デール帝国の不機嫌な王子

みすみ蓮華

挙動不審な帝国の恩人 3

 メルが顔を真っ青にして言ったところで、ライムは依然動揺した様子を見せなかった。
 落ち着き払っているライムの様子に今度はメルが苛立ちを露わにすれば、ライムはとうとう無視を決め込んで、憮然とした態度でエイラに言葉を投げて寄越した。


「で? どうする事も出来なくなってお前は国を捨てて逃げてきたのか?」
「ライム様!!」


 流石に酷いライムの物言いに、メルが諌めようと声を上げると同時に、エイラは少しだけどきりとして、慌ててライムの言葉を否定する。


「ち、違いますっ! 確かに状況だけ見ればそう思われても仕方のないことですが、私は帝都へ……デール帝国の皇帝に助力して頂けないかと思ってここまで来たんです。お願いします! 私を帝都へ連れて行ってもらえませんか? 助けて頂いた上にこのようなことを頼むのは心苦しいのですが、他に頼れる方が居ないんです……お礼は必ず致しますから……どうかお願いします」


 エイラは女王らしからぬ態度で、深々と頭を下げる。
 それを見てライムは思い切り顔を顰めて、エイラの上半身を無理やり起こしてきた。


「よせ、一国の王が簡単に頭を下げるな。もし皇帝に断られたらどうするつもりだ?」
「……断られることは視野に入れておりません。デールの皇帝ならば必ず助力して下さります」


 "頭を下げるな"という言葉を聞いて、エイラはハッとして顔を上げる。
 そして今までの自信なさげだった態度とは打って変わって、堂々とした態度でライムを見据え、国王然としてキッパリと言い切った。
 自分の非に落ち込みはしているが、王としての態度と判断を求められれば、それ位は演じることができると、なぜか彼に示したい気持ちが湧いてきたのだ。


 急に態度を変えたエイラに驚いたのか、ライムは前髪の下で大きく目を見開く。
 しかしどこか楽しそうに「ほう……?」と呟き、ニヤリと笑った。


「なぜそう言い切れる? 俺が知る国内での皇帝の噂は "利無き者は価値無き者" と簡単に切り捨てる王だという事だぞ? 自滅の道を歩み始めたいにしえの閉鎖された国に、そんな皇帝が価値を見出すと思うか?」
「ら、ライム様! 言っていい事と悪い事がありますっ! いくらなんでも不敬ですよ!?」


 慌てるメルの言葉に「事実は事実だ」とライムは平然として言い放つ。
 自国を、自分の力量を、嘲笑されたとエイラが腹を立ててもおかしくない状況にも関わらず、ライムはやはり態度を改めることなくエイラに質問を投げかけてきた。
 エイラはエイラで、ここまではっきりと言ってくる人間が珍しく目を見開いてライムを凝視する。


 確かに幼い頃から身近に居たマウリに窘められる事は稀にあった。
 しかしライムのように、身分も気にせず土足でズカズカと踏み込んでくるような物言いをする人間は今も昔も周囲にはいなかった。
 確かに不敬とも取れる物言いだ。
 でももっともな疑問だと、エイラは頷くと同時に物怖じしないライムに感心していた。


「今の我が国の状況を見れば、確かにデール帝国にとって我が国を助ける事が利になる事と断言は出来ません。しかしデール帝国とは帝国建国の頃より長きに渡り、良き関係を築いてきたつもりです。それに何より帝国は我が国に大きな借りがある筈です。更にいえば、私のこの状況がデール帝国の負の遺産によるものだとメルさんは私に説明して下さいました。はたしてデールの皇帝は、我が国を簡単に見捨てる事ができるのでしょうか?」


 エイラが微笑んで言えば、ライムはギロリとメルを睨み付ける。
 暗に手の内を他国に示してしまったことを諌められているのだと気づいたらしく、メルはライムから逃げるように視線を逸らした。


「確かにその事を持ち出されたら拒否できないだろうな。……だが、具体的にどんな助力を求める気だ。単純に騎士団の力を貸して欲しいなどというわけではあるまい」


 騎士を連れて行くだけならば何人束になろうと結果は目に見えている。
 相手がネクロマンサーならば、やつらは不死の兵を作り上げることができるのだ。
 連れて行った騎士達が消耗戦の後、軍勢に加えられてしまうのがオチというものだ。
 ましてや他国の城内での事件ともなれば、三五〇年前に起こった戦時よりも間違いなく動き辛い。
 そもそもあの暴走を解決したのは、今は亡きウイニーの王族と、今回助けを求めてきた竜の国自身なのだ。
 エイラの言った帝国の"大きな借り"とはつまりそのことだった。


「デール帝国には今だ魔法技術に特化する組織があると聞いております。今ではベルン連邦国のイスクリス国を凌ぐ程の技術を持つと。私は自分の状況が何らかの魔法によるものではとずっと考えていましたから、彼らの力を借りれば叔母……リル・シルディジアと名乗る女性とその子供達を拘束し、被害にあった者達を助ける事が出来るのではないかと、そう考えたのです」
「……夢境魔術団か」


 腕を組みながらライムが呟けば、エイラはコクリと頷く。
 その横でメルがなぜだかハラハラした様子でライムを見つめていた。


 『夢境魔術団』は、ネクロマンサーの残党を討伐するため、戦後に出来た帝国直属の組織だ。
 三五〇年前の戦前までは『夢幻魔術団』と呼ばれていた集団だが、ネクロマンサーを排出後に解体され、現在の名称へと変更を余儀なくされた。
 その起源は初代皇帝のフィオディール・バルフ・ラスキンが率いていた『夢想騎士団』だ。


 ライムはそれきり黙ってしまい、部屋はしばらくの間静寂に包まれた。
 項垂れた状態で考え込んでしまったライムに、エイラは何とか帝都へ連れて行ってもらえないかと再び説得しようと口を開きかける。
 しかしその前に突然ライムは立ち上がり、おもむろに部屋の外をジッと見つめ、机の上にあった、エイラから取り出した漆黒の薔薇の実の入った瓶をそっと袖の下に忍ばせると、先程と同じようにイスに座り直した。


 ライムの不可解な行動に、エイラは何事かと戸惑い、首を傾げる。
 メルに至ってはとても不安そうな表情で、ライムが見た方向とライム本人を交互に何度も確認していた。


「……気にするな。対したことではない。それより帝都へ連れて行ってやる」


 ライムが何事もなかったかのようにエイラに言えば、メルはサッと顔色を変え、青ざめる。
 メルは目を見開いて何か言いたげにライムに向かって大きく口を開けていたが、エイラはライムの突然の申し出に驚いて、彼の異変に気づかないまま心から感謝し、深々と頭を下げた。


「有難う御座います。今はまだ何のお礼も出来ませんが、皆を助けることが出来た折には、必ずお二人にはお礼を致しますから。それだけは心より約束致します」


 粛々と言うエイラに、ライムは口元を歪めて、どういうわけかとても嫌そうに「いらん」と答えた。


「頭を下げるなと言っただろうが。創生の国の威厳が形無しになる。それと皇帝にあっても、お前が"呪"に掛かっていたことは絶対に伏せろ。メルも今聞いた話は他言無用だ。ここだけの話にしておけ。誰かに何か聞かれたら、なれない旅で体調を崩したとでも言っておけ。いいな?」


 有無を言わさないとばかりに凄むライムに、未だかつて感じた事のない威圧感を感じ、エイラとメルは黙って頷く事しかできなかった。
 その二人の様子に満足そうにライムが微笑む。


 彼の口元が微かに弧を描いただけなのに、エイラの心臓がまたドキリと跳ね上がる。
 顔がきちんと見える訳ではないのに、時折見せるライムの柔らかい雰囲気から、ライム本来の人物像は実はこちらの方なのではないだろうか?


 しかしその表情も一瞬で消え、またいつものように憮然とした態度で、ライムはまた唐突に不可解な言葉を口にする。


「今から二分以内に迎えが来る。二人とも絶対に抵抗するな・・・・・
「はぁ!?」


 メルは遂に青い顔のまま叫び声を上げて頭を抱え、エイラは「はぁ……」と何とも腑に落ちない返事を返す。


(ライムさんがこのことを想定して、予め御者を手配していたということなのでしょうか? 迎えが来るのは有難いですが、二分以内とは一体どういうことなのでしょう? それに迎えに対して抵抗するなとは一体どういう……?)


 ライムの言葉の意味を必死で考えていれば、ライムが宣言した通りきっちり二分後に迎え・・がやって来た。
 ただし、それはエイラが想像していた"迎え"とは大きくかけ離れていた。

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