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メイドAは何も知らない。

みすみ蓮華

メイドの知らない彼の奮闘。 2

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 喧嘩をしつつも、なんとか朝食を終えたチェイスとグレンは、ひとまずリリアの仕事の邪魔にならない歓談室へと移動する。
 邸の中でも食堂の次に広い歓談室は、チェイスが一人で暮らし始めて今まで使用した事はなかったが、初めてこの部屋を覗き見た時とはガラリと様変わりしていた。


 一時代前の流行りであった古めかしい壁紙は、新品のようだとは流石に言い難いが、丁寧にホコリや汚れが可能な限り落とされ、ベージュで描かれた春の遊覧風景が、古き良き時代のどこか懐かしい味を醸し出している。
 紅い一人用ソファの横にあるサイドテーブルには、白く大きな花と可愛らしい黄色い小さなが添えられ、控えめながらも室内で一番目につく華やかさを湛えていた。


 締め切りだったカーテンも、今では陽の光を必要以上に遮る事もなく、ガラスがある事を感じさせないほど磨き上げられた窓からは、リリアが植えたであろう花壇の花々が朝露を身に纏い、宝石の様に輝く情景が眺められる。
 グレンがソファーにだらしなく凭れ掛かり勝手にくつろぐ中、チェイスは昨日書斎で見つけたものを握り締め、険しい顔でじっと睨みつけていた。
 本の間から出てきたそれには、王家の紋章入りの封蝋印と、皇太子殿下のサインが書かれている。
 そう、それは間違いなく盗まれた筈の親書だった。


「わっかんないよねぇ、それ。もしかして良心が咎めて返しに来たとか? あ、間抜けにも落としてったとか?」
「本の間から出てきたんだぞ。どう考えても意図的だろ」


 しかもこれ見よがしに、本からはみ出す形で挟まれていた。
 落ちてくる前の状態までは記憶にないが、おそらくあの程度の振動で落ちてきたのだから、簡単に落ちてくるような細工がされていたのだろう。


「うーん。やっぱり開封してあるみたいだけど、中身が減ってたり増えてたりする気配は?」
「俺が見た限りでは、盗まれる前と変わった様子は無さそうだったが、一度殿下に確認して貰った方がいい。流石に内容までは把握してないからな」
「そうだね。まぁ、とにかく、これで犯人の方は逃亡するだけってね。ここは君に任せて、僕は殿下に親書を見せるついでに、港の指揮を見てこようかな?」
「……本当に大丈夫なんだろうな? 偽の文書が何処で使われるのかも判らないし、もう自力で逃げている可能性だってある。本当に現れると思うか?」


 チェイスは親書を渡しながら、訝しげな視線をグレンに送る。
 焦っていては仕方ないのは判るが、もう後がないのに、些かのんびりしすぎだ。
 苛立つチェイスの視線を受け止め、グレンは苦笑交じりに肩をすくめる。


「自力でって言われちゃうと不安は残るけど、でもまぁ、それはないんじゃないかなぁ。犯人が乗ってきた船って、一般客用の船舶だったし、目立たないようにって考えると、別の領土へ陸路で移動しない限り、選択肢は今の所一つになるからね」


 西、北、東の領土境界には、当然人相書きが手配されている状態である。
 犯人が乗ってきたと思しき船の航路を考えると、自力で船を用意していない限り、犯人が既に王都を経っている可能性は低い。
 犯人が乗ってきた船は、この近海の島々を行き来する巡回船で、何処から来たのかはチェイス達も一応ある程度目星はつけていた。
 だから現状、東側の船舶は軒並み検閲を厳しくしたし、あっち側には人相書きの手配書が回ってる状態だ。
 だが一方で、西側は一点集中で警邏を潜ませるに留めている。
 何故なら西側で東側の巡回船の航路と酷似した航路を持つ船は、ウォーレンス商会の所有する船一艘しかなかったのだから。


「東が旅行向けの船舶を中心としているのに対して、西は貿易や漁業関係の船舶の殆どが港を占めてる。西から発着している数少ない旅客船の中で航路が酷似していたのは、ウルカスラ島へ向かう中型船舶一艘のみ。で、その船が次に出発する予定は明日の昼前だから、今日一日が踏ん張りどころ、ってね。まぁ、君が色々懸念するだろうと思って、念の為、該当の島々を回る貿易船や漁船も抑えてはあるけど」


 つまりあぶり出し作戦ということだ。
 こちらとて何もしないで手をこまねいているわけじゃないと、グレンは不敵に笑みを浮かべる。


「大丈夫だって! 例え他の船舶を使ったとしても、西の他の客船は中型巡回以外出てないし、他の島は乗り継ぎ船なんて出てないからね。どう頑張ってもウルカスラ島に渡る以外手立てはない筈だよ。大船に乗ったつもりでいていいよ!」
「あんたのその自信が不安なんだ。俺の予感が外れていればいいんだが……」


 今まで大した情報を掴めなかった上で、こうやって親書が返ってきた。
 用意周到で姿をなかなか現さない犯人が、果たして本当にこんなあからさまな落とし穴に引っかかるのだろうか?


「酷いなぁ〜。いつだって君達兄弟を助けてきた頼り甲斐のある先輩のグレンさんを、君はもっと信用するべきだと思うんだ。うん。って事で、ここは君に任せるよ?」


 体を弾ませるようにして、ソファーから起き上がり、グレンはヒラヒラと親書を振りながら部屋から出て行く。
 その後ろ姿を見送りながら、チェイスは何か見落としているのではとチェイスは再び思案する。


 昨日書斎に忍び込んだ不審者が自分達の追っている犯人と同一人物と仮定して、何故わざわざ書斎に忍び込んでまで親書を置きに来たのだろうか?
 親書を返すだけならポストに投函する手もある。配達員がリリアが手渡す筈だし、見つかる心配もない。
 ……いや、もし仮に犯人がリリアの一日の行動を把握しているのであれば、掃除を終えて、夕餉の支度をしているあの時間帯を狙って書斎に入り込んで、見つからない自信があったのかもしれない。


 だとしても二階の書斎を選ぶ必要性はあったのかという疑問は残る。
 たまたま窓が開いていたとしても上るのには手間がかかるし、そもそも上ってきたような形跡もなかった。


 チェイスはそこまで考えて、歓談室の扉を目指す。
 些か早歩きで中央ホールを抜け、邸の外に出ると、今出てきたばかりの表玄関の扉を丹念に調べる。
 ドアノブに異常がない事を確認すると、次に階段を降り、階段裏にある使用人用の入り口へと回る。
 ここでもやはりドアをしげしげと観察し、ドアノブを捻る。
 そうして思案しながらそのまま中に入ると、丁度掃除を終えたばかりのリリアと鉢合わせした。


「きゃっ!」
「あ、すまん」
「い、いえ……あの、どうかなさいましたか?」
「いや、ちょっと見て回っていただけだ。気にしなくていい。邪魔をして悪かったな」
「いえっ」


 バケツとほうきを抱え、何故か顔を真っ赤にして廊下の端に避けて、慌てて頭を下げるリリアをぼんやりと眺めながら、チェイスは二階へは行かず、リリアと向かい合うように壁に凭れかかる。


「あの……?」


 一向にその場を去ろうとしないチェイスに、リリアが恐る恐る顔を上げると、チェイスは思案顔でリリアに尋ねた。


「一つ聞きたいんだが、ここの玄関はいつ鍵を開けて、いつ閉めている?」
「え? あ、はいっ! えっと、ここのお掃除を始める前に開けて、夕方の見回りの時に閉めてます」
「見回り? そんな事までしていたのか……」
「ご、ごめんなさい」
「あ、いや。そうだよな。こっちこそ配慮が足りなくて申し訳ない。それより、その見回りは夕餉の支度を終える前にやるものなのか?それとも後か?」
「いつも後に……アミリスさんやナナリーさんが遅くなった時とか、帰りに使ったりするので……」
「つまり昨日、被害にあった時刻はまだ開いていたという事か」


 リリアの行動を把握していて、ここの扉が開いていた事を知っていたのであれば侵入経路は窓ではなく、一階の使用人扉ということだ。
 だとしたら犯人は書斎の位置を把握していて、書斎に入るのが目的だったと考えるのが自然だろう。
 あの短時間でチェイスが入りそうな部屋を探し出すのは不可能に近い。


 ならば……と、更にチェイスが難しい顔で思案し出すと、チェイスの前で立ち尽くしていたリリアが、見る見るうちに顔を青くしていく。


「……っ!! ごめんなさいっ!!」


 自分の迂闊さに気付き、じわりと目端に涙を浮かべ始めたリリアに、チェイスはハッとして意識を現実に引き戻した。


「いや、君を責めてるわけじゃないんだ。今後はもう少し人を増やすから頭を上げてくれないか? 君の行動は間違ってない。他に聞きたいことが出来たらまた引き留めるかもしれないが、許してほしい」
「は、はいっ」


 恐る恐るリリアの涙を親指の腹で払ってやりながら、チェイスは困った顔で微笑みかける。
 驚いて身を硬くしたリリアが、幾分顔色を取り戻したのを確認すると、また思案しながら二階へと上っていった。
 その後ろ姿を視線で追うリリアの顔に怯えはなく、その代わりに耳まで赤くして、心音の速くなる胸を必死に押さえたのだった。

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