ベア・サモナー

青蘭(あおらぎ)

28.時を経た再会 -故郷カムラ到着ー

 リグレーグに乗せてもらい、順調に空の旅を満喫した一行は、ほどなくして村に着いた。
 改斗と明由美が生まれ育った村、カムラ。小さな集落のような規模だが、自給自足が可能な穏やかで自然に恵まれた土地だ。豚や鶏、山羊といった家畜に、野菜を育てる畑、湧き水もあれば、温泉だってある。休暇にひとときの安らぎを求めるにはもってこいの村。田舎というのが一番分かりやすい表現か。
 村の入り口に降り立つ緑の翼。その姿は村人にも見えていたようで、恐れ半分、好奇心半分で集まってきた。

「みんな、ただいま! よかった、まだ襲われてないみたいだな!」

 改斗がワイバーンの背から飛び降りて姿を見せた。続いて明由美が降り、クライドに頭を下げてから、村人の方に駆け寄る。
 突然の訪問者をまじまじと見る村人の中の一人が、思い出したように訊いた。

「もしかして、改斗に、明由美……ちゃん?」

 改斗と明由美に笑顔が上った。同時に村人からも歓声が上がる。

「ホントに? うわー懐かしいなぁ。大きくなってぇ」
「美人になったねぇ明由美ちゃん」
「改斗の目は相変わらずいい色してるなぁ」
「学校はどう? 今日は里帰りかい?」
「いやぁそれにしてもめでたいな、今日は村総出で宴じゃ!」

 いつの間にか村人たちに囲まれて、突っつかれたり言葉をかけられたり。いきなりの歓迎姿勢は無理もない。村が紫龍に襲われて一年経った後、改斗と明由美は村を出ていった。約五年前のことだ。改斗は当時十二歳で、明由美は十歳だった。少数で構成されている村だけあって、近所は皆馴染み深い。五年ぶりに村の人間が帰ってきて、その人間の成長を目の当たりにすれば、喜びもひとしおだ。
 それに、二人は両親を失っても挫けず頑張る子供として、大人たちには映っている。強くて健気な心配の対象なのだ。

「もしかしてお前たち、召喚士になれたのか?」

 後ろで控えている緑の魔物と二人を好奇の目で見る村人が訊いてきた。
 明由美は慌てて手を振る。

「ああ、違うの。あの魔物は別の人の魔物で、私たちの魔物は……」
「じゃーん」

 おお、と感嘆が漏れたのは一瞬だけ。偉そうに改斗が見せたのは、ただのピンクのクマの傘だった。
 一応目を凝らしてよーく見る村人。やはりなんの変哲もない可愛い傘。

「これが……何?」

 村人に疑問が上る。

「だから、俺たちの魔物」
「傘、だよな?」

 村人は互いに顔を見合わせ、そうだよな、とまた疑念を浮かべる。

「いや、傘なんだけど、魔物なんだよ」
「魔物っつうのは、あの後ろにいる大きな動物のこというんじゃないのか? 改斗の持っとるのは……傘だ」
「いや、大きな動物だけが魔物になるわけじゃなくて、傘でも魔物は魔物なんだよ」
「本当かぁ?」
「証拠は?」

 信じられないのも無理はない。
 改斗は不審な目を向けられながらも、尊大に胸を反らして明由美を呼んだ。

「今から証拠をお見せしよう。よ~く見てろよ」

 二人で傘を持ち、意識を集中する。

「いっちょでかいの、頼む!」

 そしてクマの顔を大空へ向ける。巨大な炎を見せて、信用してもらおうという魂胆。
 何が起こるのかワクワクして見ていた村人も、半信半疑で疑わしげに見上げた村人も、ポカンと間抜け面をさらしている。上を向いているのだから自然とそう見えてしまうが、大本の原因はそんなことではなかった。
 何も起きない。

「おい改斗、俺たちを茶化すのもいい加減にしろよ」
「そういえば改斗ちゃん、昔から悪戯好きだったもんねぇ。でもこれはちょっと酷いんじゃない?」
「覚悟はできてるか? 改斗」
「え、ちょ、ちょっと待て」

 嘘つきは泥棒の始まり、というのがこの村の規律というか格言というか。しかも村人大注目の大期待を裏切ったのだから、制裁はしかるべき村の罰なのかもしれない。
 リンチに遭う改斗。

「まったく、あんたは何年経っても変わんないね!」
「そんなに俺たちの困った顔見たいのか? え?」
「わーちょっとタンマ、待って。おいベート、なんで証明しないんだよ!」

 村人にたかられる前に明由美の手へと逃れたスカイベートに、悲痛な改斗の叫び。といってもこれはスキンシップみたいなものなので、村人も本気で蹴ったり踏んだりしているわけではない。痛いことに変わりはないが。

「無駄に力は使わないと前に言っただろう。今は必要ない」
「ベート……」

 脱力した改斗いじめを一端やめ、村人たちが明由美の持つ傘に一斉に視線を送った。

「今、しゃべらなかったか?」

 ざわざわと広がるどよめきの波紋。魔物に意志がある、という驚きではなく、ただの傘がしゃべった奇天烈な現象に目を丸くしている。
 再び視線がクマの傘に集まる。小声で明由美に、炎を吐かなくていいから自己紹介してくれと頼まれ、スカイベートはため息をついて渋々承知した。

「正真正銘、私は改斗と明由美によって呼び出された魔物だ」

 おおーと山の神を拝むような目で見て感嘆する村人に、少しだけ上機嫌になったスカイベートはさらにつけ加えた。

「こんな姿では信じられないのも無理はない。力も最大限に引き出せるか怪しいものだ。それでも魔物だ。これだけは分かってもらいたい」

 なんだか演説みたいになっている。知識と常識の及ばない現実は、村人に不信感よりも神がかり的なものを感じさせている。
 スカイベートのおかげでリンチを一時免れた改斗は、起き上がりつつ、助けてくれた相棒に感謝の表情を向けた。
 しかしその表情はなぜか冷たく一瞥される。
 その理由が次の言葉で明らかになった。

「しかし普通は後ろのあの魔物のような器に召喚されるのだ。それをこんな器に宿した責任はすべて、召喚を行った者にある」

 召喚の仕組みについてあまり知らない村人でも、魔物がどういう存在であるかは、改斗たちの父親が召喚士であったことから理解している。つまり、スカイベートの言葉の全貌を理解せずとも、誰が悪いかははっきりしていた。

「やっぱお前が悪いんじゃねぇか!」

 リンチ、再び。

「ま、待ってみんな。それを言うなら、私も悪いの。私がお兄ちゃんの力をちゃんと受け止められなかったから……」

 村のスキンシップだといっても、何度もど突かれてはさすがに可哀想と思い、明由美が改斗への批判を軽くしようと進み出たが。

「明由美ちゃんはいいんだよ。どうせ改斗がまた予想外のことしやがったんだ」

 ちょっと当たっているような、当たっていないような。
 明由美は困ったように笑って、引き下がった。足蹴にしている人も受けている改斗も、楽しそうだったから。

「いつもこんなものか?」

 珍しいものを見たようにスカイベートが訊いてきた。興味を持ってくれたことに嬉しくなって、明由美は微笑む。

「これがみんなの行事みたいなものになってるの」
「体を張っているな」
「本当にね。それにしてもベートさん、ちょっと意地悪だったね?」
「たまには私の不満もあいつに背負ってもらおうと思ってな」

 少しは輪に入ってくれたのだろうか。そうだと、嬉しさもまたひとしおだ。
 リンチが終わって、村人に起こされる改斗がフラフラなのに気づいて、眼鏡が地面に落ちているのを見た一人の青年が、気の毒そうに拾い上げた。

「改斗、おまえ前より目、悪くなってないか?」

 視界がぼやけてふらつく頭を振って意識を真っ直ぐに保つと、改斗は眼鏡を受け取りながら苦笑した。

「あーうん。今は眼鏡ないとダメになってる」
「勉強家でもないのになんでだろな?」
「うるせ」

 改斗は軽く流しているが、数年見なかった同郷者が気づくほどの顕著な視力落ちは、聞く人によっては深刻に映る。横で眉を動かしたスカイベートもその一人だった。

「まぁ、まずは旅の疲れを癒していって。なんだか知らないけど砂だらけだし。ほら、明由美ちゃんも」
「砂だらけなのはみんなに苛められたから、ってのもあると思うんだけど」

 不服そうに言うやんちゃ坊主の背中を思いっきり叩き、村人の一人が有無を言わさず改斗を連れていく。
 それを見送って、明由美が呼びかけた。

「クライドさんもどうぞ! 魔物の小屋もありますから!」

 飛び立とうとしていた学校警備員を呼び止める。突然勧められ、一端飛び立ちを停止してみたものの、素直に甘えるには入りづらい雰囲気だ。クライドは邪魔しないと言った言葉をそのまま実行しようとしているだけだが。

「そうだよ、改斗と明由美ちゃんを送ってくれた人なんだ。持て成さなきゃ死んだご両親に面目が立たない」

 今度はクライドが村人の興味を引く対象になる。ワイバーンに恐れを抱くことなく子供たちまで囲う始末。カムラの、魔物を受け入れられる姿勢はどこの町にも引けを取らない。怪物がいつ襲ってくるかも分からないその背景も、魔物を恐れる要素には足りないようだ。

 異性に熱い視線を向けられても、相変わらず表情を崩さないクライドはさすがといったところか。勧められて断る理由もなく、また、戦いの後で魔物にも休息を取らせたいのもあって、クライドは好意に甘えた。礼をいい、魔物とともに村に入る。
 明由美はそれを見届けて、兄を追って村の中心に入っていった。



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