死なない奴等の愚行

山口五日

第28話 訓練?拷問?

 ダンの言葉に俺は未だかつてないほどの衝撃を受けていた。


 まさか吸い心地とはな……。


 おっぱいで最も重要な事、それは吸い心地。
 ダンの意見を聞いた時、雷が落ちたかのような凄まじい衝撃が全身を駆け巡った。


 俺は忘れていた。そう人類、いや母親の腹から産まれる生物のおっぱいの原点は吸う事であると。歯も生えていない小さな小さな、まだ蝋燭の火のような弱々しい命だった頃、皆おっぱいを吸っていたんだ。おっぱいは生まれた時の初めての食事であり、おっぱいを吸う事がまさに命そのものの原点。そうか、おっぱいで一番大切な事、それは吸い心地……。俺とユーマもまだまだケツの青いガキだったんだな……。


 俺の前を歩くダンの背中が大きく見えた。
 さすが長い時を生きてきた男…………この人のもとで訓練をすれば俺は成長できるかもしれない。傭兵として、一人の男として。


 俺はダンの特訓が例えどんなに辛いものであっても、食らいついてやると決意した。


 そして街の外にある、森の開けた広場で特訓が行われるのだった。


「よし、不死身の傭兵としてまず最も大事なのは死に慣れる事だ」
「……ほう」


 ダンによるレクチャーが始まった。死に慣れるというのは……ちょっとよく分からないが、不死身の人間にとってはきっと必要不可欠なものに違いない。ダンの言う事に間違いはないはずだ。


「だからイモータルの最初の訓練は……色々な死に方を経験するぞ」
「ほう…………へ?」
「よしっ! 歯を食い縛れっ!」
「は? ぐぼっ!?」


 次の瞬間、腹部と腰部に熱を感じ、その次に激痛を感じた。見るとダンの肘までが俺の腹に埋まって、いや貫通して腰のあたりから俺の血で赤く染まっている手が飛び出していた。


「ダ、ダン……これは?」
「お、意識を保ってるなんてタフだな。それとも既に二、三回死んでるから多少は慣れたか?」


 まるで俺の体を自分の腕で貫通させている事が何でもないかのように、そんな感想を呟きながら腕を引き抜いた。


「げほっ!」


 膝をつき口から血の塊を吐き出す。そして腹部と腰部からは血がダバダバと流れる。血の流出の勢いは止まる事はを知らない。そして血を流し過ぎたせいか、寒く、頭が回らなくなった。


 バチャッ、と周囲に血を飛び散らせながら、自身の赤い水溜まりへと倒れる。


「失血死ってところだな。まあ、失血死なんて不死身になりたての奴だけだ。不死身の力が安定したら、血が流れ過ぎる前に回復するぜ。意識を失っても起こしてやるから安心しな。訓練、頑張ろうな」
「…………」


 ……訓練? 拷問の間違いじゃない?


 そんな事を思いながら意識を失った。
 そして体感で十分くらいだろうか、目が覚める。ダンは倒れた俺を見下ろしていた。


「おっ、目が覚めたか。早かったな。体は回復していたようだから起こそうと思ったんだが。さあ、次やるぞ」


 自分の血で赤くなった体を起こして俺はゆっくりと立ち上がる。そしてダンに背を向けた。


「断る!」


 俺は街へと向かって走り出した。


 こんな訓練受けてられっか! 色々な死に方を経験する訓練て何だ! 戦場に行く前にトラウマものじゃい! 精神に異常起こして発狂するわ!


 傭兵としての成長? 男としての成長? はっ、そんな苦労するくらいなら成長なんてしなくていい。むしろ退行してやる!


「逃がすかよ!」
「ごふっ!?」


 またしても腹部と腰部に熱を感じ激痛が!?
 腹部から突き出ていたのは槍だった。何処から取り出したのか分からないが、ダンは槍を投げて来たようだ。ただ、槍の勢いが強くて俺の体を突き抜けて木に刺さる。


「こ、これしきの痛みで怯むか!」
「がっはっは! 新人のくせに根性あるな! 普通だったら痛みのあまり倒れてるぜ!」


 逃げ切れるか? そう思いチラリと愉快だとばかりに笑い声を上げるダンを振り返る。すると空中に魔法陣が浮いており、ダンはそこに手を突っ込んでいた。


 あれは……収納魔法だ。生物以外のものを収納する事ができる空間を作り出す魔法。出し入れは自由で、込める魔力量によって収納量が変わる。おそらく先程の槍もあそこから取り出したのだろう。


 何を取り出すのかと思えば、引き抜かれた手には二振りの剣を指に挟まれていた。

「死なない奴等の愚行」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「コメディー」の人気作品

コメント

コメントを書く