メイドAは何も知らない。
プロローグ
鼠色の、デコボコとした石のレンガで囲まれた部屋の中。中央に配置されたテーブルの上で、人差し指大まで溶けた蝋燭が頼りない火を揺らめかせている。
昼間だというのに、夜中かと錯覚するほどに暗いその部屋には窓がなく、壁にはカビが生えているのか生臭い匂いが鼻につく。
リリアは膝の上で拳を握り、俯いたまま喉を鳴らすと、次に降ってくるであろう怒声に備え、 ギュッと両目を閉じて身を硬くした。
「いい加減白状しろ!!」
「……っ!」
若い男の怒声とともに、湿気を帯びた木材のテーブルが鈍い音を立てて軋む。
リリアが目を閉じる一瞬見えた、勢いよく振り上げられた拳は、案の定、リリアの目の前にあるテーブルに勢いよく叩きつけられていた。
「まだシラを切るつもりか?! お前が度々ヘストン伯爵の指示で動いていたことは判っているんだ!いい加減白状しろ!!」
「し、しらな……っぐ……」
否定の言葉を言い終わる前に、リリアの柔らかく赤みを帯びた桃色の金髪が乱暴に掴まれ、首が傾ぐ。
頭皮が引きつる痛みに耐えられず、リリアが恐る恐る目を開けると、涙を浮かべた茶色いその瞳に、青年の怒りに歪むその顔が映し出された。
麦畑を思わせる青年の金髪は、こんな状況じゃなければ、見とれるほどの美しい輝きを讃えているのに、リリアを睨みつける灰色の瞳は、まるで獲物を狙う狼のような鋭さを帯びていて、リリアはぶるりと震え上がる。
何故、どうして自分がこんな目に合わなければならないのか。
この部屋に連れて来られる少し前から、そればかりがリリアの思考を駆け巡っている。
「女だから手加減してもらえるとでも思ってるのか? 言っておくが、これ以上しらばっくれるつもりならそれ相応の対応をさせて貰う。男も根を上げる程の拷問に耐えられるとは思えないが、こっちもこれ以上お前に付き合ってられる程暇じゃないんだ。……これが最後の警告だ。殿下の親書を何処へやった」
「……ふっ、っう……」
何か言わなければと思うのに、あまりの恐ろしさにもう声を出す事も叶わず、リリアの瞳からぽろぽろと大粒の涙が零れ落ちる。
焼ける様に熱を帯びたリリアの喉からは嗚咽ばかりが漏れているというのに、青年は良心を痛めるどころかその苛立ちを増長させ、遂にリリアの髪を突き放す様に振り払う。
その弾みでリリアは座っていた椅子ごと床に倒れこんだ。
反射的に着いた両手に、床に擦れた痛みが広がる。
最後の警告と言われて、リリアはこの部屋を出た後、我が身に降りかかるであろう絶望を予感して、藁にもすがる思いで部屋の隅に立っていたもう一人の男に視線を向ける。
「チェイス、焦る気持ちはわかるけど、少しばかりやり過ぎだよ」
一歩前に出た男は濃い焦げ茶色の髪をかき上げながら、落ち着いた様子で嘆息を吐き出す。
その言葉にチェイスと呼ばれた金髪の青年が小さく舌打ちで返した。
「もういい! ……連れて行け!!」
焦りを帯びた青年の怒声が、部屋の外の常駐兵に向けて投げられる。
そして焦げ茶色の髪の男はリリアの視線に気付くと軽く苦笑を返してきたが、それ以上リリアの期待には応えてくれることはなかった。
「待って! わ、私、本当に何も知らな……っ」
両側から常駐兵に腕を掴まれ、リリアは最後の勇気を振り絞って誰にともなく訴える。
憎悪の視線、同情的な視線、無関心な視線、リリアを見下ろしてくるいずれの視線も、リリアの言葉に同意してくれるようなものではなかった。
信じてくれる人がいない。
これほどの絶望がこの世にあったなんて、両親を海難事故で失った時ですら感じなかった。
ましてや身に憶えのないことでこんなにも責められるなんて、誰が想像出来ただろうか。
何か言わなきゃ、何か訴えなきゃ。
そう思うのに頭は真っ白のままで、両足は自分の意思に反して部屋の出口へと進んでいく。
彼らの求めている答えも、彼らが口にしている質問も、リリアには意味がわからない。
示せるものは何もない。
この部屋を出てしまえば……もしかしたら、このまま自分は殺されてしまうのかもしれない。
(こんな、こんなの嘘よ…… 誰か夢だって……)
「お、おいっ!?」
さらなる絶望を予感して、リリアの視界がぐらりと歪み、足元から崩れ落ちる。
隣にいた常駐兵の声がやけに遠くから聞こえた気がした。
慈悲も涙もない怖い人。
それがリリアがチェイスに抱いた一番最初の印象だった。
昼間だというのに、夜中かと錯覚するほどに暗いその部屋には窓がなく、壁にはカビが生えているのか生臭い匂いが鼻につく。
リリアは膝の上で拳を握り、俯いたまま喉を鳴らすと、次に降ってくるであろう怒声に備え、 ギュッと両目を閉じて身を硬くした。
「いい加減白状しろ!!」
「……っ!」
若い男の怒声とともに、湿気を帯びた木材のテーブルが鈍い音を立てて軋む。
リリアが目を閉じる一瞬見えた、勢いよく振り上げられた拳は、案の定、リリアの目の前にあるテーブルに勢いよく叩きつけられていた。
「まだシラを切るつもりか?! お前が度々ヘストン伯爵の指示で動いていたことは判っているんだ!いい加減白状しろ!!」
「し、しらな……っぐ……」
否定の言葉を言い終わる前に、リリアの柔らかく赤みを帯びた桃色の金髪が乱暴に掴まれ、首が傾ぐ。
頭皮が引きつる痛みに耐えられず、リリアが恐る恐る目を開けると、涙を浮かべた茶色いその瞳に、青年の怒りに歪むその顔が映し出された。
麦畑を思わせる青年の金髪は、こんな状況じゃなければ、見とれるほどの美しい輝きを讃えているのに、リリアを睨みつける灰色の瞳は、まるで獲物を狙う狼のような鋭さを帯びていて、リリアはぶるりと震え上がる。
何故、どうして自分がこんな目に合わなければならないのか。
この部屋に連れて来られる少し前から、そればかりがリリアの思考を駆け巡っている。
「女だから手加減してもらえるとでも思ってるのか? 言っておくが、これ以上しらばっくれるつもりならそれ相応の対応をさせて貰う。男も根を上げる程の拷問に耐えられるとは思えないが、こっちもこれ以上お前に付き合ってられる程暇じゃないんだ。……これが最後の警告だ。殿下の親書を何処へやった」
「……ふっ、っう……」
何か言わなければと思うのに、あまりの恐ろしさにもう声を出す事も叶わず、リリアの瞳からぽろぽろと大粒の涙が零れ落ちる。
焼ける様に熱を帯びたリリアの喉からは嗚咽ばかりが漏れているというのに、青年は良心を痛めるどころかその苛立ちを増長させ、遂にリリアの髪を突き放す様に振り払う。
その弾みでリリアは座っていた椅子ごと床に倒れこんだ。
反射的に着いた両手に、床に擦れた痛みが広がる。
最後の警告と言われて、リリアはこの部屋を出た後、我が身に降りかかるであろう絶望を予感して、藁にもすがる思いで部屋の隅に立っていたもう一人の男に視線を向ける。
「チェイス、焦る気持ちはわかるけど、少しばかりやり過ぎだよ」
一歩前に出た男は濃い焦げ茶色の髪をかき上げながら、落ち着いた様子で嘆息を吐き出す。
その言葉にチェイスと呼ばれた金髪の青年が小さく舌打ちで返した。
「もういい! ……連れて行け!!」
焦りを帯びた青年の怒声が、部屋の外の常駐兵に向けて投げられる。
そして焦げ茶色の髪の男はリリアの視線に気付くと軽く苦笑を返してきたが、それ以上リリアの期待には応えてくれることはなかった。
「待って! わ、私、本当に何も知らな……っ」
両側から常駐兵に腕を掴まれ、リリアは最後の勇気を振り絞って誰にともなく訴える。
憎悪の視線、同情的な視線、無関心な視線、リリアを見下ろしてくるいずれの視線も、リリアの言葉に同意してくれるようなものではなかった。
信じてくれる人がいない。
これほどの絶望がこの世にあったなんて、両親を海難事故で失った時ですら感じなかった。
ましてや身に憶えのないことでこんなにも責められるなんて、誰が想像出来ただろうか。
何か言わなきゃ、何か訴えなきゃ。
そう思うのに頭は真っ白のままで、両足は自分の意思に反して部屋の出口へと進んでいく。
彼らの求めている答えも、彼らが口にしている質問も、リリアには意味がわからない。
示せるものは何もない。
この部屋を出てしまえば……もしかしたら、このまま自分は殺されてしまうのかもしれない。
(こんな、こんなの嘘よ…… 誰か夢だって……)
「お、おいっ!?」
さらなる絶望を予感して、リリアの視界がぐらりと歪み、足元から崩れ落ちる。
隣にいた常駐兵の声がやけに遠くから聞こえた気がした。
慈悲も涙もない怖い人。
それがリリアがチェイスに抱いた一番最初の印象だった。
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