デール帝国の不機嫌な王子

みすみ蓮華

守りたい者 4

 ツェナ姫が妹姫だった・・・というのはどういう事だろうか?
 ツェナ姫に関する事件というのもエイラは知らなかった。
 亡くなられたという話はエイラの耳に入ってきていないが……ここ最近でなにかあったのだろうか?
 少なくとも、エイラとライマールが最初に婚約した時点では、そのような話は聞かされていなかった。


「ツェナ様の事件というのは、一体どのような事件なのでしょうか? 恥ずかしながら、王位を継いでから世情よりも内政の方を学ぶ事を優先していたもので、勉強不足で……」
「あ……!! 気付かずすみませんっ! ……ええと……もう三年前になりますか……。確かエイラ様もその頃に王位を継がれたと聞いたことをよく覚えています。あれは丁度秋から冬に変わる季節のことだったかと……」


 五年前にエイラの兄、エディロが失踪し、エイラは翌々年の初夏に戴冠式を行った。
 国内でも前代未聞の出来事だった新王の失踪で、新たにエイラを女王に据えるか、エディロの帰りを待つかで、揉めに揉めた結果だった。
 秋から冬となると、エイラが戴冠を終えて数ヶ月が経った頃という事になる。
 エイラが十五歳で、ライマールは十四歳の頃だ。


「本当に突然の出来事でした。何の前触れもなく、当時まだ九歳だったツェナ様をライマール様は誰にも何も言わずに城から連れ出し、何処かへと隠されて……密かに排斥なさってしまったのです」
「排斥?」


 にわかに信じられない話にエイラは思わず聞き返す。
 自分の妹を排斥にとは穏やかな話ではない。
 エイラはライマールの人となりを全て理解しているとは言い難いが、とても無意味にそのようなことをする人とは思えなかった。
 母である皇后の一言にすら傷つく人が、何故そのようなことをと、エイラは何かの間違いではと自分の耳を疑った。


 イルミナは眉を顰めるエイラに、躊躇いがちに頷いて見せる。


「居場所を聞いても絶対に答えようとはなさいませんでした。ただ一言、"ツェナは死んだのだ"とだけ仰って……」


 誰もがその言葉を信じることはできなかったとイルミナは言う。
 前日には剣の手合わせをするライマールとツェナの姿を皆が見ていたし、晩餐の折には、お兄様から一本取ったと嬉々として話すツェナの姿も見ていた。
 なにより、ツェナが物心つく頃から、ライマールはツェナに剣を熱心に教えていたし、ツェナも兄を慕っていた。ライマールがツェナを疎んじている様子も、二人が喧嘩をしたような様子もなかった。


「アスベルグ騎士団が総出でツェナ様の行方を探しました。しかしいくら探しても足取りは掴めず、真偽も解らずじまいで……陛下もクロドゥルフ様もかなり参ってしまって……中でも皇后様のショックは相当なもので、今だに体調を崩されることがあるんです」


 皇后はその事件以前から、ライマールのツェナに対する扱いに関して、あまりいい顔をしていなかったのだという。
 姫君に必要とは思えない剣技や処世術を教え、時に怪我をして帰ってくるツェナに、皇后は何度もライマールを叱っていたという。
 皇后は元々娘を欲しがっていたところもあったので、待望の姫の扱いに、かなり肝を冷やしていたという。


「陛下もクロドゥルフ様も剣術に関してはライマール様を咎めていたのですが、ライマール様はガンとしてツェナ様に剣技や処世術を教え続けていました。今思えば、ライマール様は初めからツェナ様を城の外へ出すつもりだったのではと、そんな気がしてならないのです」


 初めから城の外へと言われて、やはりなにか理由があったのだと、エイラは難しい顔をする。


(なにか……実の妹を城の外へと出さなければいけないなにかを、ライマール様は視てしまった……?)


 それがなにかは判らないが、ライマールが一人で全て抱え込んでしまう人だという事を、エイラはもう理解していた。
 妹姫の物心つく頃からということは、ライマールは幼い頃から幾つもの大きな秘密を抱えて来たということになる。
 一昨日見たライマールの泣き顔を思い出し、エイラはズキリと痛む胸を思わず押さえた。


「エイラ様、お願いです。どうかライマール様に話を聞いてもらえませんか? あの事件以来、ライマール様は立場を悪くされているのです。皇帝位の座を狙うための手始めだったという人や、元々剣を教えるという名目でツェナ様を虐めていたのだという人、なかには魔法研究のために殺害したことを隠しているのだという人までいるんです。ライマール様はツェナ様は亡くなられたと仰いましたが、絶対に生きていると、そう思うんです! このまま……家族とも孤立したままで、この国を出て行くつもりだなんて悲しすぎます」

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