デール帝国の不機嫌な王子
自意識過剰に罰当たり 2
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エイラは案内された客間へ入ると、それまで我慢していた気持ちを一気に噴出するかのようにバタリとベッドの上に埋れ、のたうちまわる。
誰もいないからできる醜態を、思う存分ベッドへぶつけると、頬を染め、半泣き状態でむくりと起き上がる。
酷い人だ、とエイラはなんともいえぬ感情を枕にぶつける。
「なにが "ライム" さんですかっ! 酷いです! 横暴です! 確かに私達は婚約してました! でも、だからといって、こんなの酷すぎます!」
エイラが更に枕を振りまわせば、ばふばふと、ベッドの上で羽毛が弾ける柔らかい音がする。
城に着くまで話してくれる時間はいくらでもあった筈だ。
だというのになんの相談もなしに、あの場で、エイラすら騙し討ちする形で、強引に話を進めてしまったのだ。
ライマールがなぜあんな行動を取ったのか理解に苦しむところは多々あるが、納得できないものの、確かに竜の国を救うことへと繋がった。
エイラが普通に助力を頼んでいた場合、いくら帝国が竜の国に恩があったとしても、帝国直属の魔術団を動かすとなれば、それ相応のリスクがついて回っただろう。
なにぶん国は疲弊している状態で、あまつさえ竜の国には軍隊がないのだ。いくらドラゴンを使役できても、城の内部に入り込まれてしまえば、城をそのまま占拠される可能性だってあったかもしれない。
もしくはそこまでのことはせずとも、竜の国にとって不利益な要求をされてもおかしくはなかっただろう。
ライマールが出した、婚約という名目で魔術団の助力を得られるのなら、エイラの、ひいては竜の国の体面を保てる案は他にないだろう。
それにしても、だ。
初めにエイラを助けた時は、まぁ、確かに得体の知れない人間を拾ったのだから偽名を名乗ったのはしょうがないかったのだろうと納得はできる。
だけどそれでも自分が名乗った時に、ライマールも改めて名乗るのが普通ではないだろうか?
少なからず、あのようなことをするのであれば、前もって話してくれるのが筋と言うものだ。
政略結婚を受け入れられないほど、情けない女王ではないと、エイラはベッドの上で憤慨する。
自分を助けてくれたのだと、それだけは確信出来るが、考えれば考えるだけ、時間が経つほどにどうしたってフツフツと怒りが湧いてきてしまう。
「私は、そんなに信用がないのでしょうか……」
気分がようやく落ち着いてきたところで、ほんの少し消沈しする。
誰に尋ねるでもなく、虚空に向かって呟けば、コンコンと扉をノックする音が聞こえてきた。
エイラは慌てて身なりを整えて、「どうぞ」と返事を返した。
すると城の侍女が粛々と中へ入ってきて、アダルベルトが面会を希望している旨を告げてきた。
おそらくあの時の謝罪に来たのだろうと思い至り、エイラは快く頷くと、面会室へと足を運んだ。
面会室へと入れば、早速アダルベルトが難しい顔でエイラの前で膝をつく。
「知らぬ事とはいえ、私が犯してしまった此度の非礼、どのような処罰も受ける所存でございます。クロドゥルフ様からも処罰はエイラ様より直々にと仰せつかりました。覚悟は出来ておりますぞ」
自分の腕を乱暴に引っ張った人物とは思えないほど誠実なアダルベルトの姿に、エイラは少々面を喰らった。
しかしメルが言った通り、本当に真面目な方なのだと納得し、エイラは微笑を浮かべて彼に声をかけた。
「頭を上げてください。あの状況では私は確かに不審者に違いありませんでしたから。帝国には優秀な騎士がいるのですね。羨ましいです。罪に問うつもりはありませんよ」
エイラがそう言えば、アダルベルトの方が慌てて顔を上げる。
「そういうわけには参りませんぞ! 知らなかったものとしても、普通の女人に対しても、たとえ死者であったとしても、褒められた振る舞いではなかったと反省しております。どうか厳重な処罰を!」
真剣な表情でアダルベルトがエイラに迫れば、エイラは少々怯んでしまう。
なにぶん彼は半獣族で、しかもガタイのいい男性を見るのは初めてなのだ。
竜の国には半獣族もいなければ、軍事訓練を受けた男など存在しない。
いたとしても、農作業で自然と身についた筋肉質の男性くらいだろうが、どの道エイラには無縁だった。
困りました……とエイラは頬を押さえて悩みはじめる。
言われてみれば、確かに女性に対しても死者に対しても、すべき行動ではないと言える。
それに対しての裁きというのならばいくらでも思いつくが、ここは自国ではない。
エイラにできる裁きは、竜の国の基準でしかない。
エイラの下す判決が妥当かどうかなど判断のしようがないのだ。
「私は客人として招かれているだけですので……流石に他国の騎士を裁くようなまねは……帝国ではこのような場合、どのような裁きが下されるのですか?」
迷った挙句質問をすれば、アダルベルトは耳を伏せながらグッと喉を鳴らした後、それでもハッキリと判例を口にしてくる。
「……通常であれば議会を通し、爵位返上並びに騎士団除名の上、帝都から追放となります」
いくらなんでもそれはあんまりだ。
治安を守るのが騎士の仕事であるならば、疑うのもまた騎士の仕事で、彼のとった行動は多少行き過ぎなところはあったかもしれないが、全てが間違っていたともエイラには思えなかった。
その上で本人がここまで潔く反省しているのであれば、抒情酌量くらいあってしかるべきで、ましてや彼は隊長なのだから、今までの経歴も考慮すべきだろう。
(確か……メルさんは融通が利かない所と、偏見があるけれど、仕事はできる方だと仰っていました)
しばらく考え込んで、エイラはまた微笑を浮かべてアダルベルトに向きなおる。
「判りました。では、三月の間、ライマール様の助手と魔術団のお手伝いを言い付けます。三ヶ月後にクロドゥルフ様に、貴方から見たライマール様の姿と、魔術団の姿の率直な感想を提出して下さい」
「…………もしや……それだけで?」
あまりにも軽すぎる処罰だと感じたのか、アダルベルトは我が耳を疑うように、まじまじとエイラを見上げてくる。
帝都追放に比べれば、確かに軽い沙汰に聞こえるが、彼にとってはとてもいい機会になるだろうと、エイラは微かに微笑んでみせた。
「はい。それだけです。ただ、勘違いして欲しくないのですが、これはライマール様や魔術団の監視ではありませんよ? 貴方が見えていなかったものを、どうか見つけて欲しいのです。メルさんは私に仰いました。貴方は真面目で仕事のできる方だから、どうか寛大な処置を、と。クロドゥルフ様にとって貴方はなくてはならない方だからと。私は貴方の人となりを知るほど十分な時間を共に過ごしてはいませんが、他ならぬメルさんがそう仰ったのですから……どうかその目を曇らせないように磨きをかけて下さい」
彼がもし、彼らの人となりを理解してくれたならば、メルやライマールもあんな悔しそうな姿を見せることはなくなるだろう。
エイラはアダルベルトが押しかけてきた時の二人の様子を思い出しながら、祈るように黙礼する。
エイラの意図を理解したのかは判らないが、アダルベルトは「っは!」と、短く返事を返した後、先程よりも深くエイラにお辞儀をして、素直に処罰を受け入れた。
エイラは案内された客間へ入ると、それまで我慢していた気持ちを一気に噴出するかのようにバタリとベッドの上に埋れ、のたうちまわる。
誰もいないからできる醜態を、思う存分ベッドへぶつけると、頬を染め、半泣き状態でむくりと起き上がる。
酷い人だ、とエイラはなんともいえぬ感情を枕にぶつける。
「なにが "ライム" さんですかっ! 酷いです! 横暴です! 確かに私達は婚約してました! でも、だからといって、こんなの酷すぎます!」
エイラが更に枕を振りまわせば、ばふばふと、ベッドの上で羽毛が弾ける柔らかい音がする。
城に着くまで話してくれる時間はいくらでもあった筈だ。
だというのになんの相談もなしに、あの場で、エイラすら騙し討ちする形で、強引に話を進めてしまったのだ。
ライマールがなぜあんな行動を取ったのか理解に苦しむところは多々あるが、納得できないものの、確かに竜の国を救うことへと繋がった。
エイラが普通に助力を頼んでいた場合、いくら帝国が竜の国に恩があったとしても、帝国直属の魔術団を動かすとなれば、それ相応のリスクがついて回っただろう。
なにぶん国は疲弊している状態で、あまつさえ竜の国には軍隊がないのだ。いくらドラゴンを使役できても、城の内部に入り込まれてしまえば、城をそのまま占拠される可能性だってあったかもしれない。
もしくはそこまでのことはせずとも、竜の国にとって不利益な要求をされてもおかしくはなかっただろう。
ライマールが出した、婚約という名目で魔術団の助力を得られるのなら、エイラの、ひいては竜の国の体面を保てる案は他にないだろう。
それにしても、だ。
初めにエイラを助けた時は、まぁ、確かに得体の知れない人間を拾ったのだから偽名を名乗ったのはしょうがないかったのだろうと納得はできる。
だけどそれでも自分が名乗った時に、ライマールも改めて名乗るのが普通ではないだろうか?
少なからず、あのようなことをするのであれば、前もって話してくれるのが筋と言うものだ。
政略結婚を受け入れられないほど、情けない女王ではないと、エイラはベッドの上で憤慨する。
自分を助けてくれたのだと、それだけは確信出来るが、考えれば考えるだけ、時間が経つほどにどうしたってフツフツと怒りが湧いてきてしまう。
「私は、そんなに信用がないのでしょうか……」
気分がようやく落ち着いてきたところで、ほんの少し消沈しする。
誰に尋ねるでもなく、虚空に向かって呟けば、コンコンと扉をノックする音が聞こえてきた。
エイラは慌てて身なりを整えて、「どうぞ」と返事を返した。
すると城の侍女が粛々と中へ入ってきて、アダルベルトが面会を希望している旨を告げてきた。
おそらくあの時の謝罪に来たのだろうと思い至り、エイラは快く頷くと、面会室へと足を運んだ。
面会室へと入れば、早速アダルベルトが難しい顔でエイラの前で膝をつく。
「知らぬ事とはいえ、私が犯してしまった此度の非礼、どのような処罰も受ける所存でございます。クロドゥルフ様からも処罰はエイラ様より直々にと仰せつかりました。覚悟は出来ておりますぞ」
自分の腕を乱暴に引っ張った人物とは思えないほど誠実なアダルベルトの姿に、エイラは少々面を喰らった。
しかしメルが言った通り、本当に真面目な方なのだと納得し、エイラは微笑を浮かべて彼に声をかけた。
「頭を上げてください。あの状況では私は確かに不審者に違いありませんでしたから。帝国には優秀な騎士がいるのですね。羨ましいです。罪に問うつもりはありませんよ」
エイラがそう言えば、アダルベルトの方が慌てて顔を上げる。
「そういうわけには参りませんぞ! 知らなかったものとしても、普通の女人に対しても、たとえ死者であったとしても、褒められた振る舞いではなかったと反省しております。どうか厳重な処罰を!」
真剣な表情でアダルベルトがエイラに迫れば、エイラは少々怯んでしまう。
なにぶん彼は半獣族で、しかもガタイのいい男性を見るのは初めてなのだ。
竜の国には半獣族もいなければ、軍事訓練を受けた男など存在しない。
いたとしても、農作業で自然と身についた筋肉質の男性くらいだろうが、どの道エイラには無縁だった。
困りました……とエイラは頬を押さえて悩みはじめる。
言われてみれば、確かに女性に対しても死者に対しても、すべき行動ではないと言える。
それに対しての裁きというのならばいくらでも思いつくが、ここは自国ではない。
エイラにできる裁きは、竜の国の基準でしかない。
エイラの下す判決が妥当かどうかなど判断のしようがないのだ。
「私は客人として招かれているだけですので……流石に他国の騎士を裁くようなまねは……帝国ではこのような場合、どのような裁きが下されるのですか?」
迷った挙句質問をすれば、アダルベルトは耳を伏せながらグッと喉を鳴らした後、それでもハッキリと判例を口にしてくる。
「……通常であれば議会を通し、爵位返上並びに騎士団除名の上、帝都から追放となります」
いくらなんでもそれはあんまりだ。
治安を守るのが騎士の仕事であるならば、疑うのもまた騎士の仕事で、彼のとった行動は多少行き過ぎなところはあったかもしれないが、全てが間違っていたともエイラには思えなかった。
その上で本人がここまで潔く反省しているのであれば、抒情酌量くらいあってしかるべきで、ましてや彼は隊長なのだから、今までの経歴も考慮すべきだろう。
(確か……メルさんは融通が利かない所と、偏見があるけれど、仕事はできる方だと仰っていました)
しばらく考え込んで、エイラはまた微笑を浮かべてアダルベルトに向きなおる。
「判りました。では、三月の間、ライマール様の助手と魔術団のお手伝いを言い付けます。三ヶ月後にクロドゥルフ様に、貴方から見たライマール様の姿と、魔術団の姿の率直な感想を提出して下さい」
「…………もしや……それだけで?」
あまりにも軽すぎる処罰だと感じたのか、アダルベルトは我が耳を疑うように、まじまじとエイラを見上げてくる。
帝都追放に比べれば、確かに軽い沙汰に聞こえるが、彼にとってはとてもいい機会になるだろうと、エイラは微かに微笑んでみせた。
「はい。それだけです。ただ、勘違いして欲しくないのですが、これはライマール様や魔術団の監視ではありませんよ? 貴方が見えていなかったものを、どうか見つけて欲しいのです。メルさんは私に仰いました。貴方は真面目で仕事のできる方だから、どうか寛大な処置を、と。クロドゥルフ様にとって貴方はなくてはならない方だからと。私は貴方の人となりを知るほど十分な時間を共に過ごしてはいませんが、他ならぬメルさんがそう仰ったのですから……どうかその目を曇らせないように磨きをかけて下さい」
彼がもし、彼らの人となりを理解してくれたならば、メルやライマールもあんな悔しそうな姿を見せることはなくなるだろう。
エイラはアダルベルトが押しかけてきた時の二人の様子を思い出しながら、祈るように黙礼する。
エイラの意図を理解したのかは判らないが、アダルベルトは「っは!」と、短く返事を返した後、先程よりも深くエイラにお辞儀をして、素直に処罰を受け入れた。
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