死なない奴等の愚行

山口五日

第12話 カーシャという小動物

 俺の名前がケルベロスに決まると、すっかり広場は宴会ムードに包まれる。
 絶対俺の歓迎会である事を忘れている。だって放置だもん。オッサンは俺を放置して他の団員のもとへ行き酒を飲んでいる。サラさんまでも酒に夢中で、もはや俺を見ている人なんて誰も……。


 いや、居た。タロスが俺を見ながら手招きをしている。


 タ、タロス……お前は俺を見捨てないでくれるんだな……。なんて優しい巨人だ。俺を投げた事なんてもうどうでもいい! お前はイモータルの中で最高の団員だ!


 嬉しさのあまり俺はタロスのもとへと走った。
 タロスは俺が来ると、ご馳走の盛られた大皿を俺の前に置いてくれる。お前、本当に良い奴だな……。


 俺は早速ご馳走を食べようと、座って金串に刺さった大きな肉の塊に手を伸ばす。それを一口、二口と食べて、口内に広がる溢れんばかりの肉汁に思わず笑みが零れる。


「……ケルベロス」
「…………あ、俺か」


 まだ名前が付けられたばかりで慣れておらず、また肉に夢中だった事もあって呼ばれた事にすぐ気付かなかった。


 俺を呼んだのは少女だった。
 褐色の肌をした少女で見た目は十歳前後だが、この場に居るという事は見た目以上の年齢に違いない。おそらく俺より年上だろう。


「……私は遊撃担当のカーシャ。よろしく」
「あ、ああ、よろしく……」
「…………」
「…………?」


 な、何だ、この無言のプレッシャーは? カーシャとやらはどうして俺の前から動こうとしないんだ? そういう新人イビリか? それとも気付かぬ内に何か怒らせるような事をしてしまったのだろうか。


 いや、でも彼女とは全くの初対面。もしかして記憶を失う前の俺を知っているのか? 過去の俺が何かしたのか?


「……じゅるり」


 あ、これ、俺の事は見てない。俺が持っている肉を見てるんだ。
 試しに肉を左右に動かすと、それに合わせて口の端から涎を垂らしながら視線を動かした。


 うん、確実に彼女は肉を欲している。


「これ、食べたいのか?」
「……モモンモンの肉は大好物」
「……そうか」


 モモンモンというのがどんな生物か知らない。美味しい生物という事は分かった。このまま食べてしまいたいが、大好物と聞いてしまったらこのまま食べ続ける事はできない。


「食べかけでもいいか?」
「……ありがとう」


 俺がモモンモンの肉を差し出すと、すぐに俺から肉を受け取ると、タロスの膝の上に座って食べ始める。その光景はまるで、巨木の根元で食事をする小動物のようだった。


 ……見た目が年端もいかない少女。だが、遊撃担当って言っていたし、戦闘力はかなりのものに違いない。そうは見えないけど。


 さて、肉は渡してしまったし、他のものを食べるか。
 モモンモンの肉以外にも美味しそうな料理が沢山ある。
 適当に料理を食べていると、豪快な笑い声を上げながらこちらに近付いて来る男女が居た。


「ガッハッハ! 新人! そんな隅で飯ばっか食ってないで酒を飲めえっ!」
「そうだ! なんならゼンの奴から貰った酒飲むか? お前のおかげだから一杯くらい飲ませてやるぜ!」


 二人ともいかにも戦場を駆ける傭兵とばかりに、筋骨隆々な体をしている。既に随分と酒を飲んでいるようで、顔は赤く、目の前まで来ると酒の匂いがした。


 というかケルベロスの名前を提案したのは、この女か。
 いや、今となっては選ばれた三つの中では一番まともだったので怒りとかはないけど。


 女はオッサンから貰ったと思われる酒を杯に注いで俺に差し出して来た。


「ほら! 飲みな!」
「い、いや、俺はいい。今日は色々あり過ぎて疲れたから」
「何言ってんだよ! 疲れている時こそ酒だろ! なあダン!」
「そうだ! 疲れた時こそ酒を飲むんだ! それにイモータルのほとんどが酒好きだ。仕事中に酒を飲んでよ、酒を飲み過ぎて戦場で死に掛けた奴が居るくらいだ」
「ああ、居たな。私がタロスに言って思いっ切り敵に投げつけさせた奴だろ? 敵がゲロ塗れになってたな! いやー、あれは傑作だったなー」
「「ガッハッハッハッハッ!」」


 二人が戦場で泥酔した人物の事を思い出して豪快に笑う。
 俺はそれを聞いて笑う事はできずドン引きしていた。いくら死なないからって、自ら死ぬような行為をするなんて狂っているとしか思えない。しかもそんな状態の人間を敵に向かって投げるなんて…………どちらが可哀想なんだろう?


 酒を飲み過ぎた団員? それともゲロまみれになった敵?


 …………どちらも可哀想だ。

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