死なない奴等の愚行

山口五日

第135話 バスは目立ちます

 バスでの旅は快適だった。
 一日に進める距離は長くなったし、車内は一定の気温に保つことができて快適だ。時折フェルがバスの上に乗って日向ぼっこをするのを見て、子供達が真似しようとするが……。まあ、そこはガルダに任せている。


 問題はそれくらいのものだ。
 ……いや、もう一つだけこのバスには大きな問題があった。


「この魔道具を譲ってくれ!」
「いや、これは売るつもりはないんで」


 滅茶苦茶目立った。おかげでこのように商人と出会うと毎回売ってくれとせがまれる。


「これだけ素晴らしい魔道具は見た事がない! 頼む!」
「いや、だから……」
「そこをなんとかっ!」
「無理だって……」
「一生遊んで暮らせるだけの金額を支払おう!」
「……いや、それはあんたが無理だよ」


 不老不死が一生遊んで暮らせる金額ってどれくらいだ……金額にできないと思う。


「嘘は吐かない! 今この場で支払おうじゃないか! お前達、取引の鞄を!」
「え! あ、あの、そのお金を使ってしまったら今回の取引ができなく……」
「んな取引よりも目の前の魔道具の方が大事に決まってるだろ! こんなもの、ここで見逃せば二度と手に入らないぞ! ほら、さっさと持ってこい!」
「わ、分かりました……」


 部下と思われる男が乗っていた自分達の馬車の中から一つの黒塗りの高級そうな鞄を持って来た。それを俺達の前で開いて見せる。中には金色の硬貨がぎっちり詰まっていた。確か……一番額の高い硬貨だったか。


 背後に立っているガルダの息を呑む様子に気付いたので、どうやら商人の言うように相当な額のようだ。


「これだけあれば人生三回分は楽しめるぞ!」


 いや、俺の人生三回どころか、永遠なんだけどな……。
 だが不老不死と伝えて納得してくれるだろうか。目の前で自殺して復活する様子を見せるのは心臓に悪いだろうし…………どうやって断ろうか。


「ねえ」


 そんなふうに困っていると車内で待機していたフェルがやって来た。
 その声にはやや苛立ちが感じられた。休憩して、いざ出発しようかという時にこの商人に声を掛けられたのだ。おかげで、車内で数十分も待たされて、ご機嫌斜めらしい。


「早く行こうよケルベロス。売るつもりないんだから」
「そ、そんな! お、お嬢さんも、これだけあれば遊んで暮らせるよ!」
「…………ふうん。でも足りないよ」


 つまらないものを見るような目で鞄に詰まった金を見るフェル。
 足りないと言われ、商人の男はやや語気を強めて反論をする。


「何を言う! どれだけの金額か分かるのか? 普通の人間であれば死ぬまで働いても十分の一も稼げないぞ! 君はこれだけの額を持っているとでも言うのか!?」
「持ってるよ」
「ふっ、そうだな。いや、すまん……つい私とした事が取り乱してしまった。君のような子供がこれだけの額を持って…………るの?」
「うん! ほら!」


 次の瞬間、収納魔法による穴がフェルの前に真下を向いた状態で出現する。そしてそこから鞄に詰まっている硬貨がジャラジャラと滝のように落ちて来た。そしてあっという間に鞄が数個必要なほどの山ができあがる。


「な……な、なな……」


 商人はその硬貨の山を見て目を見開き、口を大きく開けて固まってしまう。部下の男もだ。ガルダはもはや青褪めてしまっている。彼らの状態から、目の前の硬貨の山が異常な光景だというのが分かった。


 一言も発せられない商人の男。そんな彼にフェルは言った。


「…………あなたは、これだけの額を持ってる?」
「…………」


 商人はその問い掛けに答えられなかった。
 そしてフェルは硬貨の山を再び収納するとバスへと戻って行く。


「ケルベロス早く行こう!」
「あ、ああ……ガルダ!」
「……あ、は、はいっ!」


 ガルダの肩を叩いて俺もバスへと戻る。
 こうしてフェルのおかげで商人から逃れる事ができた。だが、先程の光景は頭を離れない。


 そして、バスへと戻るフェルの小さな背中を見ながら、先程の商人を負かした時の事を思い出して俺は思う。


 フェルさん、マジカッケー。

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