死なない奴等の愚行

山口五日

第76話 ただいま!(このあと何があったかは覚えていない)

「…………」
「…………」


 イカダに乗った俺と、ずっと押してくれていたユーリは三日ほどで辿り着いた。
 今は太陽が真上にあるお昼時。宴をしていた時は暗くて雰囲気は違うが、確かにあの時騒いでいた港だった。


 だが、すぐには上陸せず少し離れたところで俺とユーリは停止していた。


 距離がまだ多少あるが人の動きはよく見える。イモータルの団員と思われる人達が居るのは分かる。動き回っている…………うん、動き回っている。忙しそう……という訳ではない。肉眼で見た限りで団員達の様子を具体的に説明すると、港で高々と打ち上ったり、海に投げ飛ばされたり、停泊している船にぶち当たって、船もろとも沈んだり……………何子の状況?


「なあ、ユーリ……どういう状況だと思う?」
「わ、私も分かんない……」


 彼女にもどうしてあんな事になっているのか分からないようだ。いったい何が起こっているのだろう……。


 俺は状況を少しでも把握する為にユーリと認識を共有しようと思う。もしかすると見ている光景は同じでも、焦点をあてているところが違う可能性がある。そうなると、あの状況に関して知り得た情報などにやや違いがあるかもしれない。


 また、同じものを見ていても違う事もある。例えば遠くにいる動物を見て「あれは犬だ」と言う人が居れば、「いや猫だ」と言う人が居るように。どちらかが正しくて、どちらかが誤り。もしくはその両方もあり得る訳だが…………互いに認識を擦り合わせた方が良いのは間違いない。


 俺は自分で見たものを確認するように、ユーリに語り掛ける。


「……あの、海に逃げるように飛び込んだのはイモータルの団員だよな?」
「そう……だね。見た事あるよぉ」
「じゃあ、あの空に打ち上っているのも?」
「あの女の人も見た事あるねぇ」
「船にぶち当たって船ごと沈んでるのも?」
「そこそこ団長との付き合い長い人だねぇ」


 よし、ここまではお互いの認識は同じだ。


 だが、問題はここからだ。
 俺は自分の認識が誤っていると思う事をユーリに尋ねた。


「じゃあ、海に飛び込んでまで逃げたくなるほど恐ろしくて、近付いた人を容赦なくアッパーを放ったり、馬鹿力で船に叩きつけているのって…………サラじゃないよな?」
「………………サラだね」
「……マジ?」
「マジ」
「……………………面舵いっぱぁぁぁぁぁぁぁぁい! 百八十度旋回! 本船は当海域より離脱する!」
「判断が迅速だねぇ!?」


 いや、だって、あんな状況で戻ったらどうなるよ?
 どうしてあんなに荒れているのか分からないが、今戻ったら確実に巻き込まれる。そんな気がする。


「ユーリ! お前だってあんなところに今行けば、ただじゃ済まないかもしれないぞ?」
「うっ……まあ、確かに……。あそこまでバーサーカーなサラ初めて見たかもしれない…………うん、ちょっと今行くのはやめよっか。じゃあ、少しのんびりしよっかなぁ……」


 さすがのユーリもあんなものを目にすれば無理にでも行こうとはしなかった。
 ユーリはイカダから手を放して仰向けになって浮いた。途中休みもあったが、ずっと押して来てくれたのだから疲れているだろう…………うん、海面から盛り上がる胸は見事なものだ。クレアよりは小さいかもしれないが、かなりの大きさだ。俺も少し横になって目の保養……少し休む事にしよう。


 とりあえず港の状況が落ち着くまで、これ以上は近付かないでおこう。むしろ少し離れた方がいいかもしれないが……まあ大丈夫だろう。さて横になって…………ん?


「……なあ、ユーリ」
「ん? どーしたのぉ?」
「俺の目の錯覚なのかもしれないんだが……」
「うん」
「サラがこっちに走って来てる」
「…………はあ!?」


 仰向けに浮いていたユーリは俺の言葉を受けて、飛沫を上げながら慌てて港の方向を見た。そして彼女もそれを確認する。


「う、海の上を走ってる…………ま、まあ、魔法を使えば不可能じゃないけどぉ……」


 どうやら俺の目は正しいようだ。確かにサラが海の上を走ってこっちに向かって来ているらしい。このままでは間もなくこのイカダまで辿り着くだろう。俺はユーリに向かって叫んだ。


「ユーリ! 逃げるぞ!」
「…………」
「ユーリ?」
「……ここで、ケルベロスを置いていけば少しは時間が稼げるよねぇ」
「!? ゆ、ユーリ……冗談だよな?」
「……………………ごめん!」
「ユーリィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!」


 彼女の名前を叫ぶが、もはやユーリの姿かたちは何処にもなく、海の底へと逃避した名残の水泡がぷくぷくと海面に上がるくらいだ。


 俺は絶望に打ちひしがれながらも、迫り来るサラの方を見た。
 彼女の目は、眼鏡が海面に反射する太陽の光を受けて見えない。だが、その代わり口の動きははっきりと見えた。彼女の口の動きはゆっくりと、そして大きく動いて、俺に伝える。


「お・か・え・り」


 …………ただいま。


 それから、俺は意識を失った。
 どうして意識を失ったのかは覚えていない。きっと覚えていない方が幸せなのだ。そうに違いない。俺は意識を取り戻した後、決して思い出そうとはしなかった。

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