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メイドAは何も知らない。

みすみ蓮華

メイドの知らない約束事。 1

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 その日からリリアの少々奇妙な生活が始まった。
 朝は日が昇る少し前に起きて、朝食の準備を始める。
 それを終えると今度は自分の朝食を軽く済ませ、使用人が暮らす一階の掃除を。
 使用人部屋の掃除の後はブランチを取り、昼頃になって漸く二階の主人が暮らす居住区の掃除に取り掛かる。
 あまり大きな邸ではないとはいえ、リリア一人で管理するには大変だと感じる程度には広い。
 管理を始めて暫くは、使用していない部屋の埃落としに悪戦苦闘し、一日一部屋がリリアの限界だった。
 幸い家主が帰ってくる様子が見られなかったので咎められる事はなかったが、律儀に用意していた朝食や夕食は手付かずで、殆どがダメになってしまっている。


 最初は、大したものが作れない自分の料理がお気に召さなかったのではと落ち込んだが、翌日主人が使っているであろう部屋へ行ってみても部屋の中が使用された形跡がなかったことから、どうやら帰ってこなかったらしいと結論付けた。


 話に聞いてはいたが、本当に仕事が忙しいらしく、家に滅多に帰ってくる事はないらしい。
 それが数日も続けば、なんだかただ家を間借りしている気分になり、少々居心地が悪くなったが、その分少しでもこの屋敷に主人が帰ってきた時に、仕事の疲れも忘れ、以前よりくつろげると思えるような場所にしたいとリリアはそう決意する。


 その日は手始めに、全然手付かずだった庭の手入れを始めてみることにした。
 洗濯や掃除は城でなんとか憶えたものの、通常庭師が行う庭の手入れなど箱入り娘のリリアには初めての事だ。
 料理は辛うじてここに来る前に、伯父の家の料理長に幾らか習うことが出来たが、庭の手入れまでするとは考えてもいなかった。
 リリアは枯葉の掃除だけは済ませたものの、その後はどうすればいいのかわからず、わら箒を握りしめて、暫し小さな庭に立ち尽くす。


 まず目につくのは変色し、所々土が見え隠れしてしまっている芝生だ。
 リリアが訪れた時には雑草こそ生えていなかったが、リリアが来てから全く手入れしていなかった為か、あっという間に新しい雑草が伸び始めている。
 花壇に至っては、そもそもどれが雑草なのか花なのかわからない状態で、何処からどうすればいいのかがわからない。


 とりあえず試しにと、花壇の前にしゃがみ込み、明らかに伸びきって枯れかけてしまっている、葉の長い雑草に手を伸ばす。


「んっ……」


 すぐに抜けると思ったそれは、思いのほか根を張っているようで、リリアが両腕に力を込めても、うんともすんとも言わず、全く抜ける気配が訪れない。
 プチプチと手の内にある葉の切れる音が足元でする。
 リリアが手に痛みを感じ始めた丁度その時、垣根を挟んで屋敷前の大通りから、リリアに向かって誰かが声をかけてきた。


「あれ? ここのお邸、人が住んでたのね。お嬢ちゃん、このお邸の子?」


 草を掴んだまま首をそちらに向けると、背の高い、20代半ばの女性がこちらを覗き込んでいた。
 オリーブ交じりの茶髪を高く結い上げたポニーテールは、リリアの従姉妹ユリアとはまた違った快活そうな印象を受ける。
 ユリアを豪快と表すなら、彼女は朗らかといったところか。
 不思議そうにこちらを覗く様は、女性らしい魅力がにじみ出ていた。


「あ、あのっ! 少し前から働かせて頂いてます、リリア・ウォーレンスと申します。えっと、あいにく主人は不在で……何か、お言づけが御座いましたら私が……」


 リリアは慌てて立ち上がり、手に付いてしまった泥を払う。
 しかしそこまで言いかけて、急なお客様の言伝はどうすればいいのか思いつかず、リリアは戸惑い、黙り込んでしまった。
 すると女性は慌てた様子で手と首を横に振る。


「あ、違うのよ。配達の帰りにたまたま貴女を見かけたから声を掛けてみただけなのよ。そう、リリアちゃんっていうのね。私はこの先の通りでパン屋をやってるナナリー・アテルトンよ。よろしくね」


 にこりと微笑んで、ナナリーは垣根越しからリリアに向かって握手を求める。
 リリアは更に慌てて「よろしくお願いします」と頭を下げたが、汚れてしまった手を出しかけて、どうしたものかと逡巡する。
 それに気づいたナナリーが、やはり不思議そうに首を傾げた。


「あら、お仕事の途中で困らせちゃったかしら。ごめんなさい?」
「いえ、あの、お庭が荒れているので、手入れをしなきゃって思って……その、手が汚れて……ごめんなさい」
「なんだ。そうだったのね。でも、どうして貴女が? メイドさんのお仕事じゃないわよね?このお邸、庭師は居ないの?」
「えっと……事情は分からないですが、私以外に使用人は……その……」
「えぇ? そんな、貴女一人でこのお邸を管理しているの? いくらなんでも無茶よ。私も昔は奉公に出ていたことがあったけど、ここより小さなお邸でも何人かで分担していたわ。男手だって必要でしょうに。庭なんて特に女の子一人じゃ無理だわ。って、あぁっ! 貴女もしかして、素手で雑草を引き抜こうとしてた? ダメよ! 雑草をなめちゃ。葉先で手が切れることもあるし、毒草が混じりでもしてたら大変な事になるんだから! 仕方ないわね。ちょっと待ってて! お店にカゴおいたら手伝ってあげるわ!」
「えっ?! あ、あの、私、ご、ご迷惑をお掛けする訳には……」
「いいからいいから。店には旦那がいるし、私もここでお店も始めてそんなに経ってないから、常連さんもたかが知れてるし、うちはなんとかなるわ。困った時はお互い様。ね?」
「で、でも……あっ……」


 リリアがまごついている間に、ナナリーはあっという間にその場を去ってしまう。


「どうしよう……」


 主人の許可も無いのに、本当に手を借りていいのだろうか?
 こういう場合、ナナリーへの手間賃の支払いはどうしたらいいのだろう。
 それだけですませるのも気が引けるし、おもてなしも……勝手にしたら怒られるだろうか?


 予定外の出来事が立て続けに起こって、リリアは一人で屋敷を管理することの大変さを今更ながらに実感する。
 結局どうしていいかわからないまま、リリアはナナリーが戻って来るまで途方にくれてその場で立ち尽くしていた。

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