死にたい不死者と殺したくない死神

ノベルバユーザー366133

不死者、入国

 この世界は混沌としていた。
 『悪魔』と呼ばれる超常的存在が人々を嬲り、殺し、全てを略奪する。彼女たちが生み出した異形の怪物たちもまた、大いなる脅威として人々を苦しめた。
 『悪魔』たちに怯え、その侵略をなんとか団結して凌ぎながら人々はそれでも生きていた。
 そんな世界のある国に、少女が一人。
 「こんにちは」
 少女・・・といっても背格好や風貌がどことなく幼く見えるだけで、実際はもうすぐ二十歳になる年齢であった。
 黒い髪が肩にかかるくらいのショートヘアで、お洒落、というよりは手間がかからなくて良い、という理由でその髪型を選んだように見える。彼女は旅人なので当然といえば当然だが服装も地味な旅装で女性には似合わない無骨な大きいリュクサックを背負っていた。
 「どうも、お嬢ちゃん。入国かい?」
 「ええ」
 若い門番はこのご時勢で女一人の旅人なんて珍しいとは思ったが、別段関わろうともせず事務的な質問を二、三重ねていく。
 「・・・ふん、ふん。こんなものかな。・・・あぁ、あと入国の理由を聞きたいんだけど、なんだい?」
 「理由・・・理由ですか。うーんと、」
 「?」
 少し困ったように笑う少女に門番は首を傾げた。こんな質問はどの国に入る時も聞かれることだろうし、身も蓋もない話だが本当のことを答える理由もないので適当に「観光」などと言う旅人がほとんどである。先程からの質問にもスラスラと受け答えしていた様子から門番は目の前の少女が旅慣れしていると察していただけにこの反応は意外だった。
 うーん、うーん、と考え込んでいる少女はやがて「そうだ」と何か思いついたようで、俯いていた顔をパッとあげる。
 「お、なんだい?入国の理由は?」
 なにやら笑顔の少女につられて微笑む門番に向かって彼女はハッキリと告げた。
 「この国の姫に会いたいのですが」



「捕まった・・・」
 先程の入国審査から数時間後。
 少女は鉄格子の中に入っていた。
 なんだか展開が急すぎて彼女自身ついていけないようで困り果てた様子で佇んでいる。
 まだ拘留されている段階なので囚人服に手錠に足枷・・・なんてことはなさそうだが、今後お上の意向次第ではどう転ぶか全く読めない状況だ。
 どうやら彼女の『入国理由』はこの国にとってかなりのタブーに当たるらしい。
 まぁ相手はお姫様だ。当然少女も簡単に会えるとも思っていなかったが・・・。
 (うーーん。無難な落とし所は多分国外追放とかだろうけど、せっかく得た機会をみすみす逃すのもな〜〜。1回追放されたら二度と容れて貰えないだろうし・・・)
 いっそのこと自分の体質 ・ ・を話して交渉してみようかーーと何やら怪しげな方向に少女の思考が向き始めた時だった。
 「・・・ゃめ・・・さ」
 「・・・ぃ・・・ます」
 音がした。
 少女が今捕らえられている牢がある部屋は正面に扉が1枚あるのみだが、その奥から音がする。
 先程見た時は看守?ーー少女には彼らがどんな役職の人間かイマイチ判断がつかなかった。ーーのような男が数人机で書類仕事なんかをしていたが、今は何やら言い争いをしているようだ。 
 そして。
 バガン!
 大きな音を立てて扉が開く。
 「おやめ下さい、レイ様!彼女はーー」
 「どういうおつもりですか!?」
 扉を隔ててくぐもっていた喧騒が少女のいた牢にも届いてくるが、彼女はそんなもの全く耳に入らなかった。 
 圧倒されていた。
 目の前に現れたのはーー1人の少女。
 純白ーーそれも穢れを一切受け付けない漂白作用なものすら感じるほどの強い白 ・ ・ ・ だな、と牢の中の少女は感じた。
 腰まで伸ばした長い白髪と、白磁のようなきめ細やかな肌。装いこそ大衆が着るような厚手のコートであったが、少女が「レイ様」と呼ばれていたことを差し引いても高貴な身分だと一目で分かる存在感であった。
 (こんな)
 牢の中にいる少女の頬を汗が伝う。
 こんな事態になってもろくに慌てもしなかった彼女が自分より歳下であろうレイの登場にハッキリと動揺していた。
(こんなヤツがーー只者であるハズがない。コイツはーー)
 彼女はもう分かっていた。 
 こいつだ。
 今自分の目の前に現れたレイと呼ばれる少女ーー彼女が自分が追い求めてきた姫様だ。
 「私は」
 凛、と通る声だった。
 動揺してロクに考えが回らなかった彼女を現実に無理やり引き戻すような声。
 そして碧色をした綺麗な二つの瞳がハッキリと牢の中を見つめる。
 「私はーーレイ。ただのレイよ、あなたは?
 「わ、たし、は」
 動揺で上手く声が出ない。
 (何をやっているんだ、私は。
 数年がかりでようやく追い求めてきた手がかり。あわや国外追放ーーという所に降って湧いてきたチャンスじゃないか!
 何をやっているんだ私は!)
 ゴクリ、と一度唾を飲み込み、スー、ハーと数回の深呼吸を行ってようやく落ち着く。
 そして、そのあいだ微動だにせずじっと牢を見つめていたレイに向けて彼女は言い放った。
 「私はーー私は、ナビ。ナビ・エンメイジよ」
 「ナビ・エンメイジ、ですか?おかしな名前ですね」
 (アンタが聞いたんでしょうが!?)
 初対面の相手に向かって、しかも歳上に向かって大変失礼だし、そもそも少しもおかしそうではない様子のレイにナビは思わず腹を立てるがーー次の彼女の言葉でそれどころではなくなった。
 「まぁ、いいわ。アナタ、私に用があるんでしょうーーなんでも、私に殺して欲しいとか」
 そう告げるレイの放つ眼光はそれだけで人一人殺してしまいそうな強さだった。



「お断りよ」
 全然殺してもらえなかった。 
 場所は移り、ここは王宮の一角。牢屋から王宮とは環境のグレードアップが甚だしいが、1人きりだったさっきとは違い今は目の前のレイに加え護衛たちが至る所から視線を向けてくるせいで一概に過ごしやすくなったとは言えないナビだった。
 「え?あれ?さっきの雰囲気的にサクッと殺ってもらえる感じじゃーー?」
 「あなた、話題の割に随分とノリが軽くありませんか!?」
 ナビの呑気な語り口に先程までのミステリアスな雰囲気が早くも剥がれかけるレイ。
 ご、ゴホンと咳払いをひとつしてズズズと目の前のテーブルに置かれた紅茶を飲んでから再び話し始める。
 「私がアナタを連れ出したのはただの興味本位で、別にあなたの頼みを聞くわけじゃありません」
 「えぇ!?そんなぁ・・・」
 自分を殺してもらうために ・ ・ ・ ・ ・ ・・・・・・・数年間苦労を重ねてきたナビとしてはたまったものではないがあの牢屋に閉じ込められたままではどの道詰みだったのだ。ナビとしても、レイが大分無理を言ってここに連れてきたことは分かるのであまり文句も言えない。
 (そもそも怪しさの塊みたいな旅人といくら見張り付きとはいえ国の要人がお茶っていう状況が許されるのはなんで?見張りの人たちも何だか距離あるし・・・姫様殺られるとか考えないのかな?)
 「見張りたちは念の為です。誰も・・・私が危ないとは考えませんよ」
 「うぇ!?」
 思い浮かべたことが見透かされたようで変な声を上げるナビ。対して、レイは何の感情も宿していないかのような淡々とした口調だ。
 「彼らは『義務』だからいるだけです。私は・・・強いですから」
 「・・・」
 確かに只ならぬ雰囲気こそ感じるものの見た目は十歳前半の少女だ。『強い』という言葉にはいささか疑問を覚えるが、しかし感情を押し殺すかよのうなレイの暗い瞳にナビは何も言えなかった。
 「で?」
 「・・・んあっ?」
 「いや、『んあっ』ではなく・・・私ではなくアナタの話を聞かせてください。アナタはどこから来たんですか?私のことを知ったのはどこで?アナタが・・・アナタが、死を願う理由は?」 
 ナビをじっと見つめる瞳には先程までの暗い雰囲気はなく穏やかで静かなーーしかし、逃げることは許さない不思議な光をたたえていた。
 ナビは「ふぅ」と一つため息をついて覚悟を決める。これからする話はナビにとってもあまりいいーーというより最悪の思い出だが、何も語らずに「殺してくれ」という訳にもいかないだろう。
 「分かりました・・・では、話しますね。
私の、ナビ・エンメイジーーいや、延命寺無人 ・ ・ ・ ・ ・の話を」



 「・・・」
 窓から見えるのは何やら真剣な様子で話している歳の離れた二人の少女。
 暗い部屋から彼女たちを見つめる大柄な男の姿は非常に怪しげだが、彼を咎める存在はこの城には存在しない。
 「・・・突然の来訪者に多少計画を狂わされたが、大筋に変更はない」
 ふいに、男がボソリと呟く。
 独り言というよりは、どこかに向かって話しかけているようだがこの部屋には彼以外誰もいない。男の胸にぶら下がる紐で吊るされたリングが彼の言葉に応えるように淡く明滅しているが、その詳細は分からない。
 「・・・あぁ、引きこもりの姫様が自分から屋外に身を晒してくれたのは寧ろ幸運と言えるだろう」
 再び似たような口調で呟く男。
 いつの間にか、リングだけではなく彼の指に同じような淡い光が集まっていた。
 しかし、その光は明滅などせず・・・次第に強く眩くなってゆく。
 「さぁ・・・予定通り、始めるぞ」
 そして、男は強い光が集まったその指先を白く、幼い少女へと向けてーー

 ヒュン

 と、いっそ間抜けな音すらたてて凶弾は放たれた。
 

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