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メイドAは何も知らない。

みすみ蓮華

メイドの知らない彼らの事情。 3

「でも、ま。ヘストン伯は諸々の罪状で俺が捕まえておいたし、ついでに最初の事件はヘストン伯が裏で手を引いてたんじゃないか? なんて噂も広まるようにしておいたから、僕ってほんと頼れる先輩だろ? 後は親書さえ取り返す事ができれば、トラステン家の名誉は安泰。いや、むしろ同情を誘ってますますあいつの人気が急上昇、僕のモテ期も最高潮! ついでに今まで草葉の陰で泣いていた君も、ご婦人方の注目をそこそこ集めるようになるさ」


 調子のいい事をつらつらと並べ立てるグレンに、とうとう堪えきれなくなったチェイスは、無言で立ち上がると、怒りに任せて彼の腹を蹴りつける。
「ごふっ」っと、自称とはいえ色男から発せられるとは思えないような声を漏らしながら、グレンは派手に向かいの長椅子に大袈裟に吹き飛ぶ。
 チェイスがすかさず胸ぐらを掴めば、流石に神経の図太いグレンも、咳き込みながら笑顔を貼り付け、額からは冷や汗を流していた。


「まって! 僕、伯爵、君、子爵。超えられない壁は、お互いの友情の為にも、超えない方が良いんじゃないかなとグレンさんは思うんだけど?」
「権威振りかざして、なにが友情だこの花畑が。ふざけた事ばっか抜かしやがって、こっちはもう後がないってのに、散々脅すだけ脅してあの女はシロでしたで済まされるか! あとで訴えられでもしたら、あんた、どう落とし前つけるんだ!」
「お、落ち着けって。犯人さえ捕まえれば後の事はどうとでもなるって! いくらなんでも顔ぐらいは見たんだろ? そ、それに、あの子を脅したのは君だし……って、わわわ! 待った待った!! 顔は、顔は止めて! せめて腹で!!」
 聞く耳を持たないとばかりに、チェイスは思い切りグレンに平手打ちを叩きつける。
「痛ってぇ……」と頬をさするグレンに案の定反省の色はなく、チェイスはかなり乱暴に胸倉を突き放すと、吐き捨てるように怒号を落とした。


「俺に脅せと命じたのはあんただ!! なにが "ほら、やっぱり" だ! 脅した後で親族呼び出して情をかければ女なんてすぐボロが出るなんて、適当な事ばっか言いやがって……っ!!」
「まぁまぁ、チェイスくん。そういう下卑た喋り方は良くないと僕は思うなぁ。確かにチョットばかり揺さぶって? とはお願いしたかもしれないけど、婦女子の髪を掴んで投げ飛ばせとまでは言った覚えは……う、スミマセン。ホント、ごめんなさい。僕が伯爵権限であの子を君に脅すように言いました。認めるから、お願いだからもう勘弁して!!」


 反対側にもう一発と片手を振り上げたものの、身を竦ませたグレンの姿とあの時怯えた顔で涙を流していた少女の姿が重なって、チェイスは途端に動きを止める。
 オリバーがトラブルに巻き込まれ、チェイスが令嬢を問い詰め、それをダシにしてグレンが令嬢を慰めるのは今に始まった事じゃない。


 だがそれでも、気を失う程怯えられたのも初めてなら、実際に女に手を上げたのも初めての事だったのだ。
 軽く払っただけで、投げ飛ばしたつもりはなかったのに、あんなに簡単に倒れてしまうだなんて、全く想像していなかった。
 あれが目の前にいるこの男なら平然として立っていただろう。
 女にしたって、オリバーの物を盗もうとする令嬢は、チェイスが問い詰めれば居直り、グレンが慰めればさめざめと泣いてみせる。そんな強かな面の皮の厚い者ばかりだったのだ。


 チェイスの姿を見た途端悲鳴を上げ、伯父に縋ったリリアは、グレンの影越しから見ても分かるくらいに、気の毒な程に震え上がっていた。
 まだあどけなさが残っていた無実の少女の心に、癒えることのない傷を残してしまったと思うと、オリバーの、トラステン家の名誉などもうどうでもいいとさえ思えてきてしまう。


「…………チェイス?」
「……顔は見てない。が、あの老夫とヘストンは顔を見てるはずだ。人相書きを作らせる。あんたはあんたの仕事をしろ。女の扱いには慣れてんだろ。とっとと謝罪でもなんでもして慰めてこい」


 上げていた手を下ろし、チェイスは踵を返すとそれだけ言い捨てて、足早に部屋から出て行く。
 グレンはしばらくポカンとした顔でその背中を見送っていたが、いつもと違ったチェイスの様子首を捻り、一人ぽつりと呟いた。


「もしかして、相当かなり落ち込んでる?」

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