デール帝国の不機嫌な王子

みすみ蓮華

“呪”という名の魔法文字 3

「"じゅ"というのはですね、魔法文字の一種又は特殊な魔法を指すんですが、普通の魔法文字では無いんです。あ、魔法は解りますよね? たまに解んない人居るんですよ。魔法文字見えないー! って人」
「大丈夫です。解ります」
 そう言ってエイラはメルにコクリと頷く。


 魔法文字はこの世に存在する全ての物質に存在している文字だ。
 文字と言っても普段人が使っているような文字ではなく、パズルのピースの様に様々な形をした物体だ。
 どのような物で構成されているのかというのは、神のみぞ知る所で、その神様もデール帝国が出来るよりも気が遠くなる程昔に滅び去ってしまったと伝えられている。
 人々はその遺物を駆使して条件を満たすことさえ出来れば、魔法を扱うことが出来る。


 中でも竜の国の王族には秘技として、王位を継いだものだけに伝えられる新たな魔法文字を生む術があった。
 竜の祝福と呼ばれるそれは、大陸内で新しい国が建国され、その国主が竜の国へ訪れた時にのみ使われる秘技で、教わったとしても一生使わずに生を終える王が殆どという程貴重な術だ。
 過去に一度だけ建国以外の用途で使われた事があったという文献が残ってはいるが、それ以外の事例で例外的な事はなく、エイラも秘技を使えはするが、おそらく使う事がないまま一生を終えるであろうと予測している。


 エイラがそんな事を考えていれば、メルは満足そうにコクリと頷いて話を続ける。


「魔法は魔法文字の組み合わせを正しく理解して、更に一つ一つの文字の意味を感じ取り、血脈に流れる文字と合わせて使う事で発動しますが、"呪"と呼ばれる魔法は、それらとはまるで違うルールに則った禁忌と言えます」
「禁忌……」


 エイラが漠然と呟けばメルはエイラから手を離し、机の上の薬の瓶の中から一つを選んで掲げて見せる。
 小さな瓶の中にはエイラが夢の中で感じた冷たい暗闇の様な真っ黒で小さな棘が浮かんでいた。


「見えますかね? これお嬢さんから取り出した"呪"のほんの一部です。本来はこの世界に留まっているべきではない魔法文字とでも言いましょうか。……お嬢さんはこの世界の理を知っていますか?」
「理ですか? ……ごめんなさい、何の事か解らないです」


 見てるだけで寒気すら感じる黒い棘の文字を見つめながら、エイラは力なく首を振る。
 魔法についてはどの国の魔法使い達よりも詳しい気でいたが、見せられたこの棘の事も、その、世界の理というものの存在すらも知らなかった。
 世界の女王が聞いて呆れるとエイラが落ち込む中、メルが当たり前の様にウンウンと頷く。


「いえ、知らなくて当然です。この"呪"が発見される少し前まで、知っているのは神獣とラハテスナの王族のみでしたから。でも流石に天地創造の話くらいは知ってますよね?」
「ええ、神の箱庭のお話ですよね? 神様が魂の国の番人と交渉したっていう……」
「そうです。その魂の国というのが我々にとって死後の世界となるわけですが、具体的にそこがどんな所かなんてどの文献にも書いてないし、そこへ行った後どうなるかなんて誰も知らないのが一般的な常識なわけです」


 死後の世界なんて流石に死ななければ解らないのは当然な訳で、その話がどう繋がってくるのかエイラにはいまいちピンとこなかった。
 メルは手に持っていた瓶を机に戻すと、再びエイラに向き直る。


「ここからあまり知られてない話ですが、そもそも神様が交渉した魂の国というのは、名称こそ魂の国と言われていますけど、実際には異世界だというのが、デール帝国が神獣の協力を得て、研究に研究を重ねたの末に辿り着いた結論です。人が、生きとし生けるものが死した場合、その肉体だけをこの世界へと脱ぎ捨てて、転生の門を通り魂の国へと赴き、そして我々は新たな肉体を得て新たな一生をあちらの世界で過ごします。またあちらの世界で一生を終えれば転生の門をくぐりこちらで肉体を得て新たな一生を送る。これがこの世界が魂の国と交わした神の理です」
「はぁ……?」


 途方もないメルの話にエイラはポカンとしながら曖昧に頷いて同意する。
 話についてきていないエイラに気がつき、メルはぽりぽりと頬を掻くと、コホンと小さく咳をして話を仕切り直す。


「要するに、世界が二つあって死んだ時にあっちとこっちを行き来するのがルールなんですよ。で、その死の瞬間に人の体内から放出される魔法文字が"呪"なのです! これは本来魂と一緒に体内から放出されて、魂を転生の門へと運ぶ役割を担っている文字の一部なんです。ですから放出されたと同時にこの世界から直ぐに消滅するのが本来の正しい形と言えます」


 では何故この"呪"がこうやって留まっているのか? と、難しい顔でメルは言う。


「この棘の形をした"呪"は通常人から放出される"呪"とは違ってかなり特殊でしてね、350年程前のデール帝国とリン・プ・リエンの間で戦争が起こった時にデール帝国が生み出した人工的な"呪"なんですよ。ありとあらゆる人や動物の死の瞬間を観察して、その時に吐き出された"呪"の一つ一つを詳細に明記して文章に残し、研究に研究を重ねた魔術師達が居ました。その研究はデール帝国に多大な貢献を残し、一時期は英雄とまで言われる程にその集団は持てはやされたんです」
「まさか、その集団って……」


 青い顔でエイラが言えば、メルはコクリと頷き口を開いた。
「ネクロマンサー。元々は夢幻魔術団の一派でした。ネクロマンサーは"呪"を使い、骸に転生の門をくぐった筈の魂を強制的に呼び戻し拘束し、使役した。その結果デール帝国は一時期強大な力を得ましたが、最終的に"呪"の暴走が起こってしまった。以降帝国は"呪"を禁忌としたものの、英雄扱いから一転して迫害の対象となってしまった。ネクロマンサー達は、隠れるようにしてデール帝国のありとあらゆる場所で密かに活動を続けてきたというわけです」

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品