デール帝国の不機嫌な王子

みすみ蓮華

自意識過剰に罰当たり 6

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 ライマールの指示を受けて、アダルベルトがエイラ達の元へ訪れる。
 騎士団の様子を見学中だったエイラは、やっと話してもらえるのかと安堵し、メルと共にライマールの元へと足を運んだ。


 案内されたライマールの研究室の中は、空の瓶が至るところに散乱していて、なぜかグッタリと疲れた様子のライマールが部屋の隅で座り込んでいた。
 部屋の換気をしたのか、やけに澄んだ空気が部屋の中を包み込んでいた。
 アダルベルトは不思議そうに首を捻っていたが、メルはなにか思い当たったのか、呆れた顔で腰に手を当て、座り込んだ自分の主人を見下ろした。


「ライマール様……瓶の中身はどうしたんですか?」
「……処分した」
「……いやに部屋の空気が澄んでいますが、まさかアレ・・を使ったんじゃないでしょうね?」
「…………」


 メルの指摘が的を得ていたのか、ライマールはプイッとそっぽを向いてしまう。
 それを見たメルは「はぁ〜……」と大きくため息をついて肩を落とした。


「たかが"呪"を処分するのに何でまた……馬鹿ですか貴方は」
「リータが来るまで時間がなかった。……嫌われるのは困る」
「散らかってると嫌われると思ったんですか? 空の瓶が散乱してる時点で意味はないですよ? ソレ……」
「…………何?」


 どうやら中身を処分するのに必死だったらしく、ライマールはメルの指摘に部屋中を見渡した後、途方に暮れてしまったらしく、そのままピタリと固まってしまう。
 少々感覚のズレた主人に頭を抱えながら、メルがまた溜息をついて、近くにいたアダルベルトに声を掛けた。


「ドラゴ、瓶を片付けるの手伝ってくれ。まぁ、もう見られてるのでどうしよもないと思いますが……エイラ様、あまり幻滅なさらないであげて下さいね。こう見えて割と繊細なんですよ、ライマール様は」
「私も片付けは苦手ですからお気になさらず。それより疲れているみたいですが、大丈夫なのですか?」


 部屋の様子よりも、グッタリと座り込んでいるライマールが気になって、エイラは迷わずライマールの前で屈み込む。
 顔色が少々悪く、薄っすらと汗をかいて、なんだかとても苦しそうだ。
 熱はないだろうかと心配になってエイラがライマールの額へ手を伸ばせば、ライマールは反射的にパシリとその手を払いのけた。


「問題ない。聞きたいことがあるから適当に座れ」


 鬱陶しそうにライマールに言われ、エイラは戸惑いつつ辺りを見渡す。
 ソファーの上には書類や本が乗っていたし、椅子の上にも何やらよく判らない器具が鎮座していた。
 手を動かしながらも、ライマールの言葉を聞いていたメルが、また呆れた様子で作業を止める。
 なんともなしにソファーの本をぱぱっと片付け、エイラにそこへ座るようにと申し訳なさそうに誘導した。


「すみません。いつもはこうじゃないんですよ? ちょっと目を離すとこうなってしまいますが……本当ですよ? あっ! 今、お茶お持ちしますね!」


 本を抱えたままバタバタと奥へと下がるメルに、「お気遣いなく」とエイラは申し訳なく声をかける。


「あの……それで、聞きたい事とは何でしょうか?」
「少し、待て……」


 やはり辛いのか、ライマールは深く深呼吸をすると、よろよろと立ち上がり、エイラの前にあるソファーへ移動し、座り込んだ。
 メルが慌ただしくお茶を運んでくれば、ライマールはメルとアダルベルトにも近くのソファーへ座るようにと促した。
 二人が素直に座ったところでライマールはカップにお茶を注ぎ、律儀に全員に振舞い始める。
 らしくない行動にアダルベルトが面を食らったのか、毒でも入っているのではないかと訝しげに眉を顰めていた。


「……ただの茶だ。いらんなら別に飲まなくていい。そこで大人しくしていろ。話をするのにガチャガチャと五月蝿くされては落ち着かん」
「……ボクもうなにもツッコミませんよ。ええ。その要因が誰であったかなんて分かり切っていますから。ええ」


 アダルベルトの反応にライマールがムッとする中、呆れた顔でメルが肩を竦める。
 ライマールはギロリとメルを睨みつけていたが、すぐにエイラに向かって本題に入った。


「お前が洗脳されるまでの過程をもう少し詳しく聞きたい。意識がなくなるまでの間に、なにか直接的なキッカケがあったはずだ。心当たりはないか?」


 ソファーに項垂れた状態でライマールがエイラに向かって質問をすれば、お茶を口に入れかけていたメルがゲホゲホと咳き込んでしまう。


「ちょっ……ライマール様っ! ドラゴが居るんですが?!」
「それがなんだ。お前はいちいち話を止めないと気が済まないのか?」
「いや、いやいや、いや!良いんですか?! あれだけ外部に漏らさないようにとボク達に念を押したのに! 腐ってもアスベルグ騎士団の堅物隊長ですよ?!」
「ふん、お前達ほど腐ってなどおらぬわ!」


 憮然とアダルベルトが皮肉を返すなか、話の腰を折られて不機嫌そうなライマールがアダルベルトをチラリと一瞥した後、メルに答える。


「心配ならお前が三ヶ月監視でもしていろ。機密は守れと最初に警告はした」
「……私は承諾した記憶はありませんぞ」


 フンッとアダルベルトがそう言えば、ライマールは慌てる様子もなく、ニヤリと口角を上げてみせる。


「お前が不敬を働いたこの女王陛下の話だ。口外すれば俺に迷惑がかかるどころか他国に迷惑がかかる。それでも竜の国の弱みを握り、皇帝やクロドゥルフに報告したいというのなら俺は止めないがな」
「ライマール様!?」
「そんな!!」


 ここにきてまさかのライマールの裏切りに、メルとエイラが悲痛な声を上げて立ち上がる。
 二人の慌てように驚いたアダルベルトは、反射的に耳を伏せる。


「……アダルベルトが報告したいというのであれば仕方がないだろう。こいつは帝国の騎士で帝国の利の為に動く義務もあるのだからな。もちろん俺も黙って見てるつもりはないが……アダルベルト、お前はここになんのためにきたんだ?」


 ライマールがそう問えば、アダルベルトはグッと押し黙ってエイラをチラリと見上げる。
 エイラが動揺を押し隠せずにアダルベルトを見つめていると、アダルベルトも居心地が悪くなったのか、押し殺すような声でライマールポツポツと答えた。


「それは……女王陛下に言われて、殿下達を見定めるために……」


 悔しげにアダルベルトに、ライマールは「フンッ」と鼻から嘲笑する。


「ならばせいぜいその目で黙って見ていればいい。三ヶ月後にそれでも報告すべきだとお前が思えばすればいい。だがなにも見えていない今は許さん」


 ライマールはそう言って今度はエイラへと向きなおる。
 立ち上がったまま瞳を揺らすエイラに、ライマールはアダルベルトへの態度を一転させて、柔らかい笑みを向けて手を引いた。


「そんな顔をするな。心配せずともこいつはお前を悲しませるような事はしない。今はとにかく座って俺の質問に答えろ」


 物言いはいつもと変わらないが、声色には明らかな甘さが含まれていて、普段の刺々しさはまるで感じられなかった。
 初めて目にしたのか、ライマールの物腰の柔らかい雰囲気に、メルもアダルベルトも我が目を疑い、しぱしぱと何度も瞬きをして、どちらともなく顔を見合わせていた。

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