死なない奴等の愚行

山口五日

第29話 死なないけど死ぬ気で逃げる

「これならどうだっ!」
「っ!?」


 指に剣を挟んだまま、その手を勢いよく振り下ろす。
 すると剣は指から放たれ、勢いよく回転をしながら俺に迫って来た。


「マジかよ!?」


 俺は横に跳んで避けようとした。だが、避けた先へと追い掛けるように剣の軌道が変化する。その結果、一つは回避できただが、もう一つは回避しきれず右足を膝の上の部分から綺麗に切断されてしまう。


 このままだと、また失血死を味わう事に、いや。この程度なら死には至らない。おそらく、もうひと手間加えられる事になる。その証拠にダンは既に次なる獲物を手にしていた。


 ハンマーだ。鉄製の。それを両手で持ちながら俺を見る姿は、恐怖でしかない。


「諦めてたまるか!」


 切り離された右足を咄嗟に掴み、そのまま左足で跳ねながら森の中へと逃げ込んだ。


「おいおい、あの状態で逃げるかよ……。ついでに教えてやるけどな! 切れたばかりなら切断面を合わせろ! くっつくから! 一から元に戻るとなると時間が掛かるぞ!」


 そうなのか。だが、今は距離を取らないと。このままでは、あのハンマーの餌食だ。


「うおおおおおおおおおおおおおっ!」


 俺はおそらく生涯で初めて死ぬ気で片足飛び、別名ケンケンをした。
 意外と全力ケンケンは速かった。命からがらケンケンをしているからか、両足で走っている時とあまり変わりないかもしれない。この速さならダンから逃げ切れるかもしれないと希望が湧く。


「がっはっは! ケルベロス、お前スゲーよ! 新人で、特訓中に俺の視界から逃れる事ができたのは、お前が初めてだぜ!」


 森の中を懸命にケンケンしながらダンの大声を背中で受ける。褒められているようだが、嬉しくない。褒めなくていいから訓練をやめてくれ。


「だけどよ。この訓練は必要な事なんだよ。俺達、不死身にとっちゃ。死なないというのは強力な武器になる。だけどな、死を理解していないと肉体を回復させるまでに時間が掛かるもんなんだ。肉体的にも精神的にも死を理解する事で肉体の回復は早くなるし、隙も最小限に抑えられる。相手に拘束されるっていう最悪なパターンも防げる。だから死に慣れるのは大事なんだよ……だから」


 突如、強い風が吹いた。木々の葉が激しく震え、俺は思わず目を瞑った。そして目を開けると。


「死んで貰うぜ」


 目の前にはハンマーを振り上げているダンが居た。
 そしてハンマーが俺の頭に向かって振り下ろされるのを最後に見て、意識を失った。確実に頭蓋骨はグチャグチャだ。間違いない。


 それから俺は目を覚ますと再び逃げ出してはダンに捕まり死を経験し、逃げ出しては死を経験するを繰り返した。その結果、広場を中心に森のあちこちが血だらけだ。地面や木々に血が付着し、まるで何十人もの人がここで殺されたような凄惨な現場となっている。


「や、休ませて……せめて、休ませてくれ……」
「おおっ、いいぜ。そして喜べ。死に慣れる訓練は終わりだ!」
「マジで!?」


 訓練を始めて三時間くらい経過しただろうか。数分に一回の割合で死に掛けては復活、死に掛けては復活の繰り返しだった。ようやくこの理不尽な輪廻から解放されるのか……。


「次の訓練は、死に慣れてしまったから、俺が殺しに掛かるから死を回避する訓練だ」
「死に慣れさせておいて何を口走ってんだテメエ! しかも、やる事は結局変わらねえじゃねえか!」


 怒声を上げる俺に対して、平然とした様子でダンは訓練の説明をする。


「充分に肉体も精神も死に慣れたからな。これで少しは回復の速度が上がるだろう。だが、結局のところ死ななければ良い訳だ。だから、今度は全力で死から逃げろ」
「いや、さっきから俺逃げようとしてるからな! 死に慣れながら逃げてたんだから、この訓練はいらないでだろ! というか、やる事は今までと全く変わらないだろ、それ!」
「まあまあ。日はまだ高いんだから、いいじゃないか。ボーナスステージだと思え」
「こんなボーナスステージいらない!」


 俺は逃げた。だが、ダンからは逃げられない。
 こうして日が沈むまで、みっちりと何度も死を味わった結果、精神と肉体が鍛えられ、痛覚が多少麻痺し、体に穴が開いた程度ならすぐに塞がるようになった。着実に普通の人間ではなくなってるな……俺。


 そして森はあちらこちらに俺の肉片や血が散らばっていた。ダンは動物やモンスターが食べてくれるだろうと言って、特に何もしなかったが、誰かが食べているところを目撃したらどう思うだろうか。


 行き倒れの死体を食べているのだと思ってくれればいいが、凄まじい血肉の量だ。凄惨な事件が起きたと思うだろう。だが、心身共に疲れ果てた俺にはそんな事を気にする余裕はなく、鉄臭くなった森を後に宿へと帰る。


 途中、門番に俺の血塗れの姿を見て、血相を変えて引き留められたが「イモータルの傭兵だ。訓練してた」とだけ言うとすんなり通してくれた。イモータルは昔から領主と関わりがあるらしいから慣れているのかな? 何だか怯えているようにも見えたけど……まあ、通してくれるのだから別にいいや。


 とりあえず部屋に戻ったら寝よう。今日は疲れた……。

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