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メイドAは何も知らない。

みすみ蓮華

メイドの知らない彼らの事情。 5

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 それから更に数日が経過し、リリアは漸く次の仕事に就く事が出来た。
 グレンが訪問して来たあの日、結局リリアを雇ってくれる屋敷は見つからなかったのだが、その後何とかマルスがリリアを雇ってくれる人を見つけてくれたのだ。
 王都バルメースにあるお屋敷の中ではあまり大きくはないらしいが、もしかしたら今までの中で一番リリアには合っている家なのかもしれない。


 面接もなく、とても奇妙な条件ではあったが、臆病なリリアには丁度良かった。
 上品な革張りのトランクケースを両手で抱え、リリアは小さな門の前に立ち、ホッと感嘆の溜息を漏らす。
 門の奥に見える二階建ての邸は、リリアの実家であった海沿いにあるウォーレンス商会のお屋敷よりも小さく、窓の数から予想しても主だった部屋数は四つか六つあればいい方なのではないかといったところだ。
 表玄関は階段を上って二階に位置する場所にあり、その階段の脇に使用人が使用する一階の入り口が備え付けられている。
 ここには家主が一人でしか住んでいないと聞いた通り、こじんまりした庭は草は刈り取られているものの、芝生は所々剥げ落ちていて、花は無く、幾分殺風景な印象を受ける。
 聞いた話では、家主は平日は朝から晩遅くまで仕事をしているらしく、休暇日ですらあまり家にいる事がないらしい。


 リリアはマルスから直接手渡された鍵で、階段脇の使用人用の入り口から、恐る恐ると屋敷の中へ入る。
 やはり事前に聞いていた話の通り、屋敷の中に人の気配はなく、リリアの他に雇われている使用人も居ないらしい。
 以前は使用されていたのであろう使用人用の寝室二部屋には、ベッドが二台程並んでいたが、誰かが使っている様な形跡は見られなかった。


 リリアは上の階の階段に一番近い部屋を選んで、早速着慣れた淡い桜色のお仕着せに着替えると、窓を開け、簡単に掃除と荷解きを済ませる。
 大方の作業を終えた後は、主人が暮らす上の階へ移動し、ひとまずどの部屋に何があるのかを見て回った。
 やはり余り広い家ではないが、使用していない部屋が割と多く、掃除という点では結構充実した生活を送れそうな気がする。


 リリアに与えられた仕事はこの屋敷の最低限の管理と、不在がちな主人の朝食と夕食の準備の二つだけだった。
 こんなに都合のいい仕事なんて大丈夫なんだろうかと不安になったが、次の条件を聞いて、リリアはそういう事かと納得した。


 曰く、主人が帰宅し人の気配を感じても、決して顔を合わせない様に。と。


 まだ若い上流貴族の紳士ことだったが、女性が嫌いなのか、はたまた人嫌いなのか?
 リリアには想像する事しかできないが、ともかくマルスが持って来てくれた仕事だし、他にアテも無いので、リリアは思い切ってその話を引き受けてみた。


 使用人用の部屋は実家にあったリリアの部屋は元より、ヘストン伯爵の別邸や城の使用人部屋よりも日当たりは悪く、居心地の良い場所とは言えそうになかったが、外観と内装はリリア好みで、素朴でとても落ち着いているし、聞いていた話と違う点は今の所見当たらない。
 何よりちょっと変わったこの屋敷の主人が、自分と同じ様に人が苦手なのかもしれないと思うと、なんとなく親近感の様なものを感じるのだ。
 これなら何とかやっていけそうだと、リリアは久しぶりに控えめな笑みを浮かべる。


 リリアの他に人がいない為、結婚相手はもう見つけることが出来ないかもしれないが、城やあの別邸で過ごした日々を思えば、例えこの先一人のままだったとしても、ここで長くやっていけたら良いなとリリアは心からそう思った。




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「あ、チェイス。良いところに帰ってきた」
 城の書斎、満面の笑みでグレンがチェイスを出迎えたのは、リリアがとある貴族の屋敷で働き始める二日ほど前の事だ。


 元伯爵のヘストンと例の老人の証言を照らし合わせて作らせた人相書きを片手に、ほとんど家に帰ることなく聞き込みをしていたチェイスが一度城に戻ってきた矢先、かの先輩はご機嫌な様子で何枚かの書類をスッとチェイスに差し出してきた。


「色男でモテ捲る流石の僕も今回は苦労したよ。昨日漸くウォーレンス準男爵に謝罪を受け入れてもらえてね。これ、報告書。君にも関係あることだし、一通り目を通してくれないかい?」
「そうか。後で目を通しておく。こっちは今日も収穫なしだ。徹夜続きで流石に疲れた。少しだけ仮眠したい」
「おやおや。ご苦労様。顔もはっきりしてるって言うのに、これだけ聞き回って影も形も見つからないなんて。うーん。困ったねぇ……ま、明日からは僕もそっちの聞き込みに回れると思うから、今日のところはゆっくり休むと良いよ。うん。あ! でも、その書類は今見ておいた方が良いんじゃないかな?」
「急ぎなのか?」
「そういう訳じゃないけど……うーん。そういう訳なのかな? 今見ないと君、多分後悔する気がするなぁ」


 首を傾げ、何やら含んだ物言いをするグレンに、なんだか嫌な予感を覚え、チェイスは書類を受け取りながら眉を顰める。
 斜めに読みながらパラパラと書類を捲り、最後のページに行き着けば、チェイスの眉間のシワはその深さを増して、最終的に驚いたような顔で目を見開いて硬直した。


「おい、なんだこれは……」
「何って、謝罪だよ謝罪。良い案でしょ? 準男爵も迷った風ではあったけど、結構追い詰められてたみたいで、最終的に有難い話だって言ってもらえたよ。リリア嬢の方も快く引き受けてくれたって。君の一人暮らしについてはオリバーもずっと心配してたんだし、悪い話じゃないだろ? ほらこれ、契約書の控え」


 書類とは別に、デスクの上に置かれていた一枚の羊皮紙をグレンが手に取り、チェイスに手渡す。
 ご丁寧に割印の押されたそれには諸々の契約条件と、リリアのサイン、それに代表として兄オリバーのサインが記されていた。
 契約書の一番上にはこう書かれている。
 使用人雇用契約書、と。


「朝食と夕食の準備に、屋敷の管理、君の家っていつ行ってもちょっと良いとこの庶民の家にしか見えないくらい殺風景で落ち着かなかったし、女の子が一人いればそれだけで華やかになるし、僕たちの所為で方々から邪険にされていたあの子を救うことができる。謝罪って意味で、これ以上に良い案はないだろう?」
「仕事の斡旋をするだけなら、俺の家である必要はないだろう! あんただって、ほとんど領地に帰らず一人で暮らしてる訳だし、俺の家よりトラステンの屋敷で雇用してやった方があの女にとっても良かった筈だ!」
「チェイス、ご令嬢に対して "あの女" なんて言うものではないよ。大体、16歳の見るからに純粋なお嬢さんを、僕の家で雇う訳にはいかないだろう? 君は人畜無害かもしれないけど、僕の家はほら、色々と刺激が強過ぎると思うよ? あ、もちろん君の実家で雇って貰う事は僕も考えたんだけど、あの子が城からヘストン伯の別邸で働くようになった経緯を考えるとね、あんまり良くないのかなーって」
「……何だ経緯って」
「うん、気になってちょっと調べたんだよね。あの子の髪って結構綺麗なストロベリーブロンドじゃない? 加えて顔も美人とまでは言わないけど、年頃の可愛らしい顔立ちをしてるし、なんせ資産持ちで両親は共に他界したばかりときてる。目敏い貴族は勿論、城の兵から侍従まで。結構モテたみたいなんだよねぇ。お陰で同僚からは結構妬まれてたらしくってさ。表立って虐められはしてなかったみたいだけど、無視されるのが日常茶飯事で、かなり辛い思いをしてたみたいだよ? そんな子が僕の次にモテるオリバーの屋敷で働いてご覧よ。毎日枕を濡らして過ごす事になると思うなぁ僕は」
「…………」


 何か思い出した様子で、しんみりとグレンが気の毒そうに肩を落とす。
 そう言われて思い出すのは、涙に濡れたリリアのセピアに輝く澄んだ瞳だ。
 ごくありふれた茶色い瞳がチェイスの頭から焼き付いて離れないのは、罪悪感を感じている所為だけではないだろう。
 見るからに大人しそうな少女の顔立ちは、グレンが言うように人目を惹くような美人ではなかったが、隣に居れば安らぎを与えてくれる様な、そんな優しげな面差しをしていた。
 尾行をしていた時は、後手に結ばれた苺色の柔らかな髪を遠目から見ることの方が多かったが、近くで見た彼女の瞳はそれ以上にチェイスの中に印象付けられる。
 色や形ではなく、無垢を感じさせるその眼差しが、オリバーやグレンに付き纏う女達と何かが違う様な気がして、何だか落ち着かない様な、不思議な気分にさせられた。


 笑えばきっと可愛いのに。
 ふとそんなことを思って、チェイスは軽く首を振る。
 グレンに命じられたからとはいえ、必要以上に怖がらせてしまったのは自分だ。
 例え家で働くのだとしても、彼女が自分に対して微笑んでくれる事はないだろう。
 それに……


「トラステン本邸ならともかく、使用人一人の状況で顔を合わせないようにするなんて不可能だろ。俺だって休日まったく家にいない訳じゃない。俺が家にいる気配が分れば、あいつはその度に怯えなきゃいけない羽目になる。あいつも準男爵もどうかしている」


 もし自分ならどんなに追い詰められていたとしても、手を挙げた男の家に勤めさせるなど絶対に許さない。
 リリアにしたって、資産が残っているのなら無理に働く必要はない筈だ。
 あんなに怯え、激高していたのに、何故そんなことが許せるのか、全くもって理解できない。
 するとその疑問を察したかのように、グレンがあっけらかんとしてとんでもないことを言い出した。


「あぁ。だって、準男爵達には君の家だってこと話してないもの。だからほら、こうやって契約者代表はオリバーに頼んだんだよ。彼らは君の子爵名しか知らないわけだし、大丈夫大丈夫。家にいるときは前もって "この部屋に近寄るべからず" とかなんとか一筆書いてでもおけば、何とかなるって」
「はぁ?!」


 グレンに振り回されるのはいつもの事だが、ここまで来ると言うべき文句も思いつかない。
 謝罪どころか、グレンがした事は立派な詐欺である。
 親書を盗んだのも実はグレンで、トラステン家を破滅に追い込もうとでも思っているんじゃないかといい加減疑いたくなってきた。


「お前……俺やオリバーになんの恨みがあるんだ? こんな、人を騙して……立派な犯罪だぞ!!」
「チェイス、僕だってこんな事は本当はしたくないさ。でもさ、これでも僕は今回結構ショックだったんだよ。今まで慰めてきた令嬢はいつだって僕を頼ってくれたのに、あの子は僕を見るなり固まってしまったんだ。僕が手をあげたわけでもないのにだよ? あんな風に拒絶されたのは初めてだったし、準男爵から僕達の所為で仕事を辞めることになって、噂の所為で嫁にも行けなくなるかもしれないって聞かされて、何も返す言葉が浮かばなかった。それに君は君で落ち込んでいたし。だから責任を取るならお互いの為にもこういう形の方が、一番納得出来るんじゃないかって思ったんだよ。どうしても無理だって言うなら、君自身の事だし、断ってくれて構わない。喜んでくれたあの子は可哀想なことになるけど……」


 伏し目がちに胸を押さえるグレンの言葉に、チェイスは一瞬胸に軽い痛みを感じる。
 もしここで断ってしまったら、あの少女はまた職を失うことになる。
 騙してしまう事にも気が引けるが、喜んでいたリリアからまた笑顔を奪うことになるというのが何より辛い。
 冷静に考えればグレンの言っていることなんて無茶苦茶だと解るのだが、あの済んだ瞳が自分の所為で陰ってしまうのはもう耐えられそうにない。


 兄以上に品行方正で生真面目な故に、チェイスはいい意味でも悪い意味でもお人好しで、とりわけ人の泣き顔には弱かった。


「……本当に、メモ書きだけで顔を合わせずにやっていけると思うか?」
「チェイス……あぁ! 君ならできるさ! あの家ならきっとあの子も癒されて元気になる。心の傷が癒されて、慣れてくればいつか君と顔を合わせて話せるようになる日も来るかもしれない。そうなれば君だってちゃんとあの子に謝ることが出来るだろう?君の家であの子が働き始めるのは明後日だ。さ、疲れてるんだろ? 君はちゃんと今のうちに休んで、僕はその間、君の聞き込みの続きにでも行ってこようかな」


 ぽんぽんとやさしげな笑顔でグレンがチェイスの肩を叩く。
 もしかして、その為にわざわざ犯罪まがいのことまでしてチェイスの家を紹介したのだろうか?
 毎回やる事なす事突拍子もない事ばかりではあるが、グレンは人の感情の機微には凄く敏感だし、自分の事ばかり考えているわけではないのだ。


「グレン、心配をかけた。その……悪かったな」


 部屋を出ていこうとするグレンの背中に、チェイスがおずおずと声をかければ、グレンは振り向くことなく、無言で肩を竦めて手を振る。
 その顔が楽しげに歪んでいたことなど、お人好しのチェイスは知る由もなかった。

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