死なない奴等の愚行

山口五日

第120話 匂いにつられて来たそうです

 悪魔となった商人と俺の間に現れた小柄な体。頭から耳、お尻の辺りから尻尾が生えている少女。


「ケルベロス!」
「フェル!?」


 現れたのはイモータルのマスコット担当、フェルだった。
 イモータルがこの街の近くに居るのはユーマから聞いてはいたが、彼女がどうしてこんな街外れに居るんだろう。騒ぎを聞きつけ駆け付けてくれたのだろうか。


「ケルベロスの匂いがして慌てて来たんだよー。クンクン……ふわぁ、やっぱり近くで嗅ぐとより濃厚でたまらないねぇ。胸に飛び込んで鼻を押し付けたら……どうなっちゃうんだろぉ……ぐふふふっ」
「…………」


 まいった……脅威が二つに増えた。


(仲間じゃないんですか!?)


 味方だよ。味方だけど、あの顔を見ろ! 完全に正気じゃない!


(た、確かに……目が虚ろで半笑い……そしてこっちにフラフラと近付いて……って悪魔も来ましたよ!)
「っ! フェル後ろ!」
「ん? 後ろ?」


 俺が注意を促す。どうやらフェルは悪魔の存在にはまるで気付いていなかったようだ。迫り来る悪魔をようやく振り返って認識するが、逃げようともせずその場から動こうとしなかった。


「ギギギギギギギギギギッ!」
「フェル!」


 気味の悪い雄叫びを轟かせながら拳がフェルに振り下ろされる。彼女もオッサンの力によって不老不死だが、あのような少女が傷付くのは目覚めが悪い。間に合うか分からないが、サーペントの力を借りて出せる限りの力を振り絞って…………ん?


「邪魔だよぉ!」
「ギゲッ!?」


 短い驚き混じりの叫び声が聞こえたと思えば、悪魔の動きが止まっていた。


 ……俺の目が正常であるのなら、拳が振り下ろされるよりも早く、フェルの拳が悪魔の腹部へと突き刺さっていた。いや、いる。現在進行形だ。あと比喩とかではなく、本当に突き刺さっている。彼女の小さい拳から細い肘辺りまでが、悪魔の肉の中に突き刺さっている。


 フェルは引き抜くと、嫌そうな顔で血で汚れた腕を振るう。


「うわぁ、変な臭い……これってもしかして悪魔? うん、この変な臭いは悪魔だ。悪魔ってみんな変な臭いするよね、ケルベロス」
「あ、ああ……」


 思わず肯定してしまったが悪魔の臭いなんて知らない。そんな事より悪魔の攻撃を平然とした様子で避けて、腹に拳を突き刺す光景が衝撃的だった。


「ギギギッ!」


 だが、悪魔もそれでやられる事はなかった。腹部を手で押さえながら、残りの三本の腕を振るってフェルに攻撃を仕掛ける。激情した悪魔の攻撃は通常であれば単調だろうが、三本の腕、そして一撃が重く速い。俺とサーペントであれば避けるのに徹すれば問題ないが、反撃する事はできないだろう。


 しかし……フェルの場合そんな事はない。


 フェルは三本の腕が繰り出す攻撃全てを余裕で捌いていた。悪魔と比べて細く華奢な腕、小さく柔らかな手でありながら、迫る拳に対して自身の拳をぶつけ相殺……いや、むしろフェルの方が、力が上回っているように見える。フェルの拳に跳ね返されるように、腕が弾かれ悪魔が体勢を崩していた。


「ギッ!」
「しつこいよぉ……もう本気で倒しちゃうからねっ!」
「ギイ!?」


 フェルの姿が消えた。そして突然鈍い衝撃音が聞こえたと思えば、苦痛に顔を歪めて悪魔が前に倒れようとしていた。だが、再び衝撃音が聞こえたと思えば、今度は後ろに……また衝撃音が聞こえると今度は右に、左に、後ろに、前に……。


 目が慣れて来て分かった。
 フェルは消えた訳ではない。目で追えないほどの素早い動きで悪魔を攻撃していたのだ。四肢で地面を踏み締め、悪魔に迫り攻撃をする姿は獣。フェルが元々犬だったらしいが、今はまさに犬のようだった。


(……強過ぎじゃないですか?)
「ああ……見た目が少女だから忘れがちだけど、オッサンが初めて不老不死の力を使ったのがフェルだからな……」


 イモータルの古参の一人、フェル。
 ユーマの魔道具による攻撃で倒せなかった悪魔を素手で圧倒する。


 数百年という長い時間を経て培った彼女の実力を、俺は目の当たりにしたのだった。

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