死なない奴等の愚行

山口五日

第67話 状況は最悪だけど、こんな状況だからこそ気付くこともある

「さて、どうするか……」


 この砂浜しかない島から脱出して、視界にある別の島、様々な植物が自生している島へと移動しようと思うのだが…………さて、どうやって移動しようか。


 まあ、普通に考えれば泳いで移動だな。あまり遠くないし、泳いで移動することは充分可能だろう。


「……よし」


 考えても他に移動手段があるとは思えない。俺はすぐに下着一枚となって、着ていたものを纏めて頭の上に載せる。落とさないように上着で服を押さえつけ、袖を顎の下に回して結ぶ。これで簡単には落ちないだろう。


 準備はできた……あとは泳ぐだけだ。


 海へと入り、しだいに深くなる。十歩ほど歩けば水面が肩の高さに来る深さになっていた。


 そろそろ泳ぐ頃合いだ。よし! 行くぞ!


「……………………ん?」


 泳ぐ、そう思ったのだが体が動かない。まるで泳ぐという行為は知っていても、実際どのようにすればいいのか分からないような…………え、もしかして俺、泳ぎ方を知らないの?


 いざ泳ごうとして分かった衝撃の事実。
 俺は砂浜に引き返して崩れ落ちた。そして己の不甲斐なさに、地面を拳で叩きつける。


「どうして……どうして泳ぎ方を知らないんだ! 記憶を失う前の俺はどうして泳ぎ方を覚えなかった! 無人島に流れ着く事を想定していなかったんだ!」


 いや、分かっている。人は無人島に流れ着く事を想定し、別の島へと移動する為に泳ぎ方を覚えたりしない事は。だけど、この状況で泳げないのは厳しい状況だ。


「くそっ! 今から泳ぎ方の練習をするか? それで泳げるようになるか? どうしたらいい?」


 今から泳ぐ練習をしようにも実際どのように泳ぐのか分からない訳だし、時間は掛かる……というか泳ぎを覚えられる確証はない。時間が掛かる事は必然だろう。とりあえず、この砂浜の島で生活をするしかないのか……。


 俺はひとまず移動を諦めた。砂浜で生きていく為に、ここに流れ着いた漂着物で使えそうなものを島の中央へと集めた。


「空き瓶が三本、木材がちらほら、海藻…………使えねえ!」


 集めてみたはいいが、あまり使えそうではなかった。
 いや、でも前向きに考えれば全く使えないという訳ではない。空き瓶は雨が降った時にでも水を溜めておくのに使えそうだ。木材は……大きければ浮きにして移動手段として仕えたかもしれないが、小さすぎる。だが、乾かして火を熾すのに使えそうだ。そして海藻は食料だ!


「絶望的だ!」


 漂着した海藻を食べながら俺は思わずそう口にする。
 どれだけ前向きに考えたところで、得られた漂着物からは希望が湧かない。むしろ、あまりものが漂着しない事実に気付いてしまい、これからのここでの生活に不安が強くなる一方だ。


 ちなみに海藻は食べられない事もない。
 少々生臭さはあり、口の中で噛めば噛むほど粘りけが出てきて飲み込むのに少し苦労はするが、食べられる。海に潜れば海藻は手に入るだろうし、食に関しては大丈夫そうだ。たぶん。


「当面の問題は水か……」


 最低限生きていくのに必要なのは水。


 だが、この通り砂浜だけの島では水は期待できない。雨でも降らない限り、どうしようもないだろう。もし体の水分が足りなくなって死にかけたらどうなるのだろう? カラッカラッの状態から再び潤った状態に戻る事ができるのだろうか。


 死ぬほどの苦しみに耐えられれば、この人間が生きていくには酷な環境でも不死身なら生きていける。だが、やはり人並みの生活がしたいのだ。水はどうにかして確保したい………………マヤから雨を降らせる魔法でも教えて貰えば良かったなぁ。あ、駄目だ。俺。魔力はあっても魔法が使えないんだった。


 そんな何気なく思った事を皮切りに、イモータルの団員達の顔が思い浮かぶ。


 ……騒がしく、危険な奴等の集まりだが、あの傭兵団の生活にすっかり俺は馴染んでしまったようだ。


 ホームシックに似たような感覚が、自分の中にある事を気付かされたのだった。

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