デール帝国の不機嫌な王子

みすみ蓮華

神の肉片と魂の番人 2

「そうですか……そう、ですよね……」


 難しい顔をしてエイラは黙り込んで俯く。
 アレは確かに国家機密で、クロンヴァール家の嫡子以外が知っていてはいけないものだ。
 しかし一晩冷静に考えて、これ以上被害を増やすべきではないし、ライマールの本心を聞いてから、話をするべきか否か決めるのも遅くないのではと、エイラは改めてライマールの元へと訪れたのだ。
 そしてその判断は間違っていなかったとエイラは確信する。


「……昨日も言ったが、話せないのならば無理に話す必要はない。自力で調べればいいだけのことだ」
「いえ、興味本位でないのであればきちんとお話ししようと思います。ただその、人に話したり書面などに記録を残すようなことはしないで欲しいのです。出来れば処分も……」


 もっともアレが本当にアレであるならば、処分は難しいとは思うのですが……と、エイラはぼんやりと思案する。
 ライマールは処分をしないで欲しいというエイラに眉を顰めたが、よほど切羽詰まっているのか、とりあえずといった感じで頷いてきた。


「リータがそう望むなら記録は残さない。処分については約束しかねるが……」


 困った顔でライマールが言えば、エイラは少し慌てて返事を返す。


「どうしても処分しなければならないのであれば、しょうがないとは思うんです。全ては私が至らなかったせいですし……。人の手に渡ってしまうくらいならば、その方がいいのかもしれません……」


 この先どうなってしまうのだろうかという不安はあったが、責任は全て自分にあって、ライマールにある訳ではない。
 せめてアレの行く末をしっかりと見届けようと、エイラはグッとお腹に力を入れる。


「……お前だけの責任ではない」


 ライマールは少し悲しそうにそう呟いた後、お茶を持ってきたメルと、後ろで雑用をこなしていたアダルベルトに退出を促した。


「お前ら、しばらく席を外せ。部屋に誰も近づかせるな」


 二人は粛々とお辞儀をすると、言われた通り部屋を出て行く。
 直後、ライマールは昨日と同じように呪文を唱え、部屋に防音の結界を張った。


「これで俺以外には聞こえない。心配なら一通り部屋を調べてくるが……」
「いえ、十分です」


 エイラは一度落ち着こうとお茶を一口口に含むと、ふぅ……と深呼吸をして漆黒の薔薇の実について自分が思い当たったことを話し始める。


「私も実際に目にするのは初めてで……。おそらくとしか言いようがないのですが、アレは、クロンヴァールの直系……しかも嫡子にしか受け継がれないと言われている"神の肉片"ではないかと……」
「神の肉片? 何だそれは」


 言葉の意味通りに捉えれば、あまり気持ちのいいものではないだろう。
 実際そう思ったのか、ライマールは不快感をあらわに、思い切り顔をしかめていた。
 実際に肉片なのかどうか、真実は確かめようがないが、あれが神聖なものであるのは確かだ。
「ライマール様は主神の最期をご存知でしょうか?」と、エイラはライマールに問いかける。


「人間に恋をした天神族が原因で、天罰を落とそうとして自滅したという伝説か?」
「はい。その話には、クロンヴァール家だけにしか伝わっていない話があるんです。"ーー竜族と神獣達は雷に驚き地上へと逃れ、天神族は力を失い、空に溶けた。主神は最後の力を振り絞り、自らの力の一部を切り離し、ハイニアの大地を守る為、それを人の王、クロンヴァールへ分け与えた"」


 王が受け取ったのを確認すると、主神は空へと溶けていった。とエイラは語る。


「神の……力の一部? あれがそうだというのか?」


 俄かに信じられない話に、ライマールは思わず後ろを振り返る。
 瓶の中の薔薇の実は、やはり小さな黒い棘を少しづつポロポロとこぼしながら転がっていた。


「王位を受け継ぐ時に行う儀式があるのですが、その儀式で自動的に受け継がれるのがその"神の肉片"だと言われています。どのようにして体内に入り込むのかは、儀式を行った私でもよくはわかりませんでしたが、儀式を終えた後、あそこにあるものと同じ気配が私の中にあったのをよく覚えています。その時はあのように穢れてはいなかった筈ですが……。でも今、私の中にアレと同じ気配を感じないことを考えると、そうとしか思えないんです」


 ライマールは話を聞いて難しい顔で腕を組み、唸りながら思案しはじめる。


「神の肉片……神の力の一部……クロンヴァール…………もしかして……あれは竜の祝福……魔法文字を生み出す力があるのか?」


 ハッとしてライマールが言えば、エイラは目を見開いて少し戸惑った後、コクリと小さく肯定する。
 断片的な情報しか与えていないのに……メルがライマールを自慢したがるのも頷ける。
 エイラの頷きにつられるように、どおりで……とライマールも納得する。


 "呪"は異質ではあるが魔法文字の一種には変わりない。それが無限に湧いてくるのだから、新たな文字として"呪"が生み出されている状態なのだろう。
 恐らくは穢れてしまったことが原因で"呪"を生み出してしまっている。


(その穢れた原因は……なんとなく釈然とはしないが、リータの言っていた香なのかもしれない)


「あれと同じものはないのだな?」


 ライマールが念を押すようにエイラに尋ねれば、エイラはコクリと頷く。


「魔法文字を生み出す唯一の物ですから。処分するとなると、今後新たな国ができても祝福を与えることは困難になるかと思われます」
「それは……困るな」


 竜の国が、創生の頃からどの国からも侵略されず敬われているのは、ドラゴンが護っているからというのもあるが、祝福を与えられる唯一の国だからだ。
 竜の祝福には、新たな国に住まう者を加護する意味合いもあるし、竜の国の権威を示し、大陸にある国々とのバランスを取る意味合いもある。
 形式的なものではあるが、祝福が失われてしまえば徐々に竜の国の立場も失われ、他国は次々に力を誇示し始めるだろう。
 そうなれば、ハイニアの各地で戦争が起こってしまう。


 そんな事を考えあぐねていると、ライマールの瞳がゆらりと金色に輝く。


「……このままではダメだな。…………処分してもダメだ。必要なのは……浄化」


 ライマールは険しい顔で立ち上がり、ソファーの後ろにある机の上から"神の肉片"の入った大きな瓶を手に取る。


「なるべく早急に穢れを取るには……やはりユニコーンの力、か?……」


「ゼイル」と、口にしかけて、ライマールはその名を呼ぶのを途中で止める。
 ゆらゆらと金色の輝きを強めれば、手に持っていた瓶を机に置いて、体を支えるように手をつき、ライマールは大粒の汗を流しながら項垂れた。


 苦しそうな様子のライマールを見て、エイラは思わず立ち上がり駆け寄る。
 突然どうしてしまったのかと困惑するエイラに、ライマールは少し八つ当たり気味に、差し出されたエイラの手を払い除けた。


「問題、ない……今、解決方法を探って……くそっ! こんな時に…」
「ライマール様!」


 なにか言いかけて、ライマールが膝からがくりと崩れ落ちる。
 慌ててエイラはライマールの体を支えようと抱きつくも、ライマールはそのまま意識を手放し、エイラはその重みに耐えられず、ライマールと共に床に崩れ落ちた。

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