デール帝国の不機嫌な王子
自意識過剰に罰当たり 3
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エイラの下した判決は、直後にクロドゥルフへ、翌日にはライマールとメルへと知れることとなった。
城内でも、女王の寛大な処分は瞬く間に噂となり、"冷酷な淑女"とは一体誰が言ったのかと、噂と実際のエイラとの違いに、驚く者が続出した。
朝餉にはクロドゥルフの妻のイルミナも顔を出し、エイラと始めて挨拶を交わした。
エイラより三つほど歳が上だったが、エイラよりも年下なのではないかと思ってしまうほど可愛らしい容姿で、見事なストロベリーブロンドの女性だった。
(皇妃を含め、まだ顔を合わせていない親族がいるはずなのだけれど……お忙しいのでしょうか?)
エイラは少し残念に思いながらも、ライマールの隣に座り、フォークを手に取る。
そのライマールはといえば、朝の挨拶はしたものの、少し不機嫌そうに黙々と食事を始めていた。
対して朝からご機嫌だったのはデール皇帝で、早速昨日のエイラの沙汰話に目を輝かせて、感激を露わにしていた。
「エイラ様の処罰は実に柔軟で妥当なものであった。我が国も見習わねばならぬな」
朝食の際に上機嫌で皇帝が言えば、クロドゥルフも満足げに頷き、エイラに笑顔を向けてくる。
「厳しい処分だけがその者にとって罰となるとは限らないという訳ですね。相手を見定めるのもまた必要。勉強になります」
「そんな、大袈裟です。私はただ、誤解があるのであれば早く解いた方がよいと思っただけです」
エイラが苦笑して言う隣で、ライマールはやはり不機嫌そうに皿を空けている。
少々気になって、チラリとエイラがそちらを見れば、ライマールもそれに気がつき、憮然としてエイラに言った。
「……あいつにとってはいい機会だな。俺にとっては大迷惑だが」
それは褒められてるんだろうか? 迷惑がられているのだろうか?
おそらく両方なのだろうけど、ライマールの微妙な反応にエイラは彼が機嫌が悪いのか平常なのか判断つきかねていた。
それを見かねたのか、呆れた様子でクロドゥルフがライマールに声をかける。
「ライマール、エイラ様を送り届けるまでお前、キチンとお相手して差し上げろよ?」
「……生憎だが仕事が立て込んでいる。メルにでも城を案内させよう」
クロドゥルフの言葉にライマールがそう答えれば、訝しげに皇帝がライマールを諌めた。
「お前は本当にエイラ様を好いておるのか? 無理やり連れてきておいて放置など、賓客に対して無礼にもほどがあるぞ!」
「……分かりました。リータ、後で迎えに行く」
ライマールに渋々といった様子で言わて、流石にエイラもムッとする。
相手をして欲しい訳ではなかったが、後でちゃんと説明すると言っておいて、一日経った今でもまだ説明を聞いていないのだ。
あの後、エイラは律儀にも夜遅くまでライマールを待っていたのに、説明に来る気配など全くなかった。
今日もきっとそのつもりなのかと思えば、必然的にムカムカと怒りがこみ上げてくる。
それでもなんとか苛立つ気持ちをぐっと抑えて、ニッコリと微笑を浮かべると、なるべく棘が立たないように気を付けながら、エイラはライマールに返事を返す。
「私のことは気になさらないでください。仕事の重要さは私もよく判っていますから」
「……そうか。ならやはりメルに頼もう」
黙々と食事を再開するライマールに、エイラは更に機嫌が悪くなる。
顔にこそ出してはいないが、場の空気が淀んだことに、皇帝もクロドゥルフもイルミナも食事の手が止まり、妙な汗を流していた。
「そ、そうだわ、三日後に、エイラ様のために舞踏会を開くことにしたんですよ? 竜の国ではあまり行われないとお聞きしまして」
「う、うむ。急場であまり豪華には出来そうにないのが申し訳ないですが、婚約発表も兼ねてと思いまして、いかがですかな?」
イルミナが思い出したように言えば、皇帝がそれに続いてフォローをする。
皇帝とイルミナの気遣いに気がつき、エイラはなんとか笑みを浮かべてお礼を述べる。
「突然の訪問の上、そのようなお心遣いまで……痛み入ります。……私はご迷惑をお掛けしてばかりですね。皆様もいつか我が国にも是非お越し下さい。できうる限りのおもてなしをさせて頂きますので」
「迷惑だなんてとんでもない! こちらこそ愚息が多大な迷惑をかけているというのに。……はぁ〜……ライマール! 聞いていたな? 当日はきちんとした格好でエスコートするのだぞ? その髪もなんとかしておけ!」
溜息まじりに皇帝が言えば、ライマールはムッと口を曲げて、なにも言わずに席を立って、そのまま食堂から出て行ってしまった。
バタンと乱暴に扉が閉まった瞬間、エイラ以外の誰もが心底困ったように頭を抱え出してしまった。
「あいつは……エイラ様、本当に断って頂いて良いんですよ? 私が言うのもなんですが、常にあんな感じの弟ですし……。きっとこの先もエイラ様にご迷惑をお掛けするんじゃないかと気が気じゃありません」
「ほんに、なぜあんな風に育ったのか……不甲斐ない父親で誠申し訳ない」
「いえ……確かにその、理解し難い面もあるとは思いますが……ライマール様は根は優しい方だと思いますので、大丈夫だと思います」
意気消沈する二人をなんとか慰めるようとエイラがそう答えれば、二人はなぜだかますます頭を抱え込んでしまった。
かける言葉を間違えてしまったのだろうか?
いよいよエイラは困ってしまい、ついイルミナの方に視線を向けてしまったが、彼女は彼女で申し訳なさそうにエイラに黙礼を返してきた。
どうしたものかと肩を竦めるエイラに、皇帝がなにかを思案しながら口を開く。
「エイラ様、それはあやつを庇っている訳ではなく、本当にそう思っていらっしゃるので?」
「え?……はい。ライマール様は確かに判りにくい方ですが、思いやりのある方だと思います」
確かに説明もせずにあのような暴挙に出たことは腹立たしいが、優しい人だと感じたのも本当のことだ。
見知らぬ自分を助けてくれたこともそうだが、普段はメルを少々ぞんざいに扱っているのに、アダルベルトとのやり取りでメルが悔しそうにしていた時、ライマールは気遣うように彼を励ましていた。
他にも要所要所で、彼はエイラを気遣ってくれていたと確信している。
ライマールの澄んだ瞳を思い出しながら、エイラがハッキリと頷いて答えると、皇帝はますます唸りながら頭を抱え、独り言のように呟いた。
「ならばなぜツェナは……あの子もエイラ様と同じことをよく口にしていたというのに……」
「父上!」
皇帝の思わずといった感じで漏れてしまった呟きに、クロドゥルフが慌てて止めに入る。
「あの……?」
なんとも言えない重い空気に、エイラはついにかける言葉を失う。
そんなエイラに気がついて、皇帝は少し疲れた様子で謝罪を返してきた。
「すみません。場の空気を悪くしてしまいましたな。余にはもうあやつの心が解らん。……情けない話ですが、エイラ様、息子をどうかよろしくお願い致します」
力なく頭をさげる皇帝に、エイラはただ曖昧に頷くことしかできなかった。
エイラの下した判決は、直後にクロドゥルフへ、翌日にはライマールとメルへと知れることとなった。
城内でも、女王の寛大な処分は瞬く間に噂となり、"冷酷な淑女"とは一体誰が言ったのかと、噂と実際のエイラとの違いに、驚く者が続出した。
朝餉にはクロドゥルフの妻のイルミナも顔を出し、エイラと始めて挨拶を交わした。
エイラより三つほど歳が上だったが、エイラよりも年下なのではないかと思ってしまうほど可愛らしい容姿で、見事なストロベリーブロンドの女性だった。
(皇妃を含め、まだ顔を合わせていない親族がいるはずなのだけれど……お忙しいのでしょうか?)
エイラは少し残念に思いながらも、ライマールの隣に座り、フォークを手に取る。
そのライマールはといえば、朝の挨拶はしたものの、少し不機嫌そうに黙々と食事を始めていた。
対して朝からご機嫌だったのはデール皇帝で、早速昨日のエイラの沙汰話に目を輝かせて、感激を露わにしていた。
「エイラ様の処罰は実に柔軟で妥当なものであった。我が国も見習わねばならぬな」
朝食の際に上機嫌で皇帝が言えば、クロドゥルフも満足げに頷き、エイラに笑顔を向けてくる。
「厳しい処分だけがその者にとって罰となるとは限らないという訳ですね。相手を見定めるのもまた必要。勉強になります」
「そんな、大袈裟です。私はただ、誤解があるのであれば早く解いた方がよいと思っただけです」
エイラが苦笑して言う隣で、ライマールはやはり不機嫌そうに皿を空けている。
少々気になって、チラリとエイラがそちらを見れば、ライマールもそれに気がつき、憮然としてエイラに言った。
「……あいつにとってはいい機会だな。俺にとっては大迷惑だが」
それは褒められてるんだろうか? 迷惑がられているのだろうか?
おそらく両方なのだろうけど、ライマールの微妙な反応にエイラは彼が機嫌が悪いのか平常なのか判断つきかねていた。
それを見かねたのか、呆れた様子でクロドゥルフがライマールに声をかける。
「ライマール、エイラ様を送り届けるまでお前、キチンとお相手して差し上げろよ?」
「……生憎だが仕事が立て込んでいる。メルにでも城を案内させよう」
クロドゥルフの言葉にライマールがそう答えれば、訝しげに皇帝がライマールを諌めた。
「お前は本当にエイラ様を好いておるのか? 無理やり連れてきておいて放置など、賓客に対して無礼にもほどがあるぞ!」
「……分かりました。リータ、後で迎えに行く」
ライマールに渋々といった様子で言わて、流石にエイラもムッとする。
相手をして欲しい訳ではなかったが、後でちゃんと説明すると言っておいて、一日経った今でもまだ説明を聞いていないのだ。
あの後、エイラは律儀にも夜遅くまでライマールを待っていたのに、説明に来る気配など全くなかった。
今日もきっとそのつもりなのかと思えば、必然的にムカムカと怒りがこみ上げてくる。
それでもなんとか苛立つ気持ちをぐっと抑えて、ニッコリと微笑を浮かべると、なるべく棘が立たないように気を付けながら、エイラはライマールに返事を返す。
「私のことは気になさらないでください。仕事の重要さは私もよく判っていますから」
「……そうか。ならやはりメルに頼もう」
黙々と食事を再開するライマールに、エイラは更に機嫌が悪くなる。
顔にこそ出してはいないが、場の空気が淀んだことに、皇帝もクロドゥルフもイルミナも食事の手が止まり、妙な汗を流していた。
「そ、そうだわ、三日後に、エイラ様のために舞踏会を開くことにしたんですよ? 竜の国ではあまり行われないとお聞きしまして」
「う、うむ。急場であまり豪華には出来そうにないのが申し訳ないですが、婚約発表も兼ねてと思いまして、いかがですかな?」
イルミナが思い出したように言えば、皇帝がそれに続いてフォローをする。
皇帝とイルミナの気遣いに気がつき、エイラはなんとか笑みを浮かべてお礼を述べる。
「突然の訪問の上、そのようなお心遣いまで……痛み入ります。……私はご迷惑をお掛けしてばかりですね。皆様もいつか我が国にも是非お越し下さい。できうる限りのおもてなしをさせて頂きますので」
「迷惑だなんてとんでもない! こちらこそ愚息が多大な迷惑をかけているというのに。……はぁ〜……ライマール! 聞いていたな? 当日はきちんとした格好でエスコートするのだぞ? その髪もなんとかしておけ!」
溜息まじりに皇帝が言えば、ライマールはムッと口を曲げて、なにも言わずに席を立って、そのまま食堂から出て行ってしまった。
バタンと乱暴に扉が閉まった瞬間、エイラ以外の誰もが心底困ったように頭を抱え出してしまった。
「あいつは……エイラ様、本当に断って頂いて良いんですよ? 私が言うのもなんですが、常にあんな感じの弟ですし……。きっとこの先もエイラ様にご迷惑をお掛けするんじゃないかと気が気じゃありません」
「ほんに、なぜあんな風に育ったのか……不甲斐ない父親で誠申し訳ない」
「いえ……確かにその、理解し難い面もあるとは思いますが……ライマール様は根は優しい方だと思いますので、大丈夫だと思います」
意気消沈する二人をなんとか慰めるようとエイラがそう答えれば、二人はなぜだかますます頭を抱え込んでしまった。
かける言葉を間違えてしまったのだろうか?
いよいよエイラは困ってしまい、ついイルミナの方に視線を向けてしまったが、彼女は彼女で申し訳なさそうにエイラに黙礼を返してきた。
どうしたものかと肩を竦めるエイラに、皇帝がなにかを思案しながら口を開く。
「エイラ様、それはあやつを庇っている訳ではなく、本当にそう思っていらっしゃるので?」
「え?……はい。ライマール様は確かに判りにくい方ですが、思いやりのある方だと思います」
確かに説明もせずにあのような暴挙に出たことは腹立たしいが、優しい人だと感じたのも本当のことだ。
見知らぬ自分を助けてくれたこともそうだが、普段はメルを少々ぞんざいに扱っているのに、アダルベルトとのやり取りでメルが悔しそうにしていた時、ライマールは気遣うように彼を励ましていた。
他にも要所要所で、彼はエイラを気遣ってくれていたと確信している。
ライマールの澄んだ瞳を思い出しながら、エイラがハッキリと頷いて答えると、皇帝はますます唸りながら頭を抱え、独り言のように呟いた。
「ならばなぜツェナは……あの子もエイラ様と同じことをよく口にしていたというのに……」
「父上!」
皇帝の思わずといった感じで漏れてしまった呟きに、クロドゥルフが慌てて止めに入る。
「あの……?」
なんとも言えない重い空気に、エイラはついにかける言葉を失う。
そんなエイラに気がついて、皇帝は少し疲れた様子で謝罪を返してきた。
「すみません。場の空気を悪くしてしまいましたな。余にはもうあやつの心が解らん。……情けない話ですが、エイラ様、息子をどうかよろしくお願い致します」
力なく頭をさげる皇帝に、エイラはただ曖昧に頷くことしかできなかった。
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