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メイドAは何も知らない。

みすみ蓮華

メイドの知らない彼の足音。 2

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 チェイスとグレンは翌日の予定を大まかに決めると、互いに酒場に長居はせず、そのままその場で解散となった。


 グレンが西地区と目星を付けたのには理由があった。
 まず何らかの偽造文書、もしくは国璽ないし、封蝋印を作っていると仮定するのであれば、それなりに時間が掛かる。
 どこで作っているのかはこれから探す事になるだろうが、少なくとも、出来上がるまではどこかに潜伏して待つ必要がある筈だ。
 その偽造文書をどこで使用するかにもよるかも知れないが、色々なものが集まる王都からわざわざ離れて作ろうとは流石に思わないだろう。
 そして何より、目撃証言は西地区でぷっつりと途絶えてしまっている。


 仲間が居るか居ないかは流石に判らないが、偽造文書を誰かに依頼して、そのままその場に留まっているのであれば、犯人の足跡が忽然と消えてしまったことにも説明がつく。
 更に言えば、海から来た犯人はやはり船で王都を離れる可能性が高いだろう。
 海に面している地区は、北地区以外の西、南、東の3地区だ。


 チェイス達ももう後がない事から、明日以降、西地区の包囲網にかけてみることにした。


 チェイスはグレンとは別れると、店の前に留まっていた辻馬車を捕まえて、久方振りに自宅へ向かう。
 リリアがチェイスの家で働く様になってからは、夜中遅くに帰るのが常だった為、一般的な夕食時に帰るのは初めての事だった。


 まさか鉢合わせたりしないだろうかと不安に思いつつ辻馬車を降りると、チェイスは幾度か躊躇ってから、恐る恐る玄関の戸を開ける。
 するとやはりまだ仕事をしているのか、廊下の明かりが灯されているのが目に飛び込んできた。


 マズいな……と思いながら、チェイスは帽子と上着を静かに脱いで、物音を立てない様にハンガーに掛ける。
 取りあえず気配を探りながら忍び足で自室へ向かおうとした所、自室とは反対側の廊下から、誰かの話し声が聞こえてきた。


(こんな時間に客が来ているのか?)


 人の出入りを制限する条項は確かに契約には無かったが、物事には限度というものがある。
 主人が不在なのをいい事に友人を招くなど……昼間ならまぁ許せなくもないが、とにかく陽が落ちてもまだというのは感心しない。
 特にリリアはまだ若い娘なのだから、もう少し危機感を持つべきだ。
 流石に注意しなければと、一歩振り返ったものの、顔を合わせるのは躊躇われる。


 こういう事態は想定していなかったし、大分仕事に慣れてきている様子に安心していたお陰で、リリア自身の生活について考えるまでに至っていなかった。
 こんな時、他に使用人が居れば良かったのだが、チェイスはリリアが来る以前からこんな生活だった為、一人身の方が気軽だし、自分の事は一人でもできた為使用人を雇う必要がなかったのだ。


 顔を合わせれば説教をする前にリリア自身が怯えてしまう。
 どうしたものかとその場で立ち尽くしていると、まさか下階から人が上ってくると思っていなかったチェイスは、声を掛けられるまでその人物の存在にまるで気付かなかった。


「なんだ。若さん。帰ってきてたのかい」


 ぶっきらぼうなその声にギョッとしてチェイスがそちらを見れば、見覚えのある中年の女性が、ホーロー製の洗面器を抱え、至極迷惑そうな顔でチェイスを見上げていた。


「……洗濯屋?」
「そこ、邪魔だからどいて欲しいんですがね」


 そっけない態度で階段を上ってくるアミリスにたじろいで、チェイスは反射的に壁際へと身を寄せる。
 すれ違い際に、ふんっ。とアミリスが小馬鹿にした様子でチェイスを一笑する。
 チェイスは怪訝そうに眉を顰めながらも、訳が分からずやはりそのままその場で立ち尽くしてその背を唖然と見送った。


 何故うちの中に彼女がいるのか。
 今日は洗濯屋が来る日ではない筈だ。
 平然と何かを運んでいたが、もしかして友人を招いていたのではなく、何か人手がいる様な仕事をしているのだろうか?
 修繕が必要な場所は無かった筈だし、わざわざ毎回細かい事まで報告してくるリリアが、大掛かりな事をやるのなら前もって報告してこない訳がない。


 なんだかいつもと様子が違う気がして、チェイスがアミリスを引き留めようとすれば、アミリスも何かを思い出した様にふと立ち止まり、チェイスに振り返る。


「あぁ、若さんの夕飯ならナナリーが用意といたよ。味はいつもと違うかも知れないけど、勘弁しておくれよ」
「ナナリー……? リリアはどうした」


 聞き覚えのない名前にチェイスが眉間の皺を深くしたが、そんな事はお構いなしに、アミリスはやはり不機嫌そうにチェイスに応えた。


「さぁね。あたしはただあの子が倒れたから看病を手伝っとくれと呼び出されただけだよ。まったく。あんた、金ない訳じゃないだろう? もうちょっと使用人を雇ったらどうなんだい。あたしは洗濯屋であって、看護婦じゃないんだよ」
「待て、倒れたってどういう事だ?! 具合が悪いのか? それとも怪我か?! 医者は呼んだのか?」


 毎度呼び出されてたらたまったもんじゃないと、ぶつぶつと文句を言いながらアミリスは奥の部屋へと入って行こうとする。
 聞き捨てならない内容にチェイスが慌ててアミリスに詰め寄ると、アミリスはチェイスの狼狽えた姿が意外だったのか、驚いた顔で彼を見上げ返していた。


「あんたーー」
「アミリスさん?どうかした……って、今度は一体どちら様かしら?」


 チェイスの慌てた声を聞いてか、今度は部屋の中から女性にしては背の高い、茶髪の見知らぬ女が顔を出す。
 一体誰なのかとチェイスが困惑する中、女はチェイスをジロジロと観察した後、こめかみを押さえながらゲンナリとした様子でチェイスに突っかかってきた。


「まさかと思うけど、貴方もリリアちゃんの悪い虫なのかしら? はぁ〜……困ったわねぇ。ラルフなら信用できるって思ってたのに、こんな事になるなんて。なんのご用か知らないけど、今日の所は帰って頂けないかしら? リリアちゃん、ちょっと色々あって今漸く少し落ち着いてきたところなのよ。急ぎの用なら私が言付けておくから、ここの旦那さんは名のあるお貴族様らしいし、旦那さんが帰ってくる前にここを出て行ったほうがいいわ」
「待て、こんな事とはどういう事だ。うちのメイドに一体何があったんだ?」
「うちのメイドって……えっ?!」


 まさかいつも不在の家主が本当に帰ってきた上に、ここまで若いとは思ってもいなかったのだろう。
 彼女はまさかといった面持ちで、アミリスに視線で問いかけると、アミリスの方も顰めっ面ながらに肯定の意を彼女に示す。
 すると彼女の顔色は、みるみるうちに血の気を失っていった。


「あ……あああああっ、ごっ……も、申し訳ございません!! まさか旦那様とはつゆ知らずとんだご無礼を」


 こういう反応をされるのはいつ振りだろうか?
 それだけ長い間貴族らしい生活をして来なかったという事だなと内心自嘲しつつ、チェイスは短く「いい」とだけ応えた。


「それより何があったのか話を聞きたい。洗濯屋、悪いがリリアは暫くあんたに任せる。そっちのあんたは……」
「あっ、すみません! 申し遅れました。私はすぐそこの通りでパン屋を営ませてもらっているナナリーと申します」
「そうか。ではナナリー、貴女はこちらに。すまないな洗濯屋」


 ナナリーとは彼女の事かと漸くチェイスは得心して頷くと、おざなりにアミリスへの謝罪を口にすると、慌てた様子のナナリーを従え、その場を後にする。


「……あたしにもちゃんとアミリスって名前があるんだけどねぇ」
 談話室へと向かう二人を見送りながら、ぶつぶつと不満そうに漏れたアミリスの言葉は、残念ながらチェイスの耳に届くことはなかった。

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