死なない奴等の愚行

山口五日

第156話 想われて、胸が苦しい……。

(早く戻って来てください!)


 分かった、分かったから! 頭の中で大声を出さないでくれ、頭が痛い!


「悪い二人とも、サーペントが呼んでるから俺は酒場に戻るな」
「……うん……分かった」
「!」


 そうして俺は酒場へと戻る。正直戻りたくなかったが、戻らない訳にもいかない。いったい禁断症状って何なんだ? 手足の震え? 激しい動悸? もしくはそれ以外の……。


 禁断症状がどういったものかを想像しながら俺は酒場へと入った。


 酒場は先程の喧騒は何処へやら……みんな酒を飲まずに固まっていた。そしてあるものに視線を注いでいる。それは……。


「ケルベロスさん……何処へ……ひぐうっ……行っちゃったんですかぁ……」


 床に横になりながら号泣しているシャラだった。それも周りには幾つもの空き瓶が転がって……あ、また一本飲んだ。もしや全部シャラが飲んだのか? 十本近く転がってるぞ……。


 これだけ飲めば一度意識を失うなり、死にかけるなりするだろう。だが、シャラは全くそのような気配はない。むしろ次々と酒を飲むペースを上げていく。あ、また一本空けた。


「な、なあ、そろそろやめた方がいいじゃねえか? ほら、その手に持ってる瓶を渡しな。私が飲むからよ」
「ああ……不老不死になりたてだろ? 飲みっぷりの良さは気に入ったが……もうやめておいた方が」


 珍しくユイカとダンが彼女の飲みっぷりに動揺しているようだった。それほどシャラは飲んでいるのだろう。だが、そんな二人の心配をよそにまた一本空けてしまう。


「うう……ケルベロシュさん……何処でしゅかぁ?」


 俺の名前を口にしながら、また酒を口にする。これがサーペントの言っていた禁断症状なのか…………それにしても、イモータルの団員が引くほど飲んでるって凄いな……思わず感心してしまう。


「んん……あれ? おしゃけ……ないですね……」


 床に落ちている瓶を手にしてどれも空いている事に気付くシャラ。サーペントを始めとする団員達が彼女の近くにある中身の入った酒瓶を回収したのだ。


 酒が入ったものがないと分かると、彼女は上半身を起こして酒が入った瓶を探し始め…………あ、目が合った。


「け、け……ケルベロスさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!」
「ひいっ!」


 酒を大量に飲んでいるとは思えない動きだ。まるで限界まで引き絞った弦から放たれる矢のような勢いで、団員を突き飛ばしながら真っすぐ俺に向かって来る。


 思わず俺は逃げようと背を向けるが、それが間違えだった。
 彼女の射線上から逃れるべきだったのだ。彼女に背を向けた直後、背中に強い衝撃を受け、両足が床から離れる。そして、その場に留まる事ができず、俺は店の外へと扉を破壊しながら放り出される。


「ぐはっ!」
「ケルベロスさん! ケルベロスさん! 何処に行っていたんですかケルベロスさん!」


 地面に受け身も取れずに全身を打ちつける。少し顔が地面で削れた気がする……。だが、そんな痛みが気にならないほどの激痛が俺に呼び掛けるシャラによってもたらされる。


「ケルベロスさん! 寂しかったです! 私はあなたの奴隷なんですよ? 奴隷なんですから連れて行ってください。ケルベロスさんが言うのなら椅子にでもなります。もしくは視界に入れたくないと言うのなら、全身に墨でもまぶして目立たなくします! だから私を置いて行かないでくださいっ!」
「わわわわ分かったっ! だから離してぇぇ!」


 シャラの両腕が俺の胸の前に回され、次第に力が強くなり胸を圧迫するのだ。このままだと肋骨とか肺とかが潰れる。だから俺は止めるよう呼びかけるのだが……。


「…………」
「シャ、シャラ?」
「…………すうっ」
「シャラァァァァァァァァァァァァァァァ!?」


 寝やがった! しかも力は緩むどころか、ますます俺の胸を圧迫していく!


 シャ、シャラ、それ以上は……あ、ヤバ……。


 体内から嫌な音が響いた直後、俺は混み上がって来たものを押さえきれず、口から赤い液体を噴出させた。そして、意識を手放すのだった。

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