デール帝国の不機嫌な王子

みすみ蓮華

神の肉片と魂の番人 3

 =====




 ライマールは真っ黒な何もない空間に佇んでいた。
(……ここか。久し振りだな)


 先視さきみをして意識を失うなど、ツェナの時以来だなとライマールはぼんやりと思う。


(ここに来るのもこれで三回目か。ツェナの時と……俺が生まれる・・・・直前、か)


 何か重要なことがあれば呼び出される・・・・・・
 そういう約束をこの世に生を受ける前にに交わしていた。
 ライマールはその場に座り込んで、呼び出したであろう人物をジッと待ちつづける。


 しばらくすれば、目の前に真っ白な霧のようなものが現れ、人の形を成す。
 やがてそれはハッキリとした形で、髪の先からつま先まで、全体的に蒼白い、ライマールとそっくりな人物へと変化した。


「久し振りだね」


 ライマール本人とはうってかわって、その人形ひとがたが穏やかな微笑みを浮かべると、ライマールは少し嫌そうに顔を歪める。


「その顔でそんな風に笑うな。居心地が悪い」
「まぁまぁそう言わずに。私はもう死んでしまって・・・・・・・いるし、前世の形なんて覚えてないのだから」


 あっけらかんと頭の後ろで手を組みながら、蒼白いライマールが肩を竦める。
 ライマールはむすっとしながら明後日の方向へ視線を外す。


「何の用だ。魂の番人」


 ライマールが目の前の自分そっくりな男をそう呼べば「、おや?」と、魂の番人と呼ばれた男が呆れたようにライマールに言った。


「今の番人はお前だろう? 私が死ぬ寸前にそういう契約をしたはずですよ。せめて"元"をつけなさい」


 何が契約だ。とライマールは悪態をつく。
 メルにすら話したことのない、先視よりも重大なライマールの秘密。
 それはライマールが生まれる前にまで遡る。


 魂の国の時間は、ハイニアのある世界で流れている時間と随分差があった。
 遅れたり早くなったりと不安定な世界で、そのためにハイニアで起こった三五〇年前の戦争のツケが、ライマールが生まれる少し前に魂の国にやって来たのだ。
 地殻変動が起き、無理やりハイニア側へと引き戻されていた魂達が一気に押し寄せ、不完全な状態で魂の国で新しい肉体を得ようと、もがき苦しみ始めていたのだ。


 番人はそれらをなんとか正常な状態へ戻すために、自らの血肉を使う必要があった。
 しかしハイニア側の神が存在していない今、魂の国の管理者までもが不在となる事態は避けなければならなかった。


 番人は押し寄せてきた不完全な魂の中から、幾つかの魂を選び、それらを一つの新しい魂へと作り変え、自らの命の一部をそれに分け与えた。


『お前にはあちら側へ行き、世界を正常な形へ戻す義務を授けましょう。そして私が死した時、私はお前の元へ必ず還る。お前があちらで生を終え、次に私が目覚めるまで、お前は魂の国の管理者として、私の代わりに働きなさい』


 そう言いながら、新しく作り出した魂に、番人は契約の刻印を貼り付けた。
 その魂は、かつてネクロマンサーと呼ばれた罪深き者達の魂の断片の塊であり、デール帝国の第二王子として生を受けたライマールだった。


 前世の業を現世に背負わされ、契約というよりも呪いと言える一方的な契約に、ライマールはむすっと胡座をかきながら片肘をつく。
 この契約のおかげで、死霊の相手は元より、あちら側の管理までもしなければならないライマールには、休まる時間などどこにもないのだ。


「用があるなら早く言え。俺は誰かのせいで忙しいんだ」


 ライマールが不機嫌にそう言うと、元番人はヒョイっと肩を竦めて「まぁまぁ」とライマールを宥めてみせた。


「好きな女性ひとの側にいられるのだから、そう悪い人生でもないだろう? 必要なものは過保護なくらい与えているし、忙しいのは大目に見てほしいね。それに、私の助言が必要なのではないかな?」
「……アレを浄化する方法があるのか?」


 ライマールが訝しみながら元番人に問えば、彼はにっこり微笑んで頷いてくる。


「神の肉片って、要はつまり、私と同質の物質ってことだ。私も番人なんて呼ばれてはいたが、早い話が魂の国の主神に違いない。管理者か創造神か、違いと言えばそれくらいかな?」
「で?」
「まぁ、焦らずに。お前も私に干渉して管理者の力を使えるだろう? やることはいつもと変わりないよ。ただあの肉片に直に触れても意味はないよ。今のアレは、自力で立ち上がることのできない赤子みたいなものだからね。媒介を通じて話しかける必要があるよ」


 媒介? とライマールは首を傾げる。
 すると元番人は「分からないかな?」と肩を竦めた。


「要はここと同じような空間が必要なんだ。うってつけの場所がなかったかな? 一番初めに」


 それを聞いたライマールは、瞬時に顔を強張らせる。


「まさか……またアレをリータに戻せと言うんじゃないだろうな!?」


 冗談じゃない!とライマールは憤慨する。


(折角穢れから解放したというのに、あの状態の"神の肉片"をリータに戻したら、リータはまた苦しむことになる!)


 掴みかかる勢いでライマールが拳を握り元番人を睨み付けると、悪びれもせずに元番人はひょいっと肩を竦めた。


「だが他に方法がない。多少また"呪"の影響を受けることにはなるだろうが、それも一時のこと。話せば判らないではないだろう?」


 元番人に言われ、ライマールは唇を噛みしめる。
 そんなことは自分が一番分かっている。
 国のためなら喜んでエイラは自分の身を捧げるだろう。
 真面目で責任感が強く、誰よりも王であろうと努力する。それがエイラなのだ。


「……ここと同じような空間と言ったな。だったらここへ連れてくればいい」


 ライマールがキッと元番人を睨みつけながら唸るようにいえば、元番人は「それは無理だね」と、首を振る。


「お前が取り込めば、お前が汚染されてしまう。そうなったらもう浄化どころの話ではなくなるよ? 下手したら私まで汚染されてしまう。それに、あの肉片が選んだのは、クロンヴァールの人間だろう? 相性はいいに越したことはないんだよ?」


 ライマールは険しい顔で押し黙ると、悔しそうに拳を握り声を絞り出した。


「それで本当に浄化出来るんだな? 一時で済まなかったら俺はお前を……」


 続ける言葉に迷った挙句、一生許さないとライマールは呟く。
 元番人は少し苦笑しながら、ライマールに頷いて返事を返した。


「お前は人を罵倒する事が苦手だねぇ。素直に育ってくれて、魂の父として嬉しい限りだ。それはともかく、浄化が成功するかしないかは、お前次第だよ。相手は元神だけに一筋縄ではいかないかもしれないが……まぁ、私も出来うる限り助力するから、大船に乗ったつもりで任せるといい」


 フフフと笑う元番人に、泥舟の間違いではないだろうかとライマールは眉を顰める。
 どちらにしても解決策がそれしかないのであれば、これ以上の被害者を出さない為にもやるしかないなとライマールは苦渋を飲みながら決断した。


(すまない……リータ……)


 今にも泣き出しそうな顔のまま、ライマールは意識をうつつへと戻していった。




 =====




 ライマールは意識を取り戻すと、自分の体が何か柔らかいものに包まれている感覚に、居心地の良さを感じた。


「気がつきましたか?」


 耳元でエイラの声がして、まだ幾分かボーッとしていた意識のを振り払う様に首を振ろうとする。
 しかしそこで、ふにゃりと柔らかいものが顔に当たり、それが彼女の胸だと気がついて、ライマールは慌てて身体を起こして仰け反った。
 ゴンっと後ろにあった机に頭をぶつけたが、その痛みも気にする余裕もないほど動揺した状態で「すまんっ!」と、ライマールは顔を真っ赤にしてエイラに謝罪する。


 意識を手放した時、どうやらリータを下敷きにしてしまったらしい。と、ライマールは狼狽える。
 少し勿体無いことをしたと、不埒な考えが一瞬頭をよぎったが、ぶんぶんと首を振って、そのまま顔を腕で隠し、そっぽを向いた。


「大丈夫ですか? あまり無理をしないで下さい。頭も……凄い音がしましたが……」


 心配そうに手を伸ばしてくるエイラに、「問題ない」と答えながら、慌てて自分の後頭部を隠すように触れる。
 少しばかりコブになっているようだったが、そんなことはどうでもいいと、ライマールは首を振った。


「怪我はしていないか? 俺はどれくらい倒れていた?」
「私は大丈夫ですが……時間はどうでしょう? それほど長くはなかったと思いますが……あの、本当に大丈夫ですか?」
「問題ない。それよりアレの浄化だ。……リータに頼みたいことがある。また苦しめることになってしまうが、他に方法がないようだ」


 神妙な面持ちでライマールが言えば、エイラはハッとした後、同じように神妙に頷いた。


「私に出来る事があるならなんでも仰って下さい。どんなことでも致しますから」


 エイラがそう言えば、ライマールは、やはりか……と、また力なく笑う。


(俺は本当に情けない男だな……)


 惚れた女も守れずにまたこんな選択しか出来なかった。
 せめて苦しむ時間だけでも短くなるように努めようと、ライマールはグッと息を飲み込んで、エイラに詳細を話し始めた。

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