デール帝国の不機嫌な王子

みすみ蓮華

“呪”という名の魔法文字 2

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 確かに味気ないと思いつつも、出されたパン粥をエイラが何とか口にすれば、目の前の金髪の青年はニコニコと微笑みながら、先程の黒髪の青年とはうって変わって、こちらが何を言う訳でもないのに勝手に色々話だした。


「目が覚めて良かったですね。ボク気が気じゃなかったんです。こんな状態の人間が居るなんて本当に驚きましたから。あ! 自己紹介まだでしたね! ボクはメルって言います。因みにボクのお父さんもメルでお爺さんもメルで、ひいお爺さんもメルなんですよ。苗字は無いんですけど、メルって名前が僕の家の称号みたいになっちゃってるんです。面白いでしょ?」


 立て板に水が如く喋り続けるメルに気圧され、エイラが思わず食事の手を止め頷けば、更に嬉しそうにメルは喋り続ける。


「勿論兄弟も居るし母もいるんですよ? 上に姉と兄が一人づつに、下に弟二人と妹一人で、割と賑やかなんですけどね? でもみんなメルってわけじゃないんです。嫡男だけなんですよ。他の兄弟たちは母の名字を受け継ぐし、名前だってやたら立派な名前が付けられたり付けられなかったりするんです。ズルいですよね! そりゃぁ由緒正しい名前なのかもしれませんが、ボクは一生苗字無しでメルって名前なんですよ? あ、因みに子供が娘一人しか生まれなかった場合でもメルって名前を付けられるんです。拒否権無しです。酷いでしょう?」
「え、ええ……」
「ただですね、金髪に緑の目を持って生まれた時点で嫡子権が何とその子に移譲してしまうんですよ僕の家! どういう理屈なんでしょうね?! そしてそれまでメルって名前だった子は新しい名前をつけられて、新たに生まれたその子がメルになってしまうんです!! ボクはですね、コレもう何かの呪いなんじゃないかって思うんですよ! これには幾つか根拠がありましてね……」
「あ、あの!」


 延々と自分の名前について語り続けるメルをたじろぎながらもエイラは何とか止めに入る。
 突然声を上げたエイラに驚いて、メルがピタリと動きを止めれば、エイラはホッと息をついてゆっくりと落ち着きながら話し始めた。


「メルさんのお名前のお話はとても興味深いのですが、私、幾つかお尋ねしたい事が……」
 おずおずとエイラが口を開けば、メルは慌ててペコリと頭を下げてくる。
 半ば被せる形で口を開かれ、エイラはびくりと肩を揺らした。


「すみません! ボク話し始めるとどうも止まらなくて。そうですよね! ずっと眠っていらしたんですから。どうぞどうぞボクが答えられる事であれば幾らでも、ばばんと聞いて下さい!」
「で、では……」


 普段は女王として自分が許すまで誰も口を開かない事が殆どの環境にいるが由に、このように誰かに捲し立てられる様な話し方をされるのはどうも苦手なようだとエイラは初めて気が付く。
 たじろぎながらもコホンと小さく咳をすると、エイラは疑問に思った事を一つ一つ口にしていく。


「ここはデール帝国であっていますか? どの辺りなのか知りたいのですが」
 エイラが鈴を鳴らしたような声で静々と問えば、メルは瞼を染めながらゴクリと生唾を呑み、何故か緊張した面持ちで先程とは打って変わってエイラに釣られたかのように、妙な敬語まじりに静々と答え始める。


「ここはデール帝国であってございますよ? 竜の山脈とダールに程近いニューズって小さな村です。因みに特産品は青竹でございまして、第三代皇帝ミストウィル様が竜の国より南東の国へ視察に赴かれた際にーー」
「いえ、そこまで詳しい話は結構です!」


 メルさんの話されるままに付き合えば日が暮れてしまう! と、現在時刻もわからないままエイラは慌てる。
 それを見たメルは、話を打ち切られて少々ガッカリした様子で「そうですか?」と項垂れてしまった。
 少し聞いてあげたほうが良かったんだろうかと、エイラは少々罪悪感を感じたが、ゆっくりもしていられないのでと自分に言い聞かせつつ、質問を続ける。


「あと私は丸四日眠っていたと仰っていましたが、私がここに連れて来られるまでの事を教えて頂きたいのですが……」


 エイラがそう尋ねれば、メルはハッとした後、真剣な表情でコクリと頷いた。
 うって変わって緊迫したメルの様子に、エイラもつられる様に背筋を伸ばす。


「ええっと、お嬢さんはドラゴンにここへ連れて来られた事は知っていますか?」
「あ……はい。私が頼んで連れて来て貰いましたから……」
「頼んだ!? ど、ドラゴンに?!」


 メルが裏返った声を出したのを見て、エイラは少ししまったなと反省する。
 考えてみればドラゴンの使役など竜の国の王族にしか出来ない事だった。
 年中行事などで普通にやっている事だったので、普通の人からは驚かれるという考えに至らなかったのだ。


(今は他国にいるのだから、なるべく自分の正体は隠した方がいいですよね。メルさんがこの事を知らなければ良いのですが……)


 メルは呆気に取られ口を大きく開けていたが、すぐに気を取り直そうとブンブンと首を振って話を続ける。


「ま、まぁ、そういう事もあるかもしれませんね。人生色々ですから。そう、まぁ、そのドラゴンが……お嬢さんが頼んだのと同じドラゴンだと思うんですが、お嬢さんを僕の主人に……あ、さっきの真っ黒な人です。えっと、その僕の主人にお嬢さんを丁重に扱うようにと言ってお嬢さんを託して、山の方に帰って行ってしまったんですよ。で、僕の主人は特に何も言わずにお嬢さんをお持ち帰りして……あ、いや、語弊がありますねこの言い方。まぁ、連れて帰ってきた訳ですが…………お嬢さんは自分の身体が今どういう状態だか把握してますか?」


 自分の身体がどういう状態かと問われれば、エイラは首を曖昧に横に降るしかない。
 解っていたら、ここまで悪化することもきっと無かっただろう。


「半年位前から……頭がぼんやりする事があったんです。…………人の話を聞いていても何処か遠くで話されているような感じで、最近ではもっと酷くて意識も記憶もハッキリしない上に、まるで自分が自分ではないような……心当たりはあるんです。でもそれが何なのか、自分のこの状況がどういうものなのかまではハッキリとは…………すみません。こんなわけの分からない話」


 申し訳なさそうにエイラが頭を下げると、メルは慌ててエイラの両手を掴んで「いえ、いいんです」と首を振った。


「それだけで十分です。お嬢さん、半年もそんな状態でよく生きてましたね……。ライ……ととっ! 名は伏せろって言われてたんだった。……あー……えー…………ライム様! うちの主人が"じゅ"が根深いって険しい顔で……多分険しい顔で? 言ってましたが、なるほど、半年もならボクも納得です」


 あの黒髪の人はライムと言うのか……と、エイラはメルの話を聞きながらも頭の片隅でぼんやりと考える。
 どこか聞き覚えのあるような響きに引っかかりを覚えたが、彼らの風貌からしても、何やら事情があるのだろうと思考を切り替え、エイラはメルに質問を返す。


「あの、その"呪"というのは何なのでしょう? メルさんやあの方……ライムさんですか? 貴方がたは私の身に起こっている事が何なのか知っているのでしょうか?」


 世界を統べる国の女王ではあるが、エイラはその様な言葉は聞いたことがなかった。
 何か重い病か毒物なのかと不安を抱えつつも、エイラが平静を装って問いかければ、メルはコクリと頷き、エイラの手を握っていた両手にグッと力を込めてきた。

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