デール帝国の不機嫌な王子

みすみ蓮華

挙動不審な帝国の恩人 5

「これはこれは……近頃城でお見かけしないと思ったら、このような場所におられたとは。このような小さな村で一体何をなさっておられたのですかな?」


 ニヤニヤとした笑みを浮かべているであろうアダルベルトの声が、ライムに向かって投げられる。
 小馬鹿にしたような物言いに、エイラがベッドの中で眉を顰める中、アダルベルトに返事を返す、ライムの淡々とした声が聞こえてきた。


「……仕事だ。俺の仕事を知らぬわけではあるまい。ニューズ付近にある洞窟より生ける屍を見たとの情報を得て調査に来ていた」
「……それは奇遇ですな。我々も、ここ最近毎日のように呪詛のような声がする不審な小屋があると聞き調査に来たのですよ。夜中に黒いローブを着た男が共を連れて女性の遺体を運んでいたとの目撃情報がありましてな。まさかとは思いますが少し調べさせて頂きますぞ」


 アダルベルトが部屋の奥へ入ろうとすれば、メルがそれを制止したらしく、更に大きな怒声が響き渡る。


「邪魔だ、どけ!」
「証拠も令状も無しに土足で部屋を荒らすのは騎士のする事では無い! しかも夢境の第五七分隊まで引き連れているとはどういう事だ! 殿下の許可なく勝手に魔術団を動かすとは無礼にもほどがあるぞ!」


 アダルベルトの怒声より、厳しい口調でアダルベルトに喰ってかかるメルの口調に、外の様子を伺っていたエイラは驚いて瞬きをする。
 こちらの困惑など知る由もないアダルベルトは、フンッと嘲笑をメルに寄越すと、やはり見下した様子でメルに言った。


クロドゥルフ殿下・・・・・・・・の許可ならキチンと頂いてきた。小屋の調査も家主と村長の許可をキチンと取ってある。他に何が必要だと言うのだ?」
「お前っ!!」
「よせ、メル。……調べたいなら好きに調べろ。だが病人に危害を加える事は許さん。静かにやれ。騒いだら追い出す」
「ライッ……ム様…………」


 絞り出すようなメルの苦しげな声に、エイラは思わず上掛けの隙間から外の様子を伺う。
 部屋の向こうで悔しげに拳を握り俯くメルの背中と、ライムがそれを励ます様子がエイラの目に飛び込んできた。
 二人にとってとても屈辱的なことを言われたのだろう。
 メルは元より、メルを励ましたライムも、心なしかつらそうに背を丸めていた。


 エイラは連れて来られたこの部屋以外で過ごしたことはなかったが、察するに、元よりとても小さな小屋なのだろう。
 ライムが許可をして間も置かず、アダルベルトと名乗った男は、迷いなくエイラの寝ている部屋へとズカズカと入ってきた。


 エイラはアダルベルトの姿を目にして、思わず悲鳴を上げそうになる。
 そのガタイの良さにも驚きを隠せないが、なにより全身がふさふさとした茶色い毛で被われ、顔は見知った人間のそれとは違う形状の、まるで犬のような顔をしていたからだ。
 竜の国以外では珍しい人種でもないのだが、半獣族と呼ばれる人間を見るのはエイラは初めての事で、さすがに動揺を隠しきれなかった。
 顔面蒼白で思わず起き上がってしまったエイラを見て、アダルベルトはなにを思ったのか、腹を抱えて笑い出す。


「クックック……これは年貢の納め時というやつですかな? まさか噂が本当だったとは……こう見えて私も何処かで貴方を信じていたのですがね? ここまでハッキリとした証拠が出てしまっては弁解の余地はありませんな」


 声も出せずに怯え切ったエイラを無視し、アダルベルトは下卑た嫌らしい声を部屋の外で待機していたメルとライムに向かって放った。
 それを聞いたライムとメルが、部屋の外から顔を出し、呆れた顔をアダルベルトに向けていた。


「……メル。任せた」
「………何をですか?」
「アダルベルトが弁解を所望している」
「………何のですか?」
「知らん」


 面倒くさそうにライムが言えば、メルも面倒くさそうに溜息をつく。
 想定していたのと違う反応だったのか、アダルベルトは苛立った様子でエイラに近寄って、乱暴に腕を掴むと、二人に向かって怒鳴り声を上げた。
 想像以上の力の強さに、エイラはまた悲鳴を上げそうになり、息を飲み込む。


「ふざけるな! 遺体を掘り起こし反魂を成した動かぬ証拠がここにあるというのに、まだしらばっくれるつもりか!!」
「騒ぐなと言っただろうが。……病人に危害を加えるなとも言った筈だぞ。俺を怒らせたくないなら今すぐその手を離せ。今すぐ離せば彼女への非礼は俺が詫び、不問にしてやる」


 どうやら少し怒っているようで、こめかみを押さえて言うライムの口元は、少し引きつって見える。
 しかしライムの牽制は逆効果だったらしく、彼の反応に満足したのか、アダルベルトは再び機嫌を取り戻し、更にエイラの腕を引っ張り上げようとした。


「痛っ……」
「フンッ、病人とは良い言い訳を考えたものですな。手を離して欲しいのは腐った箇所から腕が千切れて確固たる証拠が露見してしまうからか? ……しかし流石というべきか。術は完璧。まるで生きた人間のそのものだ……恐ろしい」


 エイラがとうとう我慢できずに悲鳴をあげれば、アダルベルトは興味深げにエイラの顔を覗き込んでくる。
 無礼もここまでくると、さすがに腹がたつというもので、エイラは苦しげな表情を浮かべたまま、目の前の男を睨み付けた。


「手を……離しなさい…………っ! この様な屈辱……知らぬこととは、言え…………許される事では……ない、と……」


 怒りに身を任せた所為だろうか?
 腕の痛みも相まって、エイラの視界が僅かに霞む。
 まだ本調子ではないエイラの額から汗が滲みだし、それを見たアダルベルトは驚愕の表情を浮かべた。


「どけっ!」


 ライムはエイラの異変にすぐに気が付き、アダルベルトを乱暴に押しのける。
 押しのけられたアダルベルトは、薬品の置いてあった机に倒れこむ形で手をついていた。


「あっ……」


 エイラは強く掴まれた腕に解放感を感じたものの、その勢いでベッドの下へと転がり落ちそうになってしまう。
 そうならなかったのは、アダルベルトを押しのけたライムがエイラを支えるように受け止めたからだ。


「止めるのが遅くなったな……すまん。本調子ではないのに無理をさせた。メル、氷を持ってこい」


 ライムはエイラの腕の腫れと額の微熱を確認して、メルへ指示を出すとエイラをそっと横たえる。
 覗き込む形で見下ろされた途端、前髪で隠れていたライムの瞳がはっきりと映り、エイラの頬が更に熱を帯びる。
 申し訳なさそうにこちらを覗きこむ顔は、想像していたよりも純朴そうな、温かみのあるスミレ色をしていた。
 エイラの頬を掠めた長い前髪が、相変わらず彼の面立ちの一部を隠してしまっていたが、前髪の隙間から覗かせていた時よりも、はっきりと彼が持つ本来の温もりが感じ取れた。
 視線があったのはほんの一瞬だったのに、なぜだか間近で目にした彼の瞳が頭から離れなくなってしまった。


「鬱血してるじゃないですか!! 跡が残ったらどうするつもりです!! 嫁入り前……いや婿取り前なのに! 万死ですよ万死!! ああああ! 氷! 氷!!」


 夢見心地でぼんやりとするエイラを他所に、メルはエイラの腕についた真っ赤な痕を確認すると、青い顔でアダルベルトに向かってそう言うと、バタバタと部屋の外へと出ていってしまう。
 そしてライムも堪えていたものを爆発させるかの如く、メルとアダルベルトに向かって怒鳴りつけた。


「五月蝿い! 騒ぐなと言ってるだろうが! ……アダルベルト、出て行け。お前は俺の警告を聞かなかったな。彼女への不敬も含めて騎士団長に報告し、後日沙汰を下すから覚悟しておけ」


 ライムの静かな怒気を含んだ言葉に、小屋の中にいた兵達も作業を止めて緊迫した様子で事の行く末を伺っていた。
 アダルベルトは自分の手の跡がクッキリとついたエイラの腕を見て固まっている。
 本当に遺体であれば、血が巡ったような反応は見られないことくらい、魔術師でないアダルベルトでも知っていることだった。
 微熱を出し、握った腕が赤く染まれば、エイラは確かに生きた人間だと、その場にいた誰もが認めざるを得ないだろう。


 ライムが立ち上がって、振り返りアダルベルトを睨み付ければ、アダルベルトはハッとして気を取り直し、ライムに向かって悪態をつく。
「不敬……だと……? 貴様が不敬を口にするのか? 笑わせるな! 一体どんな魔術を使った!? 腕が鬱血したくらいで遺体ではないという証拠にはならんぞ!!」


 アダルベルトがライムに歩み寄って掴みかかろうとした矢先、ベッドで横にされたばかりのエイラは再び起き上がる。
 彼らが抱える事情は判らない。
 でも、これ以上あらぬ言いがかりを彼らがつけられるのを黙って見ていることなどできそうもない。
 エイラは精悍な態度で、アダルベルトに向かって声を張り上る。


「無礼者!! 先程より黙って聞いていれば……。私の恩人に対し、これ以上根拠のない言い掛かりを付けるというのならば、それ相応の処罰をデール皇帝に進言する事になります! 今までの無礼は知らぬ事と目を瞑ります。しかし、これより先の無礼は、竜の国の主たる私が決して許しません!」

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