死なない奴等の愚行

山口五日

第65話 凄く駄目かもしれない光景ですが実年齢的には全く問題がないので大丈夫!

「んぐんぐ……ぷはっ! あー美味しーお代わり!」
「…………」


 木桶に注がれた酒を飲み干したフェルは、あれから更に木桶で飲み続けていた。どれぐらい飲んでいるかというと、彼女の小柄の体とは不釣り合いなほどに膨らんだ腹を見れば分かるだろう。


 まるで今のフェルの腹は出産を控えた妊婦のようだ。
 そんな彼女が胡坐をかいている俺の足の上で、ずっと酒を飲んでいるものだから、空いた食器を片付けに来た飲食店の従業員に「こ、こいつ、こんな小さな子を孕ませたのか!? 鬼畜野郎!」と念がしっかりこもった視線を向けられた。


 いや、何も俺はしてないからなと引き留めて説明したかったが、動こうとするとフェルが小柄の体からは想像もできない力で押さえこまれてしまうので諦めた。


「んー! このお酒も美味しー!」
「フェルは相変わらず酒強いな! ほら飲め!」
「料理も摘まみな。海もあるし、魚や貝を使った料理なら幾らでもアタシが作ってやるよ!」
「ありがとーほらぁ、ケルベロシュも食べなよぉ」


 皿に盛られた魚をブツ切りにして揚げたものを一つフォークで刺すと、それを俺の口元へとフェルは運んだ。先程からこのように食べさせられるのだが、酒を勧められるよりか遥かにましだ。


 抵抗する事なく口を開けて料理を待ち構える。


「あーん…………どうぅ? 美味ひいっ?」
「ああ、美味いな」
「だよねぇ、ケリュベロシュも分かってるねぇー」


 さすがにフェルも酔ってきたようだ。口調が怪しい。当たり前だ、常人であればとっくに致死量だ。数人は殺せる量だろう。


 彼女の体はいったいどうなっているのか。不死身だからなのか、それとも彼女が特殊なのか。どちらにせよ、そろそろ酒を飲むのを止めないと駄目だ。酔っぱらって暴れられでもしたら面倒だからな。


「フェル、そろそろ飲むのを」
「あ! カーシャら! おーひ、こっちらよー!」


 飲むのを止めた方がいいんじゃないか? 俺はそう言おうとしたのだが、フェルに遮られてしまう。彼女が見ている方向を見ると、カーシャがこちらに向かって来ていた。


先程までカーシャはタロスと一緒に居たはずだが、タロスの姿が何処にもない。先に寝床に戻ってしまったようで、一人になってしまったようだ。フェルの目の前、つまりは俺の目の前まで来た。


「おう、カーシャ!」
「カーシャ、飲み食いしてるかい?」
「ユイカ、クレア、こんばんは」


 二人に静かに応えながらフェルの様子を見て問い掛ける。


「……フェル、だいぶ飲んだ?」
「ふえっ? あたひ、そんらに飲んでなひよ?」
「……口調、怪しい」
「えー、そお?」


 首をこてんと傾けるフェル。どうやら酔っぱらっている事を自覚していないようだ。


 フェルとカーシャ、二人がこうして話しているのを見るのは初めてだ。
 見た目は同年代のようだから何か波長が合うのだろうか。相変わらず淡々とした口調で話をするカーシャだったが、フェルとの会話は止まりそうにない。


 するとフェルが座っている俺の足の上で左の方に寄る。そして少し空いた右側のスペース……右足の膝のあたりを叩きながら、カーシャを招く。


「カーシャ! こっち座りなよ!」
「……いいの?」
「いいの! 大丈夫! タロスよりは狭いけど、座り心地良いし、匂いも良いよ!」


 俺の許可は取らなくていいのか? と突っ込みたかったが、酔っ払いに何を言っても無駄だと思い溜息を吐く。それと匂いに関してはフェルだけだからな。一般人から良い匂いだなんてい言われた事がない。


「……じゃあ座る」


 フェルに促されてカーシャは俺の胡坐をかく足の上に座った。
 二人とも軽いから苦ではない。苦ではないのだが……。


「じゃあさぁ、乾杯しよぉー」
「……うん」
「乾杯っ!」
「……乾杯」


 俺の足の上で飲み始めないで欲しい。


 何だこれは、この状況は。小さい女の子が二人仲良く足の上でジュースを飲んだり、お菓子を食べている…………そんな微笑ましい光景であれば絵になるが現実は違う。


 彼女達が飲んでいるのは酒。それも木桶になみなみと入れられた酒だ。普通の少女が飲む代物じゃない。だが、容器を両手で持って縁に口をつけると、一気に木桶を傾けて躊躇う事なく飲んでいった。


 どうやらカーシャも酒は強いらしい。木桶に入っていた酒を飲み干すと、すぐにユイカとクレアに頼んで別の酒を持って来て貰っていた。フェルも既にかなり飲んでいるというのに、まだお替りを要求する。


 こうして小さな酒豪二人が、俺の足の上で小さな飲み会を開催するのだった。

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