デール帝国の不機嫌な王子

みすみ蓮華

守りたい者 2

 =====






「竜の国国主、エイラ・リータ・クロンヴァール女王陛下、並び、第二王子ライマール殿下、ご入場〜!」


 騎士が高らかと宣言すると、会場がしんと静まり返り、扉へと視線が集中する。
 しばらくの後、ぎぃぃ……という重い扉の軋む音が会場に響き渡り、粛々とエイラとライマールが会場内に姿を現した。


 会場に入ってまず目に飛び込んできたのは、大勢の来客と、シャンデリアの上で様々な色に輝く魔法の光だった。大理石で出来た広いホールの奥には玉座があり、その前で皇帝と皇后、下座にはクロドゥルフとイルミナが並んで立って、エイラ達の入場を見守っていた。


 微笑を浮かべるエイラは、絹地に淡いピンク色のレースをあしらった清楚なドレスに身を包み、後頭部にはドレスと同色のレース地の短いベールを、そして急ごしらえではあるが、ダイヤをちりばめた簡易の小さな冠を身につけている。
 エイラの白金のような金糸は、左右の一房を三つ編みにし、それを後ろで一つに纏め、他の髪とともに下ろしている。
 さらにその髪には、デール帝国建国の際に、竜の国から譲り受けたと伝えられている、色取り取りの小さな野花が編み込んである。


 冷淡な面立ちにも関わらず、誰もがうっとりするような装いをしているのだが、エイラにうっとりと見入っているのはライマールだけで、会場にいた王族及び貴族たちは、美しく気高い女王よりも、自国の王子に目を見開いて息を飲んだ。


 ライマールが舞踏会や年中行事に顔を出すのは、もちろんこれが始めてのことではない。
 しかし、バッサリと前髪を切り、素顔を晒した状態で、キチンとした正装姿というだけでも驚きだというのに、あろうことかあの・・奇行王子が、微かに笑みを浮かべているのだ。


 一歩一歩と二人が前へ進み出れば、会場内があっという間にどよめきに包まれる。
 好奇な目を向けるもの半分、顔を青ざめるもの半分と言ったところか。
 中には頬を染める若い婦人の姿も見て取れたが、エイラの耳に入ってくる話し声は、やはり不快な憶測のものが大半だった。
 平静を装いながらも、チラリとライマールを見上げれば、少しだけ頬が引きつっているのが視界に入る。


 エイラは真っ直ぐと前へ視線を戻し、小さな声でライマールに声を掛けた。


「大丈夫ですよ。私が・・ライマール様を知っています」


 ぎゅっとライマールの腕に回した手に力を込めれば、ハッとしたライマールが、それに応え、同じように腕に力を込めて返した。


 エイラとライマールが皇帝の前へ歩み寄れば、皇帝と皇后も席から離れ、こちらへと歩み寄って来た。
 その少し後ろに続くように、クロドゥルフとイルミナが笑みを浮かべて近づいてくる。


「本日は急な訪問にも関わらず、このような催しを私のために有難う御座います。素敵な衣装も揃えて頂いて、なんとお礼を申していいものか」
「いやいや、こちらこそ本当にこの度はご迷惑をおかけしました。ささやかなもてなしではありますが楽しんで頂けたら幸いです。妻とはまだ顔合わせをしておりませんでしたな。これが我が妻のジーネットです」


 皇帝が皇后を紹介すれば、皇后はエイラと笑顔で握手を交わす。
 齢を重ねてもまだ若々しく感じられる皇妃の面立ちは、ライマールによく似ているが、髪や目の色は、ライマールと同じ黒とスミレ色の貴婦人だった。


「挨拶が遅れてしまいまして申し訳ありませんでした。初めましてエイラ様。陛下の妻でクロドゥルフの母の・・・・・・・・・ジーネットと申します」


 蠱惑的な雰囲気ながらも、優しげな笑みを浮かべて、皇后はエイラに黙礼をする。
 エイラに敵意を持っている様子は見受けられないが、どこか棘のある言い方に違和感を覚え、エイラは内心首を傾げる。
 それでも浮かんだ違和感を顔には出さずに、微笑を浮かべて皇后に挨拶を返した。


「ライマール様……大丈夫ですか?」


 不意に、クロドゥルフの隣にいたイルミナが、困った顔でそう呟いたのを耳にして、エイラはなにげなく隣を見上げた。
 そこには真っ赤な顔で口をへの字に曲げて、またなにかに耐えている様子のライマールの姿があった。
 彼の目がうっすらと赤らんでいることに気がつき、エイラは咄嗟に皇帝に話し掛ける。


「昨日は一日ライマール様にお相手して頂いて、久しぶりに充実した一日を過ごせました。穏やかな日常など縁がないと思っておりましたが、ライマール様がお相手なら、私もそのような日常を送れるのではと、今は夫婦として隣に並ぶ日が待ち遠しいと思っているんですよ。ライマール様にもここまで感動して頂けるとは思っておりませんでした」


 今にも泣き出しそうなライマールの顔を見て、皇帝もクロドゥルフもポカンとした顔をしていたが、ハッと意識を取り戻したクロドゥルフが、エイラのフォローに気がついて、慌ててそれを援護した。


「本当にこいつには驚かされてばかりだが、全く困ったやつだな。そうかそうか! 泣くほど幸せか! いやーよかったな!」


 バシバシとライマールの肩を叩きながらクロドゥルフが言えば、「痛い」と、ライマールはなんとか気を取り直し、クロドゥルフを睨みつける。
 皇帝はクロドゥルフの言葉でやっと我に返り、「そ、そうか」と、口ごもった。


「えー、あー……ライマール。そろそろ踊ってきてはどうだ? 今日はお前たちが主役だ。お前達が踊らなければ始まらんからな。エイラ様、泣き虫の愚息ではありますが、私の息子を頼みます」


 皇帝の言葉に、エイラはニッコリと微笑んで「はい」と答える。
 ライマールはエイラに向き直り、粛々と礼をすると「踊って頂けますか?」と、少々強張った笑みを浮かべながら、なんとかといった様子で催促をしてきた。
 彼のかぎこちない笑みを気にしながらも、エイラは微笑を浮かべてライマールに応え、ホールの中央に進みでる。


 楽団がワルツを奏でれば、二人はピッタリと息を合わせ、軽やかに舞って、ホールをくるくると旋回する。
 一周した所で、待ち兼ねたとばかりに次々と他の貴族たちもダンスの輪を作り始めた。
 他の貴族に紛れながら「お上手なのですね」と、エイラが笑みを浮かべてライマールに囁けば、ライマールはようやく嬉しそうに破顔する。


 ライマールの緩んだ笑顔に、エイラはホッとして肩の力を抜いた。
 実のところ、エイラはそこまでダンスは得意ではなかった。
 誘われたことは多少なりともあったが、竜の国では舞踏会はそこまで頻繁に行われていないのだ。
 そういえば昔はクロドゥルフに嫁ぐのだからと、兄に無理やり覚えさせられたなと、エイラはぼんやりと思い出す。
 クロドゥルフとも踊ったことはあったが、ここまでスイスイと滑るようにリードをしてもらっていた記憶はなかった。


 そんなことを考えていたら、不意に耳元で低く、ほんの少し甘みを帯びた声が聞こえてきた。


「さっきは助かった。…………一緒に踊るのが、ずっと夢だった。……服も、似合っている」


 ライマールは恥ずかしそうにポツポツと要点だけを口にする。
 しかし視線だけは逸らすまいと、頬を染めたままエイラを見下ろせば、エイラもなんとなく恥ずかしくなって、照れ臭そうに目を細めた。


 幸せそうに踊る二人に、誰もが目の錯覚ではないかと注目する中、ただ一人、皇妃だけが一度もそちらを見ようとはしなかった。

「デール帝国の不機嫌な王子」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く