱりお前が作った魔法か? ベルンの方の魔法ではないよな?」


 魔法は国や時代によって紡がれる呪文が異なり、その数は今や計り知れないものとなっている。
 とはいえ、大抵言葉が違うだけで、内容が重複することは多々ある。
 そういったものは本や辞書に書かれているものなのだが、ライマールは自ら作った魔法を紡ぐことが多いので、今回の呪文も新しく開発したものなのかと、ギリファンは首を捻った。


 すると、ライマールは少し逡巡した後、「違う」と答えた。


「慣れていないのは確かにユニコーンの力だが、呪文は………俺が作ったというより、持っていたものだな。俺以外の者が紡ぐのは不可能だ」
「ふーん? なんとか使えるようにならないもんかねぇ。お前の浄化魔法が使えれば、レイス討伐もだいぶ楽になると思うんだがなぁ……」


 なかなか鋭いところをついてくるギリファンから、ライマールは顔を背ける。
 ライマールが神獣の力を持っていることはギリファンもガランも認識はしていたが、その内容をメルほど詳しくは知らない。
 ましてや魂の管理者のことなど、帝国に住む神獣やエイラ以外に知っているものはいないし、この先誰かに話すつもりもなかった。


 ライマールがなにも言えずに押し黙っていると、タイミングよくメルが食事を手に戻ってきた。
 トレイの上には温かい温野菜のサラダと、隣には鶏肉で出汁をとったパン粥が乗っていた。
 ライマールが倒れると、メルは毎回これを持ってくるので、もう慣れたものだ。


「お食事お持ちしましたよ〜。……どうかしたんですか?」
「……なんでもない」


 食事を受け取ると、ライマールは徐に食事を始める。
 メルは妙に落ち着きのない主人に首を捻り、自分の姉に視線で疑問をぶつけてみたが、ギリファンはヒョイっと肩を竦めてみせるだけだった。


「そうそう、食事を持ってくる時に兄さんに会いましてね。エイラ様、回復は順調で、まだ微熱はあるみたいですが、明日には自由に動けるようになるみたいですよ。どこも悪くないのでしたら、後でお見舞いに行かれてはいかがですか?」


 メルはにこにこと嬉しそうにライマールに提案したが、ライマールはエイラの名前を聞いた途端、ムッとして食事の手を止めた。
 そしてスプーンを加えたまま、しばらくメルをジトリと睨めつけると、かなり不機嫌な様子で黙々と食事を再開した。


 睨まれたメルは訳もわからず、縮み上がる。
 先ほどから一体なんだというのか。


「あの、ライマール様? ボク、なにか今不快になるようなことを言いましたかね? ……あ、もしかして、余計なお世話でした?」


 主人の世話をするのは小間使いとして当然だが、余計なことまでしてしまったのであれば失敗したなと、メルは居心地悪そうに頭を掻く。
 するとライマールもむすっとしたまま俯いて、メルに答えた。


「別に……気にはなっていた」
「はぁ……ではなんでそんな機嫌悪いんですか? ライマール様、起きてからボクのこと見ようとしてませんよね? 言いたいことがあるならちゃんと言ってください。ちゃんと! 僕に非があるなら改善しますから!」
「……問題な………」


 いつもの如く、問題無いと答えようとしたライマールを、メルは無言の笑顔でプレッシャーを与え、ライマールに訴えた。
 ライマールはゴクリとバン粥を飲み込んでから、スプーンをそっとトレイの上に戻す。
 そしてバツが悪そうに俯くと、どこかションボリとした、聞こえるか聞こえないかの声でライマールの呟きが聞こえてきた。


「……か?」
「はい?」
「…………なのか?」
「すみません。聞こえないです。もう少しハッキリとおっしゃって下さい」
「だから! お、お前はリータが好きなのか!?」
「「はぁ!?」」


 真っ赤な顔で目に涙を浮かべながら、小刻みに震えるライマールを、ギリファンとメルが驚愕の面持ちでマジマジと凝視する。
 唐突すぎる上に、一体どういった経緯でそんな結論に至ったのか。
 突拍子もないのはいつものことだが、さすがについていけないと、メルは混乱する頭を落ち着かせようと、こめかみを押さえた。


「……待って下さい? ええと……なんでそんな話になったんですかね?」
「ん〜〜? あー、ほら、あれだ。あらかた夢でお前がエイラ様にちょっかいでも出したんじゃないか? さっきうなされてたし」
「……別に……それだけじゃない」
「えっ、夢の中でボクがちょっかい出してたのは図星なんですか?」


 割と適当に言ったんだが……と、ギリファンも呆れた顔で肩を落とす。
 「まさか本当に懸想していたのか?」と、訝しげにギリファンが視線でメルに問いかければ、メルは「とんでもない!」とばかりに小さく首を振って姉に訴えた。
 たかだか夢の話で、とんだとばっちりである。


「うーん。綺麗な方だとは思いますし、素敵な女性だとも思いますが、ボクの好みではないので安心して下さい。大体身分も違いますし、ボクはデールから出れないですし、主人の想い人にどうこうするわけないじゃないですか。やだなぁ〜! アハハハハハ」
「……だが、リータはきっとお前が好きだ」


 思っていたことを実際に口にしてみて、ライマールは地の底に落ちたかのように消沈する。
 キスを拒まれたことに加え、神の肉片に与えた姿がメルだった事ことがかなり尾を引いていた。


 ガックリと項垂れるライマールを見て、メルとギリファンは顔を見合わせる。
 その視線の先では、


(姉さん、なにか言ってやって下さい)
(バカ言え! お前の主人だろうが! お前がなんとかしろ)
(姉さんの上司でもあるでしょう?! なんで僕ばっかりなんですか!)


 などというやり取りが繰り広げられていた。


 結果的に、いつも通りメルが折れると、はぁ〜……と深い嘆息を吐き出して、ライマールに近づいて肩をポンポンと叩いて励ました。


「えーっと、どこでどう勘違いしたのか判らないですが、ボクの見立てでは、エイラ様はちゃんとライマール様のことを見ていますよ? エイラ様もこの三日程寝込んではいましたが、ライマール様と違って意識はしっかりしてらっしゃいましたし、起きてる間はずっとライマール様の様子を気にしていらっしゃいましたから。さっき兄さんに聞いたら、ライマール様の様子をしきりに気にしてらっしゃったので、流石に様子を見に行こうと思ってたところだったって言ってましたから、ボクなんて眼中にないですよ。間違いなく!」


 うん。なんか言ってて悲しくなってきたな。と、メルは思いつつも、ライマールにニコリと笑顔を向ける。
 ライマールもその言葉を聞いて、ようやく顔を上げると、少し嬉しそうに頬を染めて、口を微妙に歪めていた。
 そこでもう一押し! とばかりに今度はギリファンが口を開く。


「そう言えば、私が見に行った時も、しきりにライムを気にしていたような気がするなぁ〜。随分不安そうなご様子だった。お前、早く行って差し上げた方が良いんじゃないか? あ、でもその前に皇帝陛下の元に行っておけよ? 昨日あたりから魔術師やら議員やらが騒ぎ出してな。ついでに婚約報告でもしてくれば、土台も固まって一石二鳥だろ」
「それがいいですライマール様! 皆さんに改めてご報告って大人の男って感じで、エイラ様も惚れ直しちゃうかもしれないですね〜」


 少々持ち上げすぎじゃないかと思うくらい、二人が大げさに提案すれば、ライマールはいたって真面目な顔で、瞼を染めながら、二人の助言を真摯に受け止め「判った」と、素直に頷いた。


 残っていた食事を急いで口に頬張り、ライマールは直ぐに立ち上がって「行ってくる」と、一言言うと、そのまま部屋を颯爽と出て行った。
 取り残された姉弟は、遠い目をして扉を見つめる。


「……なぁ、あいつ、王子として大丈夫か? 末妹ツィシーが落ち込んだ時より楽勝なんだが……」
「……姉さん……言わないで下さい。僕だって時々、いつか誰かに騙されるんじゃないかと不安になるんですから」


 ギリファンが呟けば、メルもライマールを見送った時の笑顔を貼り付けたままそれに答える。
 そしてお互い顔を見合わせて、どちらともなく深い溜息を吐き出し、ガックリと肩を落としたのだった。

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