デール帝国の不機嫌な王子

みすみ蓮華

Coffee Break : 策士

 クロドゥルフがエイラと婚約をして順調に二年が経ち、九歳になったライマールは、一人、焦りを感じていた。
 クロドゥルフは努力すれば振り向くなどと、適当にライマールをあしらったが、二年も経てば流石に兄が嘘をついたのだと理解し始めていた。


 あれから努力しようにも、竜の国へ連れて行ってもらえる気配は一向にない。
 それならせめて手紙でも書こうかと思ったのだが、いざペンを手に持つと、なにを書いていいのか思い浮かばず、更に手まで震えてしまい、上手く文字を書くことすらできなかった。


 それなら贈り物をとも思ったのだが、エイラがなにを好きなのか知らなかったので、クロドゥルフとの差をつけようにもつけられずにいた。
 そもそもあの父と兄が黙ってそれを許すとも思えなかった。


 成長すれば、自分の置かれた状況が嫌でも分かるようになる。
 アプローチしようにも、周りがそれを許さないのだ。


 万策が尽き、この日も途方にくれて庭の隅でメソメソと膝を抱えていると、見知った銀髪の青年が、見兼ねたようにライマールに話しかけてきた。
 額からはねじれた小さなツノが生えていて、明らかに普通の人間とは違っている。


「ほんっとお前はよく泣くガキだな。お前の親父も泣き虫だったけど、お前みたいに四六時中泣いてなんかなかったぞ?」
「……五月蝿い」


 声を掛けられてライマールはチラリと青年を見上げると、ぷいっと不貞腐れてそっぽを向く。
 すると青年はライマールの前でかがみ、遠慮なしに顔を覗き込んできだ。


「毎日毎日飽きもせず、なにがそんなに不満なんだ? 相談に乗ってやっから話してみろよ」


 少しだけ意地悪そうな笑みを浮かべながら青年が言えば、ライマールは俯きながらムッとしてポツリと呟く。


「……リータに逢えない。手紙も、贈り物もできない。こ、このままじゃ、リータは兄上と結婚してしまう」


 改めて言葉にして、ライマールは綺麗な紫色の瞳から、涙をボロボロと滝のように垂れ流す。
 青年はライマールの姿に呆れ、その場で胡坐をかくと、苛立たしそうにライマールの頭をグシャグシャと乱暴に撫で回してきた。


「っだーーー! もう! うっとおしいなぁ!! いちいち泣くんじゃねぇ! いいか? オスってのはメスを奪い合うようにできてんだ。それが自然の摂理だ。その競争の中で、勝ち抜いたオスだけがメスを獲得できる。本気でソイツが欲しいなら、どんな手使っても兄貴を蹴落としやがれ!」
「で、出来ないから、困っている、んだ」


 少々乱暴なアドバイスにしゃくりあげながらライマールが答えれば、青年は腕を組みながら「あめぇな」とニヤリと笑う。
 だいたいメスとかオスとか、彼の基準は少しずれているような気がする。


「惚れた女に近づけないなら兄貴をどうにかすりゃ良いんだよ。例えば……そうだな、不名誉な噂流すとか、女の前で恥をかく様な細工をするとか」
「そ、そんな酷いこと、よくない。あ、兄上に嫌われる」
「お前……本当にバルフ・ラスキン家の王子か? 呆れるくらいお人好しだな……」


 毒気を抜かれて青年が肩を竦めれば、ライマールはムッと青年を睨みつける。
 歴代の先祖が具体的にどんなことをしてきたのかは知りえないが、相手は実の兄だ。大事な家族だ。たとえ好きな人を奪われたとしても、蹴落とすなんて真似ができるわけがない。


「……兄上に嫌われるのは嫌だ」


 ポツリとそう言ってまた俯けば、青年は大きな溜息をついて、今度は自分の頭をグシャグシャと掻きまわしてくる。


「めんどくせぇなぁ……。あいつはあいつで別にお前ほど本気じゃねぇと思うけどなぁ……。あー、ならあれだ。お前はお前の"力"を使えばいいじゃねえか。兄貴に別の女をあてがっちまえばこっちにお鉢が回ってくんじゃねぇの?」


 我ながらいい案だ。と青年は腕を組みながら満足そうに頷く。
 ライマールは目からウロコといった様子でぽかんとしていたが、やがてなにかに気が付いたようにハッとして、泣き顔から真剣な顔へと表情を改めた。
 そしてその瞳を金色に変え、忙しなく動かしたかと思えば、やがて花を咲かせたように破顔した。


「いたぞ。兄上の花嫁だ」


 瞳をキラキラと輝かせて嬉しそうにするライマールに、青年は苦笑して頷き返す。


「後はくっつけちまえばいいだけだ。お前、頭良いんだからそれくらいできんだろ? ホント世話がかかるガキだな。これくらいの策は自分で思いつくようになりやがれ」
「分かった」


 ライマールが素直に頷いて立ち上がると、青年はまたクシャクシャとライマールの頭を撫で回す。
 ライマールは少しムッとした後、その手から逃れる様に慌ただしく庭園の入り口へと駆け出して行った。


「ゼイル! ありがとう!」


 角を曲がる直前に、ライマールは嬉しそうに振り返り、青年に手を振りまた駆け出す。
 途中で足を引っ掛けて転ぶ姿を見て、青年ーーゼイルもまた苦笑を漏らした。


「ありゃぁまだ当分手がかかるなぁ。しょうがないガキだ」


 悪態をつきながらも、その目は優しく、ライマールの背を見つめていた。
 その姿が見えなくなると、ゼイルはその場でクルリと一回転をする。


 額から生えた捻れた小さな角が、中空で弧を描き、ピタリと止まったところで、その姿は青年から長い角の生えた真っ白い馬へと変化していた。
 ゼイルは嬉しそうにいななくと、フワリと風に巻かれながら、遥か上空の雲の上へと駆け出していった。

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